第46話 和菓子屋に行こう
今日の茶道部の部活動はお休みである。
その変わりに、いつものメンバーで和菓子屋に行くらしい。
どうやら今日は僕の、和菓子勉強の日、ということだ。
秋芳部長たちの家の、少し先の商店街の一角にその和菓子屋があるとのこと。
いつも稽古やお茶会の時に用意するお菓子は、部長たちがその和菓子屋で買ってくるらしい。
茶道では、お菓子も重要な意味合いをもっている、ということから、見学しに行くことになった。
いつもの僕たち三人は、学校帰りのいつもの道を歩く。
「そこのお店、結構昔からあるんだよ」
「そうなんですか」
「去年の文化祭の時も、そのお店でお菓子作ってもらったんだよ」
「へー」
そんな部長が明るく話す姿は、まるで甘いお菓子を食べている時のようだ
「春山くんは甘いの大丈夫だよね」
「普通に食べれますけど」
部長と対照的に、いつも苦虫を嚙み潰したような顔をしている深谷先輩は、僕に指導してくる。
「茶道で使うお菓子の種類とか、ちゃんと勉強しておくように」
「はい」
「茶道で出される和菓子は基本的に2種類で……」
「ええ……」
「
「ぇぇ……」
……ダメだ。もう分からない
僕たちは部長の家を通り過ぎ、その先にある商店街までやってくる。
その通りの奥の方に木造の平屋の、老舗っぽい感じのお店が見えてくる。
「あそこだよ」
なんとも趣のある建物の入り口には、紺色ののれんが掛かっている。
「いかにも、って感じのお店ですね」
自動ドアも扉もない。本当にのれんだけ。
中は薄暗く、外からでは様子が分からない。
僕なんかが入るには、なかなか勇気がいる。
そんなお店に何の躊躇もなく、のれんをくぐっていく部長。
「こんにちはー」
僕と深谷先輩は部長に続いて、店内に入った。
「おー かなちゃん? 久しぶり。いらっしゃい」
「お久しぶりです」
中には白い帽子と白衣を着た年配のおじさんが。
いかにも職人っぽい、それでいて気の優しそうな男性だ。
この方が店主なのだろうか?
部長に続いて、今度は深谷先輩もお辞儀する。
「失礼します」
「お― みーちゃんも一緒かい」
で、僕は……おじさんと目が合う。
「あの、どうも……」
「ん、この子は……?」
「春山くんで、今年茶道部に入部した一年生なんです」
「ほぉー 茶道部の?」
「今日は挨拶と、和菓子を見に連れて来たんです」
部長が、そのように僕を紹介してくれたので、
「どうも、初めまして」
と、軽く頭を下げる。
「いきなり男の子連れて来たから、てっきり、おじさんはみーちゃんの彼氏かと思ったよ」
「違います!!」
……
…………
そんなに、はっきりと即答しなくても……
「どうぞ、ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます!」
僕たちは、ショーケースの中には色とりどりのお菓子が並んでいるのを、順々に眺める。
「いろんなのがあるんですね」
「普通のお団子から大福、水ようかん。あとは季節の和菓子とか、いっぱいあるんだよ」
「なるほど」
「茶道で使うお菓子は、また別だから、毎回特別にお願いして作ってもらってるんだよ」
「違うんですか?」
そういえば僕がこの前食べた和菓子は店頭には並んでいない。
「それとね、ここで食べることもできるんだよ」
店の奥に目を向けると、四人掛けのテーブルと、二人掛けのテーブルが、ひっそりと置いてある。
「夏はかき氷とか食べれるんだよ。すっごく美味しいんだよ!」
「そうなんですか」
「ねえ、せっかくだから、何か食べていかない?」
「……食べるんですか?」
「私、あんみつ食べようかなー お団子もいいなー」
「視察じゃないんですか?」
「春山くんは、この中でどれが一番好き?」
「あの、聞いてます? 部長?」
「香奈衣、あんまり学校帰りに食べるもんじゃないわよ」
「お菓子は別腹だよ」
でたよ、別腹理論。
「香奈衣はいいわよね、太らない体質で」
「そう?」
「深谷先輩は甘いもの苦手なんですか? あんまり食べないですけど」
「別にダメというわけじゃないけど」
「ダイエットとかですか?」
「は? 今なんて?」
「何でもないです……」
「そんなに食べたいなら、二人で食べなさい!」
「そしたら……どれにしようかなー」
え? 二人って僕も食べるの?
「春山くんは、どれがいい?」
別に僕はそんなに……
「まぁ、水ようかんとか、好きですよ」
「そうなんだ」
「これとか、きれいで美味しそうですね」
「これ、水まんじゅうだよ」
水まんじゅう?
