第44話 和菓子の日
「春山くん、今日は何の日か知ってる?」
「え? 今日?」
なんの日?
これから稽古するって時に、そんなことを
今日は6月16日……
別に学校の行事もないし。
いったい何の日だ?
……もしかして、誰かの誕生日とか?
部長の誕生日とかだったりして。
そしたら、また面倒くさいことが起きるんだろうなぁ……
「すみません、分からないです。なんの日ですか?」
「今日はね、和菓子の日なんだよ!」
「和菓子の日?」
そんな日が本当にあるの?
しかも、それが今日なの?
僕はスマホを取り出して検索してみる。
『6月16日は和菓子の日』
……あっ、本当だ。
「春山くん、なんで私の言ったこと、信用してないの?」
「……すいません」
「和菓子の日の歴史は古いのよ。平安時代から続いていて、明治に一度すたれて、戦後にまた復活したのよ」
と、深谷先輩が説明してくれる。
「へー そうなんですね。全然知らなかったです」
「春山くん? なんで、みーちゃんの言うことなら信用するの?」
「……すいません」
「昔、6月16日に神前に厄除けと健康を願う目的で、16日にちなんで16個のお菓子をお供えしたのが始まりよ」
「なるほど」
「さすがに16個は多いから、そのうち1と6を足して7個食べるようになったみたいね」
「はー」
さすが深谷先輩、物知りだ。
「今日、そのお菓子持ってきたから、みんなで食べてから、お茶にしようね」
「はい」
そう言って部長は奥で準備をし、一口サイズの小さな和菓子が七つ乗せられているお皿を持ってきた。
「みんなで一つずつ食べよう」
「はい」
「いただきます」
というわけで三人で和菓子を取り、口に入れる。
まあ、食べた感じ、普通の和菓子ではある。
みんな一つずつ取って食べていくが、問題はここからで、みんな順に取っていけば、お菓子は七つなので一個は余る。
「私はいらないから、どうぞ」
「僕ももう大丈夫です」
「春山くん、半分こに、しよう」
「部長、聞いてました? 僕はもういらないです」
と言ってるのに、最後のお菓子を半分にすると、部長は強制的に片方を僕の口にねじ込んでくる。
「っちょ、自分で、食べれ、ます……から!」
僕は子どもじゃないんですから!
「お菓子、美味しいね」
「そうですね」
「みんなで一緒に甘いの食べると、美味しさが二倍になるよね」
ならないです。むしろ恥ずかしさ十倍です。
「春山くん、よかったらまだあるから食べてね」
部長は今度はカバンから、教科書の倍以上の量のお菓子を取り出し広げだした。
この人、学校になにしに来てるんだろう?
「ついつい、一緒に買っちゃった」
……ついつい、ってレベルじゃないですよ、この量は。
そもそも和菓子の日に16個食べれないから7個にしたのに、これじゃあ20個以上あるよ。
目の前では、大福や団子、どら焼き、ようかん、もなか等、いろんな種類のお菓子が散らばり、部長が仕分けしている。
「これは昨日ので、これは今日の分」
「なんですか、昨日のって?」
「実はね、春山くん。毎月15日は『お菓子の日』なんだよ」
また適当なことを……
スマホで検索する。
あっ、本当だ。
「春山くん、なんで私の言ったこと、信用してないのかな?」
「……すいません」
しかしこんな量……
「食べれないですよ、部長」
「別腹だから大丈夫だよ」
でたよ! 女子の謎理論。
甘い物別腹理論。
食べられるかもしれないけど、カロリーはもれなく食べた分だけ吸収される。
「私はいらないから、二人で食べなさい」
深谷先輩はさっさと離脱した。
「部長、こんなに食べたら太りますよ」
「大丈夫だよ、和菓子って意外とカロリー低いんだよ」
また変なこと言って。
この大福とか一個でも、絶対、ヤバいよ。
スマホで検索……
えっ?
大福250kcalに対してショートケーキ380kcalなの?
