第42話 図書室に行こう

「春山くん、今度、掛け軸を書きに行くよ」

「は?」


 部活終わりの秋芳部長の唐突な言葉。


 それを補うように深谷先輩が説明する。


「床の間にかけられている書があるでしょ」

「はい」


「あれは掛物かけものって言うんだけど、お茶会では重要なアイテムの一つなのよ」

「はい」


「そのお茶会のテーマや、亭主の思いを表すのに使うものよ」

「はあ……」


 いきなりそんなこと言われても、分かるようで分からない……

 要するに、その日のお茶会のスローガンみたいなものなのかな?

 今日は皆で楽しもう! みたいな意味の名言を掛けておく、感じ?


 でも、普段は部活の時には、掛かってはいない。

 僕が見たのは、最初の体験入部の時にくらいだ。


「あの、前に掛かってたの、ですか?」

「そうそう」


「なんて書かれてたか覚えてる?」

「……えっ……と、ちょっと」


 その時はそれどころではなかったので、覚えていない。

 なにか漢字で四文字熟語? が書かれていたのは覚えている。


「『一期一会』だよ」

「あー そういえば……」


 部長が教えてくれた。

 そう言えば一期一会の意味も部長から教えてくれた。


 そして深谷先輩が続けて話す。


「この茶道部には、それしかないのよ」

「買うと高いんだよね」


 まあ、掛け軸なんて普通に買うと、すごい値段がしそうだ。


「部費がなかなかおりないから」

「道具とか、高いもんね」


 確かに。茶道部全体の総資産を計算すると、結構な金額になるんじゃないだろうか?


「で、今度の文化祭では、ちゃんとしたメッセージを込める意味で、季節に合わせた掛物をかけようと思っているのよ」

「はい」


「でも、買えない」

「はい」


 お金がないのは切実な問題だ。


「だから、私たちで書こうかなーって」

「はあー?」


 部長らしい発想だ。

 無いなら自分で作ればいいじゃない、と。


「というわけで、そのうち書道部にお邪魔するわよ」

「まあ、そういうことなら……」


「でも、その前に……」

「その前に……」


「なにを書くか考えないとねっ!」


 部長がはりきった声をあげる。


 きっと、ろくなことにならないぞ


「いい、春山君。そこで次回の部活は図書室に集合」

「はい」

「なにを書きたいか、それぞれ考えるの。本見て調べていいから」


 なんか、面倒なことになってきたぞ。


「ちゃんと決まりがあるから気をつけるのよ」

「決まり?」


「基本、季節に合った言葉。文化祭だから、秋の九月の言葉。あと、よく禅語が使われるわね」


 どんどん、難しいことになってきた。


「大丈夫だよ、春山くん。私が一緒に考えてあげるから」


 それが一番危険なんですよ、部長。


 そうしてその日の部活は終わったが、次の部活への不安がすごく残った。



 次の部活動。


 いつものメンバー、僕たち三人は図書室に来ていた。

 放課後の図書室は、僕たち以外は三人くらいしかいない。

 もちろん静まり返っている。


 僕たちは、長い机の一番端に座る。

 僕の横にはなぜか部長が座り、向かいに深谷先輩が座った。


「じゃあ、それぞれ調べて最低一個は今日中に決めること。いい?」

「はい」

「はーい」


 僕が机で準備をしている間に、深谷先輩は慣れた感じで、本を何冊か持ってきて机に積み重ね、本をめくりながらノートにメモを取り始める。


 もう始めてる。すごいなー 


「春山くん、どうしたの?」


 まだ腰かけている僕に、部長が寄ってきて尋ねる。


「一緒に探しに行こう」

「あー はい」


 僕は部長に連れられ、本棚の立ち並ぶ林の中へと入っていく。


 どこのジャンルに行って、どんな本を選べばいいのか、よく分からない。

 とりあえず、家でネットで調べたりして、どんな言葉にするか、大まかな見当はついてはいるのだが……


 僕は、あたりを見回しながら歩く部長の後をついていく。

 そしてある場所に立ち止まると、部長は本棚の一番上の本を取ろうとした。


「うぅ~ん」


 がんばって背伸びをして取ろうとするが、もうちょっとで届かない。

 背伸びするたびにスカートのお尻の部分が吊り上がり、ちょっと見えそうな危険な領域に入る。

 そのうち、ピョンピョン跳ねながら取ろうとするので、スカートがヒラヒラして、僕の心がヒヤヒヤする。


「部長、僕が取りますから、じっとしててください。

「ありがとう、あの本が見たいな」


 僕は言われた本を取ると部長に渡す。

 部長はその本を、さっとめくると、

「ん~ 違ったみたい」

 と言って、その本を戻そうと、また背伸びする。

「いいですから、僕がやりますから」


 これって、また、わざとやってるよね……


「こっちの下にあるかも」


 そう言うと今度はしゃがんで、一番下の棚を探し始める。


「春山くんも一緒に探して」

「はいはい」


 僕もしゃがんで部長と一緒に本を探す。


「茶道の本ですか?」

「このへんだと思うけど……」


 相変わらず、部長との距離は近い。

 しかも、しゃがんでいるからスカートが太ももからずれ落ちて、これまた危険水準に入る。

 こっち向いたら、太ももと太ももの間から、あれが、あれしてしまう。


「こっちにあるのかな~」


 そう言って部長はにじり寄り、身体をこっちに向けてくる。


「部長こっち向かないでください」

「え? なんで?」


「いやー そのー」

「春山くん、私ばっか見てるね。本、探してよ」


 と、ニタニタしながら笑いかける。


 くっっそ――― 

 絶対分かっててやってるんだ!

