第39話 花屋に行こう

 今日の部活は、茶道の稽古の代わりに、花屋まで行くことになった。


「茶道では床の間に飾る花も重要な意味があるの」と深谷先輩。


「春山くんも、今度一緒にお花、見に行こう」と秋芳部長が続けて言う。


 というわけで、僕たちいつもの三人は、隣の駅の近くにある花屋までやって来た。


「着いたよ、春山くん」

「あの、部長、ここですか?」

「そうだよ」


 目の前には大きなスーパーほどの建物が……

 五階くらいあるだろうか、駐車場もあり、庭にはいろんな植物が置かれている。


 花屋って聞いたから、ちょっとした個人店の花屋だと思っていたら、大型園芸店というのだろうか、ちょっと大型すぎてびっくりした。


「ここ、すごいんだよ。いろんな種類の花があって」


 部長は早く中に入りたそうに、ウキウキしている。


「まあ、こんだけ広ければ、いろんな花があるでしょうね」


 普段、僕はこんなところには来ない。 

 花なんて買わないし、あんまり興味ないし。

 部活動の延長線でなければ、こんなところには来なかったであろう。


 あまり僕は期待せずに店の中に入った。



「へー 部長、すごいですね、ここ」

「でしょー ここだけで一日いられるよ」


 あっちこっちと、所狭しと花が置いてある。

 しかも、どれもこれも違った種類の。

 見たことのない花びら。

 言葉では表せないような色


 いやー これはすごいや。


 奥には温室があるので、きっとそういった植物もあるのだろう。

 あっちには大きな池や水槽があり、水生植物が置いてある。


 こっちの観葉植物のコーナーなんか、まるでジャングルみたいだ。

 周りが緑ばかりで、向こう側が見えない。


 なんだか、ちょっとしたテーマパークみたいだ。

 植物が好きな人は、部長の言う通り一日中ここにいられるだろう。


「春山くん、こっちこっち」


 部長は上の階に上がる階段の前で、僕を手招きする。早く行きたくてしょうがないようだ。


 僕は部長の後ろを付いて上の階へと上がる。


 二階、そこはまるで天国かのような、あたり一面の花、花、花……

 室内とは思えないくらいの、色鮮やかな景色。


 これは確かに、花に無頓着な僕でも、心が晴れやかになる。


「すごーく、きれーい」

 部長が子どものように顔をほころばせて、はしゃいで回る。


「香奈衣、店内では静かにしなさい」

「はーい」


 僕は一つ一つ近づいて、花を見てみる。

 いろんな種類があるんだな。

 花びらの色とか形がそれぞれ違う。

 名前とか種類までは分からないけど。

 これは紫で、これは黄色っぽし白で、しかもいい匂いがする。


「春山君、花の種類とか分かる?」

「いやー まったくです」


 横にいた深谷先輩が聞いてくる。


「名前も覚えなければいけないし、どの時期にどんな花が咲くのかも知ってなくてはいけないのよ」

「あー 奥が深いですね」


「最低限、茶道で使われる代表的な花くらい覚えておきなさい」

「そうします」


「ちなみにこの前、五月に飾った花は、菖蒲ね」

「はあ……」


 深谷先輩が、一面花畑の中から一束、濃い青の花を取り出して見せる。


「じゃあ、6月は?」

「6月は……あじさい、ですか?」


「そうね、ほかには……」


「ねぇ、春山くんー」


 花畑を挟んだ向こう側から、部長が僕を呼ぶ。


「なんですか?」

「ちょっと向こうの方に立っててくれる」


「どこですか?」

「あの柱の前くらい」


 僕は部長に言われるがまま、店の壁の方の柱の前までやってくる。


「ここでいいですか?」

「撮れた!」


 え? なにが?


「みてみて」


 そう言って部長はスマホを片手に、僕と深谷先輩のところに駆け寄ってくる。


「ね、花の妖精みたい」


 そう言って僕たちに画面を見せる。

 そこには、アップで撮られた花束の中に、遠近法でちっちゃく上半身飛び出した僕が写っている。


「ね、かわいいでしょ」

「なに勝手に撮ってるんですか!」


 そんな写真、撮ってどうするの?


「かわいいから、みんなに送ろっと」

「ちょっとなにしてるんですか、止めてください!」


 こんなのばらまかれたら、たまったもんじゃない。


「もう、二人とも! なにしてるのよ、静かにしなさい!」


 ほら、深谷先輩に怒られた。


 一緒にいると騒ぐので、僕は部長たちと離れ、ひとりで店内に置かれた花の束を見て回ることに。

 あたり一面花の香りで、芳香剤の置いてある巨大なトイレにいるみたいだ。


「春山くん」

 と、また部長だ。今度は大量の花束を持って、僕のところにやってきた。 


 今度は、なんなんですか?


「この花 かわいいよ」

「そうですね」

「ちょっと、これ持ってて」


 そう言って僕の両手に花束を持たせる。


「あと、これと、これも……」

 と、どんどん増えていく花束。


 どんだけ花束、持たせるんですか?


 もう両手で抱えるくらいのが精一杯の、大量の花束。

 かろうじて顔が出せて、目の前の部長の姿が確認できるくらい。


「じゃあ、撮るよー」


 は?


 カシャ!


「みてみて、よく撮れてるよ」

 そう言って花束に埋もれた僕の顔に、画面を見せつけてくる。

 画面の中には花束に押しつぶされそうな僕の姿……というか顔だけが見える。


「これ、プロポーズする時の春山くん」

「はぁ? なに言ってるんですか!」


「これ、お見合い写真になるかも」

「しませんよ、お見合いなんか」


「SNSにあげて、っと」

「止めてください!」


「茶道部の紹介ページにっと…」

「部長!」


「あんたたち、いい加減にしなさい! どこだと思ってるの!」


 ほら!怒られた。

 なんで花束抱えながら、深谷先輩に怒られないといけないんですか?

 もう……


 僕はまた一人、店内を回って花をめでる。

 部長も静かにしてればいいのに。

 こんな花に囲まれた美少女の部長がいれば、最高の絵になるのに。

 全部、だいなしだよ……

 部長もこの花みたいに、じっとしていればいいのに。


 そんなことを考えてると、頭に何かあたる感触がして……

 僕は振り向くと、

 部長が大きな花を僕の頭に乗せていた……


「あの……なにしてるんですか?」

「お花の髪飾り。可愛いかなーって思って」

「……そう、ですか」


 もう疲れたので、そのまま放っておくことにした。


「ねえ、こっち来て」


 そう言うと部長に腕を引っ張られて、鉢植えの花が多く置かれている場所まで連れてこられ、それらを背にして僕は座らされた。


「こうするとね、顔の周りに、いっぱいの花飾りしてるみたいだよ」

「はあ……」


 そんなことされても、全然うれしくない。


「ねえ、みーちゃん、見て! 春山くん、かわいいでしょ?」


 そこに、冷めた目で僕を見る深谷先輩がやってくる。


「……なんか、棺桶に入った死人みたいね」


 ……あぁ、なるほど…… そうですか……


「香奈衣、春山君と死体ごっこして遊ぶのもいいんだけど……」


 えっ? 死体ごっこ?


「稽古に使う花を探しにきてるんでしょ。真面目にやりなさい」

「はーい」


 そう、実は僕たちは、部活の稽古に使う花を見に来ていたのだ。

 ところが部長が遊んでばかりで、まだ全然探せていないでいる。


 そっか…… 

 まだ帰れないのか……

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