第38話 小さな変化

 今日も部活の帰り、いつもの道、いつもの三人。

 

 僕の隣で歩いている秋芳部長は、終始機嫌がよろしいようで。

 暇さえあれば、自分の髪の毛を触り、撫でたり、くるくるしたり。

 なんにもしてなくても、微笑みながら歩いている。 


 そんなに、なにが嬉しいものだろうか?

 機嫌がいいことは、よいことではあるのだが。

 部活内での、あの出来事。

 髪の毛切りましたね、と、胸大きくなりましたね。

 と言われなことが、そんなに嬉しかったのだろうか。


 女の子の気持ちって、よく分からないや……


「ねえ、春山くん?」

「なんですか?」


「実はね、もう一ヶ所、変わったところがあるんだけど、分かる?」

「え? いや全然、分からないです」


 なに? この話ってまだ続いてるの?


「分からないの? かな?」


 そういって部長は腰を振ってみせる。スカートがヒラヒラと風に乗ってたなびく。


 ……おいおいおい、今度はまさか、パンツの色が違うとか言い出すんじゃないよね。


「……あの、もしかして、あれですか? その……スカート、が?」

「スカートが?」


「……短く……なった?」

「そう! ちょっと上げてみたんだ! 暑いから」


「……ああ、そうですか」


 よかったわー!

 パンツが違うとか言い出されなくて。

 でも実は、うすうすは感じていたんだ。

 なんかいつもより微妙にスカートが短いんじゃないかって。

 でもそんなこと僕から言い出した日には、部長から何を言われることやら……


 そんな部長はスキップしながら、

「ねえ、みーちゃん。春山くんがスカート短いですね、だって。私のスカートしか見てないんだよ。変態さんだね」

「そうね、とんだ変態野郎ね」


 あぁ……


「春山くん、髪の毛とか胸の違いには気づかないのに、スカートの長さはすぐ気がついたよね」

「……」


「もしかして春山くんって、女の子の下半身の方に興味あるのかな?」

「はあぁ!?」


「腰とか、太ももフェチとか?」

「違いますって! そんなんじゃないですよ」


 なにをまた言い出すんだよ、この人は。


「普段近くにいたら、気がつかないですよ。そんな小さな変化なんて……」

「そうかなー 逆に一緒にいるから、いろんな違いに気づくと思うけど」


 そういうものなんだろうか。

 単に僕が他人に無関心なだけなのだろうか。


「例えば……今日の春山くんは、髪の毛、寝癖ついてるなー とか」

「……」


「シャツがしわしわだな、とか。ズボンに埃ついてるけど、掃除当番だったのかな? 昼休み遊んでたのかな? とか」

「……」


「爪が伸びてるなー 切ってあげようかな、でもきれいな爪だなー とか」

「……」


「今日、お菓子食べるの早かったけど、お腹すいてるのかな? それともこのお菓子好きなのかな?」

「……」


「とか……」

「もういいです! 分かりましたから!!」


 気持ち悪いって!

 どんだけ僕のこと見てるんですか!

 これもう、ストーカーだよ!


 でも、意外と自分って部長に見られてるもんなんだな。

 僕なんか影が薄いし、部長みたいな美人と違って、見たって何の価値もないはずなのに。

 

 まあ、でも基本、身だしなみには無頓着だから、部長の言う通りこれからは気をつけよう。

 

「本当に好きなものや興味のあるものなら、いろんなところに気がつくと思うけど。春山くんはどうかな?」


 好きなもの、興味があるもの? 

 確かにそういうのは、気になって調べたりするけど……

 ……っていうか、その言い方だと、部長にとっての僕は、好きなもの興味があるものの対象ってこのなの!?


