第43話 書道部に行こう
今日の部活は茶道ではなく書道。
以前話していた通り、掛け軸を書くようだ。
というわけで、今回は書道室にお邪魔する僕たち三人。
事前に深谷先輩が、書道部の部長に話を付けていたようだ。
書道部の部長さんも二年生の女子生徒のようだ。
普通の大人しそうな女子生徒。深谷先輩と仲がいいのだろうか?
書道室の中で、二人で話をしている。
そして書道部の部長さんから、
「どうぞ、使ってください」
と挨拶され「失礼します」と中に入る僕と秋芳部長。
書道室はなんとなく薄暗く、湿っぽく、どことなくカビ臭く墨の匂いがした。
部員は七人くらいいるようで、みんな静かに筆を動かしている。
さすがに真面目だな、書道部は。
こっちの茶道部の人たちとは大違いだ。
僕たちは教室の奥に案内され、三人座れる長い机に深谷先輩、秋芳先輩、僕の順で座る。
道具は全部書道部が用意してくれた。
紙だけほこちらが準備したようだ。
書初め用で使うような長い半紙と、練習用の通常の半紙。そして本番用のなんだか高そうな紙。
僕たちは静かに準備をする。
しかし、本当に掛け軸なんか書くことになるとは……
僕は何を書くか結局決まらず、定番の「
この言葉は千利休の茶の湯の精神を表す言葉として作られたようだ。
意味を簡単にしてみると、
「和」はみんなの心を一つに合わせること。
「敬」はお互いを尊敬しあうこと。
「清」は身も心も物も、清潔にすること。
「寂」はその極致に達した精神、のことらしい。
ん~ 今の茶道部の人たちとは、ほど遠いような精神だ。
そういえば部長はどんな言葉にしたのだろうか?
チラッと横にいる部長の書いてる文字を眺める。
白い半紙に黒い墨で文字が書かれる。それを僕は筆を追いながら着目する。
どれどれ……
春、を書いて………
山………
勝………
喜………
『春山勝喜』
真っ黒な墨で書かれた文字は、一字も間違いない僕の名前だ。
「部長、あの、なんで僕の名前、書いてるんですか?」
「え? 習字、久しぶりだから、ちょっと練習」
「自分の名前で練習してくださいよ」
なにを考えてるのやら、部長は。
僕は気を取り直し、自分の決めた「和敬清寂」を練習する。
確かに習字なんて久しぶりだから、全然うまく書けない。
本当にこれ、書いたの文化祭で飾るの?
そう思うと僕は、部長がどれだけ上手く書けているか気になって、確認の意味も込めて隣を見た。
部長の半紙には、右半分に僕の名前『春山勝喜』が……
左半分に『秋芳香奈衣』と、書かれていた。
「部長! なに書いてるんですか!」
「え? 練習してるんだよ。私の名前」
「なんで僕の名前も右側に書いてるんですか!? なんかすごく変な感じになってるじゃないですか」
こんなの……
なんだか……
彼氏彼女みたいな……
部長は真面目にやるつもりはないの?
書道部にまで来ておいて。
……そういえば深谷先輩は?
僕は一番奥で黙々と筆を走らせている、深谷先輩の方へ目を向ける。
姿勢を正し、筆を真っすぐ持った右手は、すらすらと流れるように動いている。
ここからでは何を書いているか見えないが、きっときれいな字を書いているに違いない。
しかし、それにしても……
深谷先輩の胸が大きい。
筆を持った右手を邪魔して、手元まで書ききれそうにない。
半紙の左隅に署名する時なんか、完全に右腕が胸にぶつかって書きにくくなってる。
体をねじるか、横に移動してようやく書ける状態だ。
こうも日常生活に支障が出るようだと、大きければいいってもんではなさそうだ。
「ねえ、春山くん」
そんな僕に部長が耳元でささやいてくる。
「また、みーちゃんの胸、見てるの?」
「はぁ!?」
静まり返った教室内で、つい大きな声を出してしまった。
その声で深谷先輩もこっちを見る。
「違いますよ、姿勢がいいし、筆の動きも早いから、習字でも習っていたのかなーって見てただけですよ」
「ふーん」
「それよりも部長、ちゃんと書いてますか?」
僕は部長のに目を向けると……
『春山 香奈衣』
……また変なこと書いてる。
「部長……だから僕の名前で遊ばないでください」
「名前、書いてないよ」
「苗字もです!」
「じゃぁ……これも?」
そう言って下から取り出したものには……
右に『春山家』、左に『秋芳家』と書かれている。
「家もダメです。ってゆうか結婚式みたいになってるじゃないですか!」
「ダメなんだこれも……」
「ダメです! 真面目にやってください」
もう……なんなんですか?
