第37話 間違い探し

 今日の秋芳あきよし部長は、一段と自己主張が激しい。


 僕が部室にやって来た時から、部長はやたらと目の前に出てくるわ。

 歩くたびに上半身揺らしたり、立ち上がるのにも身体を前後に振ったりと、いちいち動作が大げさだし。

 なにかを話すにしても、身振り手振りのジェスチャーが凄まじい。

 特に上半身の動きが、いつもにも増して激しい。


 なんで今日はそんなに、自分を見てアピールが強いんだろう?

 きっとろくなことを考えてはいないのだから、僕はひたすら無視を続ける。


 稽古前に髪をまとめるのだって、歌舞伎役者みたいに髪の毛ぶん回したり、またそれを結ぶのにも何回もやり直したり。


 お点前の時の動作も、無駄に大げさにしているし。

 お茶を点てるのに手先だけでなく、身体ごと揺さぶったりするので、お茶が飛び散ってしょうがない。


 今日の部長は変だ。

 いつも変ではあるが、いつもにも増して変人度合いが強くなっている。


 そして今も、お点前が終わり、片づけをしている部長は、結んだままの髪を馬の尻尾のように動かし、わざと揺らしている。


「部長、ちょっとは落ち着いてください」

「え? なに?」


 そういって振り返るが、ラジオ体操のように上半身を腰から捻って振り向くもんだから、長い髪がさっきから僕の腕に鞭のように当たって、むずかゆい。


 もー 今日はホント、どうかしてるよ。


 すると僕は、向こうの方で深谷先輩がこっちを見ていることに気がついた。

 なにかを僕に伝えようとしているような、目くばせしている。


 何だろう? 

 でも、何を意味してるか分からない……


 と、その時、よそ見をしている僕に、部長が後ろ向きにぶつかってきた。

 部長の後頭部が僕の口にあたり、髪の毛が口にくっつく。


「ごめん、春山くん」

「部長、気をつけてくださいよ」


 もう、さっきからなんなんです!?


 部長がどくと、視界にはまた深谷先輩が入ってくる。

 しかし、今度の先輩は人差し指で髪の毛をくるくる巻き付けてる。


 ……髪の毛?

 髪……髪の毛……が?

 えっ? もしかして…… 


「部長?」

「なに?」


 僕に呼ばれた部長が、やはり大げさに振り向く。


「部長……もしかして……」

「もしかして?」


「髪の毛……」

「髪の毛!?」


「切り……ました?」

「うん! 髪の毛、切ったよー!!!」


 今までの曇り空が一気に晴れたような、快晴の笑顔になる部長。


 うっっわ― めんどくさー!!


「春山くんがお願いした長さ分だけ、切ってきたんだよ!」

「え? ああ、そうですか」


 そういえば、以前そんなことを言ったような……


「どうかな?」 


 そういって部長は、長い髪を僕に見せつけるように、ブラシでとかし始める。


「い、いいと思います……よ」


 正直よく分からなかった。髪を切ったなんて。

 そんなにいつもと変わらないような……


「この時期さっぱりして、いいんじゃないですか?」

 と、最低限のお世辞を述べておいた。


 部長はそれを聞いて「ありがとう」と言って、にっこにこの上機嫌で奥へと消えていった。


 そんな小さな変化にも気づいて、褒めてあげないといけないのか?

 すごく面倒な生き物なんだな、女の子って。


 まあ、これでひとまず部長も落ち着くだろう。


 そう思っていたが、そうはいかなかった……


 片づけを終えて戻ってきた部長は、今後はなぜか無駄に胸を強調するようになってきた。


 胸を見せつけてくるように、前かがみになって尋ねてきたり。

 わざと僕の肘に胸を押し付けてきたり。

 上半身を妙なダンスを踊るかのように、くねくねさせたり。

 さらには、胸で体当たりしてきたり…… 


 なんなの!? 今度は!


 僕は救いを求めるように深谷先輩にもう一度目を向けるが、先輩は目が合うとプイっと顔を背けてしまった。

 えぇ…… どうすればいいんだよ……


 早く違いを探しだして、褒めてあげなくては、こんな面倒なことがひたすら続くことになってしまう。


 部長の……今度は……胸? なのか?


