第40話 花を育てよう

 深谷先輩に怒られた秋芳あきよし部長は、おとなしく二人で稽古で使う花を探し始めた。


 そうそう、そうやって静かにしていれば、部長は可愛いんだから。

 

 僕は一人、ゆっくり花を見て回る。


 そして大量に置かれた花束のある店内を半周したとことで、ちょうど正反対の向こう側に部長と先輩が花を探している姿がみえた。


 ここから見ると、部長の言う通り、花の中に住む妖精というか、花畑の中にいる美少女として、とても絵になる眺めだ。


 一つ一つ花を探しているその姿が、とても愛らしく感じる。


 写真……撮っちゃおうかなぁ……


 あんだけ言っておいて、自分も撮るのは気が引けるが、それほど写真の被写体としては申し分ない要素が、僕の目の前に、今、そろっている。

 まさに今が、シャッターチャンスと呼ばれる状況だ。


 こんな機会、めったに起きることはないぞ。

 そう思うと、僕はその誘惑に勝つことができなかった。


 気づかれないようにスマホを取り出し……

 慣れない手つきでカメラを起動させる。


 スマホを構えているところを感づかれないように、こっちを向かないように祈りつつ……


 ……写真を撮る!


 カシャ


 あっ、しまった。音が……


 カシャカシャカシャカシャカシャシャシャシャシャ――――――


 あ――!! 

 なんで連写機能になってるのぉ!



 静まり返った店内に響きわたる連続シャッター音。


 さすがに気づいたのか、部長がこっちを見てやって来る。


 やばいやばい、早く消さないと


 しかし画面には似たような写真が何個も表示され、消すのに手間取ってしまう。


「なにしてるの?」

「あ、いえ……」


 気がつくと、そこにもう部長がいた。


「へー 春山くんも写真撮ってたんだ」

「は……は、あぁ」


 すごく上から目線の、汚ならしい笑顔を浮かべて話しかけてくる。


「私にも見せて?」


 もう開き直るしかない。

 素直にスマホを渡す。


 部長は写真と僕の顔を交互に見ながら、僕に執拗に粘っこい笑い顔を向けてくる。


「すごく奇麗に撮れてるね」

「……」


「しかも、こんなに何枚も」

「……」


「ここに写ってるの、私と、みーちゃんかな?」

「……い、いや、ちょっと分からないです。花の写真撮ってただけなんで……」


「ふーん。あとで私にも、写真、送ってね」

「はい……」


 あぁ…… なんてことだ…… 


 部長に、この写真と引き換えに、どうやら弱みを握られてしまったようだ。

 まるで部長の姿をした悪魔と、とんでもない契約を結ばされた気分だ。


 僕はうつむきながら、部長に連れられ深谷先輩のところへ戻ってきて、花を探すことに。

 しかし、これだけさんざん騒いでおいて、今日は買わないようだ。


「なに? 香奈衣、今日は買わないの?」

「んー できれば六月の終わりくらいに使いたいんだよね。今買っちゃうと痛んじゃうかなって」


「なんで下旬なのよ」

「いろいろと準備が……ね」


 なんだか二人で話しているが、花を一輪買うだけでも大変なようだ。


「だからね、今日はコスモスの種、買っていこうかなって」

「もしかして、文化祭で使うの?」


「そう!」

「まさか、香奈衣が育てるの?」


「うん!」


 お互いそう言うと黙り込んでしまった。


「あ、あのー どういうことでしょうか?」


 僕一人、話がおいてかれてるので、ちょっと聞いてみた。


「文化祭は九月にやるでしょ」

「はい」


 深谷先輩が丁寧に説明してくれる。


「その時、九月の花としてコスモスを使うのも、いいでしょう」

「はい」


「コスモスは種から育つし、今からまけば、ちょうど九月ごろ花を咲かすわ」

「はい」


「で、問題は香奈衣が育てるって言いだしてること」

「は、はぁ」


 部長が、花を、育てる……

 ん~ 花がうまく育つイメージがわかない。


「文化祭で使うコスモスを、今から育てて咲かすの」


 そう明るく部長は言うけれど……


 なぜそんな面倒なことを?


「当日にでも買えばいいんじゃないですか?」


 ついつい僕は本音を言ってしまった。


「育てる方が楽しみが増えるよ」


  そう、なのだろうか?

 面倒くさいだけのような気も……


 深谷先輩が説得を試みるも……

「比較的に簡単に咲かせられる花ではあるけど」


「がんばって育ててみる!」

「……そう。種とか鉢は一階にあるんじゃない?」


「私もう少しここ見てるから、みーちゃん先に行っててくれるかな?」

「分かったわ」


 深谷先輩はそう言い残すと、先に一人一階へと向かってしまった。


 部長はその場に残り、花一つ一つに顔を近づけ、色や形、香りを楽しんいる。

 そんな花も恥じらうほどの部長の姿に、僕もつい見とれて、その場に立ち尽くしていた。


「……ん? どうしたの?」


 と、部長が僕の存在に気付く。


「あ、いえ、別に……」 


 部長のこと見とれてたなんて、言えっこない。


「あ、あのー 茶道では花も種から育てるものなんですか?」


「別に育てなくてもいいよ」

「え、じゃあ、なんでわざわざ……」


「だって、育てるの、楽しいでしょ?」

「……」


「ちゃんとお世話して、ちょっとずつ成長して、変化して、最後、きれいな花を咲かすのを見れるなんて」

「……」


「春山くんも、少しずつ変わっていって、成長していってるの、見てて楽しいよ」


 そう言うと部長は僕に、なんの汚れもない純粋な笑顔を僕に向けた。


 そんな顔を見せられると……


 恥ずかしいじゃないか……


「春山くんは、いったいどんな花を咲かせてくれるのかな?」

「えっ?」


「みんな一人一人違った花を咲かすでしょ? 春山くんはどんな色の、どんな形の、どんな香りのする花を咲かすのかな?」

「僕は……」


 僕は花なんて咲かない。花もない。

 日の当たらない場所にいる雑草のようなもの。


「僕は花なんて、咲かさないですよ。その辺に生えてる雑草みたいなもんですから」

「春山くんって、雑草なの?」


「きっとそうですよ」

「なんで自分が雑草って分かるの?」


「分かりますよ、生まれ持って、というか。宿命というか」

「まだ育ってないのに?」


「……」

「雑草にみえて薬草かもしれないよ?」


 そう言って笑いかけてくれる。


「やってみて花咲かせないと、どんな花なのか分からないよ」

「どうせやっても……」


「やってみて、咲かなかったらしょうがないよ。でも、それまでの過程は無駄じゃないよ」

「……」


「なにが咲くのかなー って、楽しみと期待があるしね。なにより、育てたり、成長の様子を見たりするのが楽しいから」

「そう……なんですかねぇ……」


「そうなんだよ。

 だって、春山くんといると楽しいもん!」


「え!?」


 そう言うと部長は、本当に楽しそうに、とびきりの笑顔を僕にくれた。


「さぁ、早くみーちゃんのところ行かないと。また怒られちゃうよ」

「は、はい」


 部長から、そんなに期待されても……

 そんなに楽しそうにされても……


 困っちゃうじゃないか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る