彼氏彼女から、いきなり結婚してることになってるし……
いや、そもそも彼氏彼女でもない……
僕が叱ったその後は、静かに筆を動かしていた部長。
よしよし、静かにしていますね。
そんな部長が何を書いているのか気になり、見ようと僕は横を覗いてみた。
そこには……
『掬水月在手』
という、見慣れない漢字が書かれていた。
え? なにこれ? なんて読むの?
僕は思わずスマホを取り出し調べ始めた。
そもそも『掬』ってどう読むんだよ。
あっ、でてきた。
『水を
『
月の写った水をすくえば、手の中にも月が映っている。
って、意味らしいけど……どういうこと?
全く分からない。文化祭と何か関係が?
そんなことを僕が考えていると、部長は「できた!」といって、書道部の部長のところに、それを見せに向かった。
きっとあの漢文には、何か大きな意味だあるのだろう。文化祭に飾りたいくらいだし。
しかし、部長の字は……
あんまり習字としては……
あんまり上手くないかも……
部長は何やら、むこうの部長さんと話をし…………
……そして、しょんぼりしながら戻ってきた。
あー きっといろいろと指摘されたんだろうなー
まあ、しょうがないよ。ちょっと床の間に飾るには……だったし。
そうして今度は部長と入れ替わりに深谷先輩が向かった。
深谷先輩が書いたものは……
『水和明月流』
と書かれていた。
なんと読むのか? 意味は何なのか?
さっぱり分からないが、字がうまいことは僕にも分かった。
今回の文化祭の掛け軸は、深谷先輩ので決まりかな?
深谷先輩は大きな胸をさらに張って、むこうの部長さんに見せに行った。
……が……戻ってきた時には胸が小さくなって帰ってきた。
えー あれでもダメなの?
書道部って厳しいなー
そんなこといったら、僕のなんて全然ダメじゃないか……
そう思って僕は自分の書いた紙をじっと見つめた。
「どう? 上手く書けてるかしら?」
そんな僕のところに、今度は書道部の部長さんがやって来た。
「いや……その……あんまり」
「ちょっと筆持ってみて」
「はい」
僕が筆を握ると、その手を部長さんがさらに握った。
「え?」
「持ち方が悪い。こう、まっすぐ持って」
おもいっきし、僕の手、握られてますけど……
そうすると今度は、僕の後ろに回り込んで、抱き着くような感じで右手を握る。
「あ、あの……」
「まずは書きはじめを意識して……」
そう言いながら僕の手を動かし、筆を下ろす。
背中には、部長さんの胸のふくらみの感触が……
そして耳元で指導するたびに、部長さんの息が耳をかすめていく……
「いい、ここで毛先を整えて、一気に引く」
「あ―――はい」
「ここで、いったん止めて向きを変えて、跳ねる」
「あ――――」
そして和敬清寂の精神には程遠い『和敬清寂』が書きあ上がった。
「分かった? こんな感じで書くのよ」
「……はい」
すみません。
全然、分かりませんでした。
ってゆうか、ここの高校の女子部長って、みんなこんな感じなの?
結局、僕たちはその日に書き上げることはできなかった。
「悪いけどそうしてくれる?」
「うん、分かったわ」
深谷先輩と書道部の部長が相談して、どうやら書道部が掛け軸を作ってくれるようになったようだ。
書道部も文化祭の出展作品として、最優秀作品を掛け軸にまでして茶道部に飾る、というふうにしたいようだ。
そうすればお互いの宣伝効果も高くなって、いいのではないか? という結論のようだ。
最初っから、そうしておけばよかったのに……
そして書の内容は、部長の『掬水月在手』となった。
その後僕は、部長にその言葉の意味を尋ねたが……
「文化祭までの秘密ね」
と言って詳しくは教えてくれなかった。
文化祭か……
それまでに僕も一人前にならないと……
まだまだだな。
そして次の部活の日……
「部長ですか! 部室の前に、こんな紙、貼ったの!」
「え? うん、貼ったよ『茶道部』って」
「違いますよ、こっちですよ。『春山』と『秋芳』って」
「あー 練習したの、もったいないから」
「家の表札みたいになってるじゃないですか。あっ、床の間にも!」
「最近、ちょっと習字、練習したくて」
「だから人の名前で練習するのやめてくださいって!」
「こんなのも書いてみたよ」
「……これ……『春山ながつき』って、コスモスの名前じゃないですか? なんで春山なんですか?」
「私と春山くんの子どもだから」
「もう! 墨汁、かけますよ!」
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