 

 僕たちはなんとかそれっぽい本を探し出すと、机に戻って調べ始める。


 しかし、いくら調べても良いものが見つからない。

 分かんないよ、なにがいいかなんて。


 僕が必死に考えているなか、横を見ると部長は……

 机の下に隠した別の本を読んで楽しんでいる。


 なにやってんですか?


「春山くん、これ可愛いよ」


 そう言って部長は見ていた本を僕に渡す。


 これ……

 動物の写真集じゃんか……

 確かに可愛いけど……

 どこから持ってきたんだよ……


「春山君?」

「えっ! はい?」

「なに見てるの?」


 机下でこそこそしていたら、深谷先輩に見つかり、こちらにやってきた……


 そして、僕が手にしている動物の写真集を見て、

「そこになにかヒントでもあるのかしら?」

「あー はい、ちょっと……」


「真面目にやってくれるかしら」

「は、はい」


 僕は深谷先輩に、静かに、そして強く怒られた。


「部長……」

 ……なんてことしてくれるんですか?

 僕のことをニヤニヤしながら見つめる部長に、恨みのこもった視線をぶつける。


「可愛いのにね」

「そうですけど……」


 僕は気を取り直して、再び調べ始める。


 一期一会とか、喫茶去とか……

 和敬清寂わけいせいじゃくとか?

 なにがいいんだろう?


「春山くん? これ面白いよ」

「なんですか、もう……」


 僕が真剣に調べているのに、また部長が僕に本をよこしてきた。


 なにこれ、ライトノベル?

 文庫本サイズの、その表紙には……


『異世界転生した千利休は恋に戦に茶道無双。秀吉に切腹させられ、あとから戻ってきてください言われても、もう遅い!』


 …………………なに?


 …………………これ?


「春山くん、こういうの好きだよね」

「別に好きじゃありませんよ!!」


 あっ…… つい大声が……


「春山くん、今度はなにを読でるの?」


 深谷先輩がまたやって来て、本を取り上げられる。

「異世界? 千利休……?」


 深谷先輩はペラペラとページをめくりながら戻り、鼻で笑いながら、机の上に積み上げられた本の山の上に置いた。


 ……その反応が一番つらい。

 春山君は、こんな小説が好みなんだ、と思われるのが。

 いや、きつい。僕は別に……


 すでに部長は、知らぬ顔で別の本を読んでるし。

 あーぁ、普通に本が読みたい。調べたい。


 しばらくすると目の前の深谷先輩が僕に、

「ところで春山君、さっきから遊んでばかりだけど、決まったのかしら」

「いや……まだです」


 遊んでなんかいない。むしろ遊ばれて全然はかどらないのだ。


「香奈衣は、どう?」

「私は、もう決まったよ」


 !!!?


 もう決まってたの?  嘘でしょ?


「春山君、早くしなさいよ」

「はい」


 その後、僕は必死に調べて考える。

 読んで……

 調べて……

 考えて……


「ねぇ、春山くん」

 

 また来た!!

 

「もう、邪魔しないでください」

「これ、見てみて」


 そう言って僕の読んでいる本を押し退け、一冊の分厚い図鑑を差し込んできた。


「なんですか、もぅ……」


 開かれたページには、図鑑か辞典のような、図と写真がのっていた。


 医学、解剖……図鑑?

 女性の生殖器断面図……

 子宮とち…………


「ちょっと!! 部長ー!!!」


 あっ…………

 深谷……先輩?


「春山君?」

「いや、違うんです! 部長が……あっ! 部長がいない!!」




 ……部長は図書室の一番奥で、しゃがんで笑い声を必死に押し殺しながら、体を小刻みに震わせていた。


「部長……こんなところに、いたんですね……」

「ご、ごめん、ごめんね、春山くん…… おかしくって……」

「深谷先輩にめちゃくちゃ怒られたんですけど…… あの図鑑で頭、叩かれたんですけど」


 僕は深谷先輩にあの分厚い図鑑で、頭をおもいっきり叩かれた。

 危うくそのまま死んでしまって、僕が司法解剖されるところだった。


 僕は、まだズキズキと痛む頭を撫でながら話した。


「ホントにごめんね、春山くん。お詫びに私の生殖器見せてあげるから」

「やめてください!!」


 その後はさすがに部長も大人しく、文庫本の小説を読んで時間を過ごしていた。


 僕は結局いろいろありすぎて、書の内容を決めることができなかった。

 そしてなによりも、横にいる部長が気になって集中できなかったからだ。


 静かに本を読む部長の横顔。

 時折、前にたれる髪。

 それを耳にかきあげる仕草。

 ページをめくる白く細い指。

 全てが美少女の条件に当てはまっている。


 そんな人が僕の隣にいるんだから、気にならない方がおかしい。

 結局、部長は騒いでも静かにしても、僕の心をかき乱してくれる存在だということだ。


 もう、部長と図書室に来るのはやめようかな……

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