 そこで今まで黙っていた深谷先輩が、解説し始める。


「茶道だと季節の変化や天気、お客の好みとか状態とかを考えたりして、おもてなししなくてはならないから、自然と周りの事象には敏感になるのよ」

「ああ、なるほど……」


 そういうことね。


「季節の移り変わりとか、変化とか、感じてて面白いよ」


 そういって部長は空を見上げる。

 雨こそ降ってはいないものの、分厚い雲が空を覆っている。


「木の葉っぱもきれいな緑になったし、風も湿って暖かくなってきたし……」


 僕は今までは、あんまり周りのことに無関心すぎたのだろう。

 もしくは関心を向ける余裕がなかったのか。

 こうやって改めて周りを見て見ると、いろんなことが起きて、変化しているのだなと。

 

 毎日が同じ日ではないように……


 そんな部長は、大きく伸びをして、季節の移り変わりを体全体で感じ取ろうとしている。


 そういえば……

 僕は部長のことをまだよく知らない。

 知ろうとして注意深く見ているわけでもない。


 部長はきっと僕のことを知ろうとしてくれているのだが、僕は部長のこと全然知らない。

 僕が部長に興味がないということなのか?

 ……いや、そんなことはない。

 ……と、思うのだけど……


「あっ、そういえば」


 急に何かを思い出したかのように、部長がこっちを振り向く。


「どうしたんです?」

「あのね、私、春山くんのこと見てたら、春山くんの癖、分かっちゃたんだ」


「……僕の癖?」

「そう」

 と、小悪魔のような笑顔をして、僕のことを上目遣いで見てくる部長。


 もういやな予感しかしない。


「春山くん、顔とか口を手で隠す癖、あるでしょ?」

「…………はあ、まあ」


 自分では意識してはいないが、言われればよくしているような……してないような…………


「しかもね。よーく見てたら、恥ずかしいときとか、嬉しいとき、面白いときに顔隠すようにするんだよ」

「っ!?」


 そういわれれば、そんな気が……

 それは顔が赤くなったり、笑ってるところ見られたくないからで……


 だって、恥ずかしいから……

 

 そんな気持ちが無意識に、自然と口を隠すようになってしまったのかもしれない。

 でもそんなこと部長に知られたら……

 

 とんでもないことになる!


「そんなことないですよ、別に」

「本当に?」


「そんな癖、ないですよ」

「じゃあ、試して見る?」

「試す?」


 そういうと部長は僕の正面に出てきて、僕の両手を掴んだ。


「あ、あの……」


 部長は無言で両手を掴んだまま……

 ちょっと背伸びして、顔を僕に近づけてくる。


 え? なになになに?


 そのまま部長に唇が僕の口めがけて一直線に向かってくる。


「ちょっ ぶ、部長!?」


 僕が体を後ろに反らしても止まってくれない。


 え? え? ええぇー!?


 しゃべったら、もう息がかかるくらいの距離まで近づいてくるので、話せないし口も開けられない。

 そして、僕の視界が部長の顔しか見えなくなった。


「や、やめてください!!」


 まさに顔が触れるか触れないかの位置で、ようやく部長は両手を離し、後ろへ下がってくれた。


 視界から部長が遠ざかったのを見て、僕は止めていた呼吸を再開させた。 


 はぁ―――――

 いきなり何するんだよ!

 びっくりしたよ、本当に!


「どう?」

「どう? じゃないですよ!」


 部長は顔色一つ変えずに、平気な様子で笑いながら語りかけてくる。


「ほら、口隠した」

「!!!」


 あっ! いつのまに右手が口元に……


「恥ずかしかったのかな? 春山くん?」

「違いますよ! 口がくっ付きそうだったから、その……拭いてるんですよ」


 くっそ―――

 

「ねぇ、みーちゃん。春山くん、恥ずかしがってる」

「そうね。どちらかというと、道端で二人がバカなことしてるのを見ている私の方が、すごく恥ずかしいわ」


 季節は変わり、人も、建物も、世の中も変わっていくが、

 きっと部長の性格は変わらないんだろうな……

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