どら焼き、たい焼き250kcalとか、水ようかん、ようかんで150~200kcal
シュークリム300kcal、チョコ350kcal……
洋菓子に比べると、和菓子の方がカロリー低いんだ!?
「春山くん?」
「はい」
「なんで私のこと信用してくれないのかな?」
「……すいません」
深谷先輩が散らばったお菓子を整理しながら解説してくれる。
「和菓子は小豆とか寒天をよく使うから、カロリー低いのよ。それでいて食物繊維が多いから美容にもいし」
「なるほど」
「それに対して洋菓子はバターやクリーム、卵を使うから動物性脂肪が多くなって、カロリーもコレステロールも高くなりがちね」
「へー」
「春山くんは、みーちゃんの言うことなら信用するんだ」
「……ごめんなさい」
「でも香奈衣、いくらカロリーが低いっていっても、食べすぎは身体によくないから、ほどほどにしなさい」
「はーい」
「これにお茶を一緒に飲むと、さらに体にいいんだよね」
「そうですね」
僕はお茶の成分については調べる…………のは、やめておいた。
「あのー 僕、お茶飲みたいんですけど」
よく考えたら、さっきからお菓子しか食べてない。
茶道の稽古をしに来たはずなのだが。
喉が甘ったるくて、しょうがない。
「お茶は私が立ててあげるから、二人ともこの和菓子をなんとかしなさい」
「……はい」
結局、僕も食べなきゃいけないんだ。
「なに食べる? どれでもいいよ」
「あー じゃあ、大福でも、いただきます」
久しぶりだよ、大福を食べるなんて。
「ここの大福、美味しいよね」
「まぁ、そうですね」
部長も一緒に大福を食べる。
確かに、あんこも上品な甘さで、くどくなく、餅も柔らかく大きさも、あんこと皮の比率もちょうどいいと思う。
「春山くん、ほっぺに、あんこついてるよ」
「え? どこですか?」
食べている僕に、部長が指さして、
「ここ」
と言って、そのまま僕の口元に付いてたあんこを取って……
……そのまま自分で食べちゃった。
なんで、人のほっぺに付いたもの、取って食べるかなー
「ねえ、私にも付いてるかな?」
と、今度は部長が顔を近づけてくる。
ほほには、一粒のあんこが。
どうせ、わざと付けったんじゃないの?
「付いてますね。自分で取ってください」
「自分じゃわからないよ」
「もー そこですよ、そこ」
「どこ? 取って」
なんで人に取らせようとするのですか?
「はい、取りましたよ」
「もったいないから、食べてね」
「……」
部長の食べかけなんて、食べれないよ……
そんなこと考えてたら、部長が僕の指ごと、あんこをパクついてしまった。
「ん~ 美味しいね」
「……それはよかったですね」
毎度おなじみだけど、やっぱり女の子に指をくわえられるのは、するのもされるのも嫌なものだ。
「お菓子を食べてる時って、幸せになるよね」
そんな僕の気持を気にすることなく、お菓子をほおばる部長は、本当に幸せそうな顔をしている。
「疲れた時とか、勉強した後とか、リフレッシュの時にいいよね」
「そうですね」
「みんなで集まって、美味しいお菓子とお茶を楽しむなんて、最高の贅沢だよね」
まぁ、たしかに。
よく考えたら、こんなことで贅沢と言って幸せを感じられるということは、すごいことなのではないだろうか。
「春山くん?」
「なんですか?」
「お菓子は心の栄養だよ」
「心の……栄養?」
「単に体のためじゃなくて、心の健康のため。食べてる人たちを幸せな気分にさせてくれるんだよ」
「そう……なんですかね」
「だから別腹なんだよ」
そう言って部長はお菓子を食べ続け、至福の時間を過ごしていた。
確かに……お菓子は心の栄養……か。
でも、どちらかというと、目の前で美味しいお菓子を嬉しそうに食べている部長の笑顔が、
僕にとっての心の栄養になっているのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます