第41話 名前をつけよう
僕たちは茶道の稽古の代わりにやって来た花屋で、散々遊びまわった後、コスモスの種を買って帰ることに。
大型園秋芳部長はコスモスの種を。
深谷先輩は、それを植えるための鉢を。
そして僕は土を……それぞれ持って帰ることに。
なんで僕は土を? 持たされる?
土の入ったビニール袋が、僕の手に食い込む。
さんざん振り回されて疲れた僕の足には、この重さの土は正直きつい。
部長はというと、新しいペットを飼ったかのような笑顔で歩いていた。
そんな部長は、いきなり口から、
「名前なんてする?」
という言葉を発する。
「なまえ?」
「そう、この子の名前」
部長は手にしたコスモスの種の入った袋を、振りながら見せる。
名前? 普通、家で育てる花に、名前などつけないと思うけど……
犬や猫じゃあるまいし。
「春山くんの春からとって、ハルちゃん」
えぇぇ……
名前つけるの? しかも僕の名前を……
「香奈衣、秋に咲くのにハルはおかしいわよ」
「あっ、そうか」
いや、おかしいのは、そこだけじゃない。
「じゃあ…… 山ちゃん!」
「コスモスって、山より野原って感じよね」
そういう問題ではないような……
僕は黙って二人の掛け合いに耳をかたむける。
もうコスモスに名前をつけることは決定のようだ。
「んー そしたら、コスモス子は?」
コスモスコ? コス・モス子?
どこの芸人ですか?
部長のネーミングセンスが疑われる。
「逆から読んでみたらどう? スモスコ」
スモスコ?
スモス子?
スー・モス子!?
深谷先輩も似たようなもんだった。
「コスモス……コスモス……モスコス……モスコス……モッコス!!」
モッコス!?
変な邪神みたいのが、部長によって生み出された!
……これが現代の女子高生同士がする会話の内容なのだろうか?
「春山くんも一緒に考えてよー」
「えー 僕もですか?」
「少しはその小さな頭使って考えなさい」
「はぁ……」
何で二人にこんなこと言われなくては……
というか今回は深谷先輩も、そっち側の人間なんですね。
「もー コスモとかでいいんじゃないですか?」
面倒な僕は適当なことを言っとく。
「なんか大宇宙みたいだね」
「安直ね」
なんでこんな二人にダメだしされなくてはいけないんだろうか。
「コスモでいいじゃないですか。かっこいいですよ」
「なんか……」
「ねぇ……」
うっわ、ひどい扱いだ。
「そもそも自分で育てる花に名前なんてつけないですよ」
「春山君……茶道では道具に名前を付けるのよ」
「えっ!? 本当ですか?」
深谷先輩からの、まさかの衝撃事実!
「茶道では『
「めい……ですか」
「道具に季節に関することや、形にちなんだものや、持ち主の所持した由来なんかを銘としてつけるのよ」
「はー」
「特に
茶杓とは抹茶をすくうときに使う道具で、竹でできた大きな耳かきみたいな形をしている道具だ。
「そうなんですね。道具に名前を……」
「亭主の気持ちや願いなどが込められているのよ。そのうち、ちゃんと教えるから」
「はい……」
「あと、茶杓とかは普通、季節にちなんだ銘をつけたりするわ」
「はー」
「今の季節だと……
「なるほど」
そうなのか…… 二人を馬鹿にしてしまって申し訳ない。
「でも、花には名前なんて、つけないですけどね」
「え?」
「香奈衣が勝手につけてるだけよ」
「……」
僕はそんな部長を見るも、本人はずーっと花の名前を考えているようで、思案顔のまま歩いている。
「あと、香奈衣は、ちょっとセンスが……」
「センス?」
「あのお濃茶で使う黒い茶碗あるでしょ?」
「はい」
「あれに勝手に『熊ちゃん』とか、名前つけてるし……」
「くま……ちゃん、ですか……」
熊ちゃんは無いわー
「黒くてゴツゴツしてるから『熊ちゃん』なんだって」
きっと部長に子ども出来たら、名前つけるのに苦労することになるぞ。
「そうだ!」
びっくりしたー
いきなり部長が声を上げて叫んだので……
「コスモスの名前、決めた!」
「ああ、そうなの? なににしたの?」
「ながつき」
「ながつき、って、九月の長月からとったの?」
「そう、いいでしょ」
「まあ、いいんじゃないの」
そう言うと部長は、フフフと笑う。
「どうかな? 春山くん?」
別に僕は……
「いいんじゃないですか。ながつき、で」
「やったね! ながつき!」
そう言うと自分の子どものように、まだ種の状態のコスモスに話しかける。
「なーがつき、ながつき、なっがつき!」
……そんなに嬉しいものなのかな?
名前が決まるだけで。
ご機嫌で歌いながら歩く部長。
「なーがつき、なーがつき」
別に長月だからって、なーを長く伸ばさなくても……
「なーかつき、なっ、かつき」
『が』が『か』になってますよ、部長……
……ん?
なーかつき……
なー かつき……
「部長――!!!」
「なに? かつ……じゃなかった、春山くん?」
「その名前!」
「え? この子の名前は長月だよ」
「くっ……」
「この子、育てるの、楽しみだなー」
そう言うと部長は、本当に楽しそうに笑いながら、コスモスの種を力いっぱい胸に抱きしめた。
くっそー
そんなに楽しそうにされたら、
もう、なにも言えないじゃないか……
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