第29話 茶室でカルタ

 クラスのホームルームが伸びてしまい、終わったのが17時過ぎの、こんな時間に。

 委員会やら役員決めるのに、誰も立候補しないもんだから……

 今から部室に行っても、たいして練習もできず終わってしまう。

 それでもとりあえず、僕は茶室へと小走りで向かう。


「すみません、遅くなりました」


 僕が戸を開けて茶室の中に入ると、もちろんすでに、秋芳あきよし部長と深谷先輩が中にいて、稽古をしている……


 ……しているはずだった。


 二人は畳の上に座り、辺り一面に散らばった、何枚ものハガキのような物を覗いていた。


 いったい二人は何をしているんだろう?


「おはよう、春山くん」

「おはようございます」


 僕は廊下の奥に荷物を置き、準備をする。


 襖の向こうでは、部長が何か声に出して読み上げているのが聞こえる。


「体育祭、走る姿は、アスリート」


 ……?

 何を?言っているのだ?


「濃茶でも、みんなで飲めば、美味しいな」


 ……さっきから、呪文みたいなのを唱えて?


「女の子? 医学的には、男の子」


 ……!???


 僕は仕度をすると、部長たちのところへ。


「さっきから、なにをしてるんですか?」

「カルタしてるんだよ。春山くんも一緒にやろう!」


 部長の手にはカルタの読み札らしき束が。

 正座している深谷先輩の前には、散らばったカルタが……


 和室で、なんでカルタ?


 ……いや、よく見てみると、カルタじゃなくて写真だ!?

 全部写真。

 しかも、これ、僕が写ってる……


 僕は慌てて、一枚一枚拾う。 


 これも、僕が?

 これも、これにも、それも……

 8割がた、僕の写真じゃないか!


「部長! これなんですか!?」

「茶道部カルタ、作ってみたんだよ」


 ニコッとしながらお手製のカルタを見せてくれる。

 なに勝手に人の写真使ってるんですか?

 恥ずかしいじゃないですか!

 完全に肖像権の侵害である。


 僕は散らばっていた写真を全部、回収する。


「もうやめてください!」

「えー せっかく作ったのに」


 部長が悲しそうな顔をする。

 が、そんな顔してもダメなものはダメだ。


「いいよ、まだあるから」

「え?」


 部長は鞄から同じくらいの量の写真の束を取り出して見せる。


「なんで同じのが、まだあるんですか!?」

「神経衰弱しようかなーって」


 僕の写真使って、神経衰弱やるの?

 同じ写真が二枚あるの?

 同じ写真が見つかるまで、僕の写真をひっくり返して憶えるの?


 ……ダメだ、先に僕の精神が衰弱する。


「とにかく! もう、だめです!」

「えー 折角、作ったのになー」

「その努力をもっと別のところに使ってください」


 僕は回収した写真を、一つ一つ確認にしていく。


 いつ撮ったんだよ、こんな場面。

 これは体育祭で僕が走ってる時の?

 これはお点前してるところで、これはー?

 お昼ご飯食べてるところ。

 ……これとか、女装されてる時のじゃん。


 あっ、でもこの部長の写真はかわいいかも……


「しかし、よくこんなに貯まったわね」

 

 深谷先輩が褒めているのか、呆れているのか、どちらとも取れるような口調で話す。


「うん。これでも四月からのだけだよ」

「二ヵ月でカルタ作れるくらい撮れるものなの?」

「うん。まだまだ、あるんだよ」


 どんだけ撮ってるんだよ。

 まったく……

 あれ? この写真は見たことない。先輩四人が茶室に集合して撮られている写真。

 きっと僕が入部する前の写真だろうか。

 よく見ると部長とか、深谷先輩の写真もある。

 これ単体で見れば、非常に出来のいい写真なのだが。

 なぜカルタにして遊ぼうという発想に至るのか?