 僕は視線で感づかれないように、遠目で部長の胸を観察する。


 別に……いつもと変わらないが……


「ねぇ、春山くん?」

「な、なんですか?」

「私の胸ばっか見て、どうしたのかな?」


 しまった! バレた!?


「別に、そんなに、見てないですよ……」

「なんか気になるところとか、あったのかな?」

「え? 気になるところ?」


 僕はもう一度部長の胸を見る。 


「普通ですけど」

「……普通かな?」


「ええ、いたって、いつも通りです」

「……実は、いつもと違うんだよ……」


「……そう……なん、ですか?」

「そう、なん、です!」


 全然、違いなんて分からないし、仮に分かったとしても、どうせたいした事じゃないのだろう。


「こうー なんというかー いつもと違ってるというかー」


 部長は両手で円を描くように回すが、なにを言おうとしているのか全く伝わらない。


「本当に分からない?」

「はい。全然」


「……を変えたんだよ」

「え? なんです?」


 声が小さくて聞こえない。


「ブラ、変えたんだよ」

「…………は? ブラ?」


「そう……ブラジャー」

「……」


「いつもは白なんだけど、今日は薄い緑のに変えたの」

「…………」


 そんなこと言われても……

 下着の色が違います、なんて言われても。


「そんなの、分かるわけないじゃないですか!」

「……気がつかないんだ……春山くん」


「そんな下着の色なんて、服の上からじゃ、分からないですよ!」

「……そっか……分からないか……」


「ふざけてないで、稽古しますよ」

「……そうだね」


 もう…… 部長はまた僕をからかって……


 その後も僕たちは稽古を続けた。

 しかし、あれ以降、部長の機嫌は一転して暗い。

 先にお点前の終わった部長は、大人しく座っているだけだった。



 そして、そのまま時間は流れ、今日の部活も終わり、掃除して帰るころに……


「ちょっと、お手洗い行ってくる」

「はい……」


 部長は一人静かにトイレに向かった。


 その様子に、さすがに少し心配になったので、僕は深谷先輩に尋ねた。


「あの~ 深谷先輩。部長、どうしたんでしょう? 具合でも悪くなったんですかね」


 ほうきで畳を掃いている深谷先輩は手を止め、大きくため息をする。


「変えたのよ、ブラジャーを」

「ええ、それはさっき……」


「寄せて上げるやつに」

「……は?」


「胸を寄せて上げて、大きく見せるブラジャーに変えたのよ」


 ……なん……ですと?


「なんでそんなことを……」

「知らないわよ! きっと今、付け直しに行ったのよ」


 え? なんでそんなことを?

 なに? いつもよりも胸が大きいですね、って言ってもらいたかったの?


「……あの……僕はどうすれば……」

「それくらい、自分で考えなさい!」


 そこまでヒント出しておいて、答えは自分で考えろと。

 もー どうすれば、いいんだよー

 さりげなく「なんだか、胸、大きくなりましたね」って言うのかい?

 無理だって、そんなこと。


 なにかいい伝え方、ないものか……

 そもそも、なんで僕がそんなこと気づいて、褒めなくてはならないのだ。


 そうこうしているうちに、部長がトイレから帰ってきた。


 ……なんとなく、

 ……胸が大きくなっているような……?


 えー 言わなきゃいけないの?


 深谷先輩は、この事には完全にスルーするつもりだ。もう1人で帰る準備してる。


 目の前の部長は、モジモジしながら無言で僕に胸を見せつけてくるし……


「あ、あの……部長?」

「なあに?」


「あの、大変申し上げにくいのですが……」

「うん」


「そのー ですね。胸が……ですね」

「胸が?」


「あー なんか、こう〜 大きく……」

「大きく?」


「大きくなってませんか?」

「大きくなって見えるの!?」


 部長の顔が急に明るくなる。


「ねえねえ、みーちゃん。春山くんが私の胸見て、大きいですね、だって」

「……いや、あの――」

「エッチだね、春山君って」


 あー もう恥ずかしいわ!

 なんてこと、言わせるんだよ、まったく……


「ねえ、みーちゃん!」

「はいはい、よかったわね。早く掃除して帰るわよ」


 それはそれは嬉しそうに話す部長。


 この間違い探し、

 ものすごく面倒くさいんですけど……

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