鯛の目玉みたいなプルプルの水晶体の中に、あんこみたいなのが入ってるの。
「美味しいよね、水まんじゅう。今日はこれしかないけど、ほかのもいろんな色や形があって、きれいなんだよ」
「そうなんですか?」
部長が自分の事を褒められたかのように、やけにニヤニヤして嬉しそうに話す。
「そっか、こういうのが好きなんだね。春山くん」
「まぁ、美味しそうじゃないですか」
「……春山くんの好きな物、また一つ、知っちゃった」
「……」
僕たちがしばらく商品を見ていると、
「かなちゃん、今日は何か食べていくんかい?」
「あ、はい」
店の奥の厨房?からやって来た店主が、部長にそう尋ねてきた。
「今日はおじさんのおごりだよ。好きな物一つ二つ選んで食べていきなさい」
「本当ですか? ありがとうございます!」
結局その好意にあまえ、僕たちは和菓子をいただいて帰ることに。
テーブルの前に腰かけた僕たちに、温かいお茶と僕が選んだ水ようかんと、水まんじゅうが一つずつみんなの前に並ぶ。
「いただきまーす!」
真っ先に口をつけたのが部長。
「ん〜〜 美味しーい!」
やっぱり水ようかんは好きかも。触感も好きだし、この甘さ加減も。
特に暑い時期に食べるのはいいかも。
この水まんじゅうも、プルプルでゼリーとはまた違った味で美味しい。
……しかし。
「こんなにいただいて、いいんですかね?」
僕の素朴な質問に深谷先輩が答える。
「和菓子屋さんって、忙しい日とそうでない日が極端だから」
「そうなんですか?」
「たぶんこの時期は暇な時期だから、作っても売れなくて捨てられるのよ」
「はぁ」
「例えば五月の節句の日とかは、忙しいわね。柏餅作ったりと」
なるほど、この前食べたやつだ。
「あと、お彼岸とか、お盆とか……」
和菓子屋も大変なんだなー
そして部長が、ようかんをほおばりながら話し出す。
「だからその時期だけ、バイトしにくるんだよ」
「え!? 部長バイトしてるんですか!?」
驚きのあまり、思わず声が出てしまった。
「ここでバイトしてるんだよ」
「ここで? バイトを!?」
「そうだよ、ここでね。たまにだけど」
仕事しているんだ。意外だった。
部長のような美少女も仕事をするんだという驚きと、
部長なんかが仕事できるの? という二重の驚きが僕を襲ってきた。
けど不思議ではない
高校生になってバイトする人はするし。
遠野先輩なんかは、ほとんどバイトの毎日だし。
ただちょっとびっくりしただけで。
いつもボケーっとしているような、茶道部にいることが多い部長がバイトとは……
でも、店頭に立っているだけでも看板娘と有効なのかもしれない。
「バイトって言っても、期間限定だけどね」
「限定? 短期間とかですか?」
「お彼岸とか、卒業式入学式とか、お菓子を持っていく時期とか、お店が忙しい時に、ちょっとだけね」
「忙しい時は、本当忙しいのよ……ね。あの時はそうだったわ……」
と、深谷先輩が遠くを見つめながら、昔を思い出す。
深谷先輩も部長と一緒に?
っていうか、そんなに大変なの?
今、店内は僕たちしかいないけど……
そうこうしていると、店主がお茶のおかわりをもってやって来てくれた。
「今度も、お手伝いよろしくね、かなちゃん」
「はい、今度も来るつもりです」
「本当かい? 助かるよ。みーちゃんはどうだい?」
「すみませんが、今度は予定が……」
「そうか……残念だなぁ」
「その代わり春山くんが来てくれるよ」
……は? え?
今なって言ったの部長?
「この子が、かい?」
ちょっとあんまり話聞いてなかったから分からないんだけど……
え? 僕がなんだって?
「春山くん、一緒にここでバイトしよう?」
ん? バイト?
いつの間に、なんでそんな話になってるんだ?
「いやー 助かるよ。男手がなにかと必要になってくるから」
うわっ!
おじさんが僕を見ながら嬉しそうに話す。
これ、もう断れないやつじゃん……
「私の代わりに春山君、よろしく。10キロの粉をいくつも運んだり。餅のこびり付いた器具を洗ったりと、重労働だけど大丈夫でしょ、春山君、男だから」
……なにそれ、もしかしてブラックなバイトなの?
いや、いつかはバイトしようとは、思っていましたけどね。
でも、もう少し選ぶ時間というか、どんなバイトをするかという選択の自由はあってもいいのでは、とね、思うんですよ。
「ねっ、春山くん。一緒に仕事すると楽しいよ」
「あー はー」
部長の甘い笑顔が、逆になんだか怖い。
なんだか、今食べてる水ようかんが、しょっぱく感じてきた……
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