 不思議だ。


 呆れた僕に気にすることなく、自慢のコレクションを披露するかのように、嬉しそうに写真を広げる部長が言う。


「こんだけあったら、写真集だせるね」

「茶道部の?」


「春山くんの写真集」

「やめてください。誰も買いませんよ、そんな写真集」

 って、自分で言ってて、悲しくなる。


「香奈衣、誰がそんなもの買うっていうの?」


 ……自分では思っていても、深谷先輩に正直に言われると、ちょっと辛い。


 でも、部長の写真集なら…… もしかしたら買っていたかも……なー

 写真のなかの部長は、奇麗なままだし、なにより、からかったりしてこない。


「五月も色々あったねー」

「そうね」

 

 二人は写真をめくりながら、しみじみと思い出をたどっている。


 いろいろな出来事があった。それは確かに。

 僕も改めて思う。

 この茶道部に入部して、いろんな経験をさせてもらった。

 もし、僕が入部していなかったら、この写真の束は全部なかったことになるのだろう。

 僕の記憶は一切残ってはいなかったに違いない。

 そう考えると……部長に、感謝なの……かな?


「ねぇ、春山くん」

「はい」


「春山くんの、生徒手帳かしてくれる?

「え? ええ、まあいいですけど」


 急に部長にそんなこと言われ、言われるがまま、学ランの内ポケットに入っている生徒手帳を部長に渡す。


「ちょっと借りるね」


 そういって奥の方へ行くと、なにやらこそこそし始める。


 ……なんかやな予感がする。


「あの……なにしてるんです?」


 僕は手帳を持った部長の手元を覗くと……

 あっ! 生徒手帳の学年行事スケジュール表のところに、勝手に印つけとる!


「なんで勝手に人の未来決めてるんですか!?」

「茶道部の重要なイベント、忘れないように印、書いてあげたよ」


 もー 文化祭のところとか、赤く花丸してあるし。


「これからたくさん、写真増えるんだね」

「写真? そーですね」


 ああ、ようするに写真を撮るような学校行事に、生徒手帳に印をつけてここうと。


 これからのイベント盛りだくさん。

 部長の起こす事件も、盛りだくさん……

 その都度、カルタの材料となる写真が増えていくというわけ?


「生徒手帳に写真が入りきれなくなっちゃうね」

「は?」


 よく見ると手帳の最初の方のページに、なにか挟まっている。


 開いてみると……


 僕の写真が!?


「なんで僕の生徒手帳に、僕の写真挟んでるんですか!?」

「証明写真」

「こんな大きな証明写真、持ち歩かないですって!」


 どこに自分の手帳に自分の写真いれておく人がいるんですか。

 これじゃあ、変態ナルシスト野郎じゃないですか。

 もし、交通事故にあって身元確認となって、手帳から自分の写真が出てきたら、完全におかしな人だと思われるよ。


「じゃあ……私の写真、入れておく?」

「いや、そういう問題じゃなくて、ですね」


 生徒手帳に部長の写真?

 そんなの……普通に恥ずかしい。

 誰かに見つかりでもしたら、恥ずかしくて死んでしまう。

 もし、交通事故にあって、僕が死んだりなんかして、遺品です、って手帳から部長の写真が出てきたら、恥ずかしくて死んでも死にきれないよ。


「入れません。手帳に、普通は、写真入れません」

「そう?」


「はい」

「私、入れてるよ」


「……え?」


 そう言うと部長はセーラー服のポケットから生徒手帳を取り出す。

 そして中から一枚の写真を取り出して見せる。


 これ……は? 

 僕と部長? が、一緒に下校している時の……写真?

 なんで?? 

 なんで? 

 そんな写真? 

 生徒手帳の中に? 

 挟んでるの?


「私、写真挟んで持ち歩いてるけど、変かな?」

「……」 


「お気に入りの写真って、大事に持ってるものじゃないのかな?」

「……」


 お気に入りって……大事にって……


「授業中とかスマホ見れないから、手帳見るふりして写真見たりしてるよ」


 授業中に僕の写真見るような場面って、どんな状況に陥った時なの?


「部活ない時とか、家にいる時とか、会えない時は見たりするけど……」


 ……分からない。

 なんで部長がそんなことするのか?

 分からない……分からない……分からない…………


「ねぇ、みーちゃん。生徒手帳に写真入れとくのって、普通じゃないの?」

「さぁ? 少なくとも私はしないけど」



 四月、僕は新しい世界を体験し、

 五月、僕の見る景色が、目まぐるしく変わっていった。

 そして明日から六月。

 新しい季節が始まろうとしていた。

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