第28話 髪型
今日の部活も、秋芳部長と深谷先輩と僕の、三人での活動。
僕と部長は並んで座り、目の前で深谷先輩がお手前をしているのを見ている。
先輩のお手前はいつ見ても丁寧で、よいお手本となっている。
そんな稽古の最中にもかかわらず、部長が小さな声で僕に耳打ちしてくる。
「ねぇ、春山くん、今日のみーちゃん、どこか変わったと思わない?」
「え?」
……いや特に。
今まで深谷先輩のお手前見ていたけども、特に変わったところや気になったところはなかった。
「女の子が、さりげなく変わったところに気づいてもらうと、すごくうれしいんだよ」
「そうなんですか?」
さりげなく変わったところ?
別にそんな会話のテクニックや、情報は欲してはいないのですが?
でも、せっかくなら気づいて褒めてあげれば喜んでもらえるのかも。
日ごろ、僕への印象が悪いであろう深谷先輩の好感度を上げるチャンスかもしれない。
……とはいっても、どこの、なにが変わったんだ?
すごく難易度の高い、間違い探しをしているみたいだ。
そんなことばかり考えていたら、肝心の深谷先輩のお点前を見てなかったし、もう終わってたし。
一通り稽古を終えて、片付けして、深谷先輩は僕たちのところへ戻ってきた。
「春山くん、今だよ」
「え? 今って?」
「どこが変わったか、言ってあげて」
そんなこと、急に言われましても……
「なに?」
ひそひそと話している僕たちを見て、深谷先輩が僕のことを睨みつける。
「え、えぇー と、今日はなんだか印象がよいというか」
……深谷先輩は表情も変えず、無言のまま。
「メガネとか、変えま……」
「変えてないわよ」
「あーっと、髪! が変わった」
「髪がどう変わったの?」
「えーっと……伸びた? かな?」
「ほっとけば誰だって伸びるでしょ」
「そう、ですね……」
「毛先を揃えただけなんですけど」
「あー はー なるほど」
……全然分からないよ。
毛先を揃えるって何?
余計、深谷先輩の気分を悪くさせてしまったようだ。
「春山くん、失敗しちゃったね」
部長がニヤニヤしながら話しかけてくる。
部長が余計なこと言うから、また気まずい関係になってしまったじゃないですか。
「ねぇ、私はどうかな?」
「えっ?」
そう言って今度は部長が、両手で長い髪をバサーっとかき上げて見せる。
「……髪の毛の毛先を揃えた、んですか?」
「違うよ」
「前髪を切ったとか?」
「残念、正解は何にもしてませんでした」
……真面目にかかわった僕がバカだった。
「じゃあ、次は私がお点前するね」
次は部長がお茶を点てるようだ。
髪の毛を後ろで束ねようとする。
お点前する時は、部長の長い髪は邪魔になるから、よく短く結んだり、束ねたりしている。
「ねえ、春山くん」
「はい」
「どこで結ぶのがいい?」
そんな質問、いつもはしないのに。
左手で束ねた髪を上げたり下げたりしている。
どこって、どこでも好きなところで結べばいいでしょうに。
「この辺でいい?」
そういいながら、頭頂部に髪を持っていく。
「それじゃあ、ちょんまげですよ」
「じゃあ、この辺?」
今度は左耳付近に結び目を持っていく。
サイドテール?っていの?
「それは……ちょっと、どうですかね」
「じゃあ、ここ」
今度は一番普通の後頭部付近に持ってきた。
「まあ、そんなところじゃないですか」
「ここね」
そういってヘアゴムで、その位置で髪を結んだ。
「そっかー 春山くんって、ポニーテール好きなんだ」
「……っ!」
「男の子って、みんな好きだよね。ポニーテール」
部長が意地悪そうな笑みを見せてくる。
別にそんなつもりで言ったわけではないけど、なんだか恥ずかしいじゃないですか。
自分の好みの髪形を知られてしまったようで、なんだか凄く恥ずかしい……
ただそれが似合ってるっていうだけで、別にそれが好きだというわけじゃ……
僕はそれ以上、何も言えなくなって、その後も無言で部長のお点前を見ていることしかできなかった。
部長が動くたびに、生き物のように動く黒い髪の尻尾。
その黒い尻尾に見え隠れする、細く白い首。
その整った横顔、全てが可憐に見えた。
結局僕は、お手前の間、部長の顔しか見ていなかった。
そしてそのまま終わってしまった。
どうしようもない男だった。
もっとちゃんと集中して稽古しないと……
そこにお点前を終えた部長が戻ってきた。
部長は髪をとかしながら、深谷先輩に話しかける。
「なんか、お点前の時、髪の毛、邪魔になるかなー」
「結構、伸びたんじゃないの? 切ってからだいぶ経つでしょ」
「そろそろ切りに行こうかな?」
「これから梅雨になるし、暑くなるし、プールの授業あるでしょ」
「そうだね。切っちゃおうかなー」
部長……髪の毛切っちゃうんだ。
なんかもったいないなー
「思い切ってショートにしちゃおうかな」
「え!?」
あっ、思わずびっくりして声を出してしまった!
それを聞いて部長が僕に、にんまりと、いやーな笑顔を向けて話しかけてくる。
「あれぇー 春山くんは長いほうが好きなのぉ?」
「いや……別に好きとかじゃなくて……」
面白い獲物を見つけたように、また僕をもてあそぶ。
僕は必死に弁明する。
「そのー 長いほうが女の子っぽいというか……」
「悪かったわね。女の子っぽくなくて」
間髪入れずに、関係ない深谷先輩が食ってかかってきた!
「いや、深谷先輩は別にですね、そういう意味ではなくて、ですね」
「じゃあ、私もみーちゃんみたいな髪型にしようかな」
「いやー 部長には似合わないと思いますよ」
「春山君、今日はさっきから、なに? 私に喧嘩売ってるの?」
「違います。誤解ですって」
あーもー! めんどくさいなー!
「じゃあ、今度、ちょっとだけ切りにいこうかな」
別に僕は女性の髪形とかあんまり気にしないけど。
でもなんとなく、なんとなくではあるが、部長にはいつもの長い髪のままでいてもらいたい。
僕がロングが好きとか、そういうことではなくて。
なんだろう。そのー
部長はこのままのが一番似合っている、と思う。
「ねぇ、春山くんも一緒に来る? 美容院?」
「え、いや、いかないですよ」
なんで?
美容院なんていったことない。そんなおしゃれなところ。
しゃべるのも苦手だから、床屋にも行かないで、カットだけの安い所で、いつもいっている。
「一緒に来てくれれば、春山くんの好きな髪型にしてくれるよ」
「いや、別に、僕はなんでも……」
しかも、なんで部長と一緒に美容院に行かなきゃならんのだ。
恥ずかしい。
ただでさえ美容院行くのに抵抗あるのに、部長とだなんて。
絶対に行かない!
「えー じゃあ、春山くんはどこでいつも切ってもらってるの?」
「……安い、1000円くらいのところで……」
「ちゃんとした所、行こうよ」
「いや、そこもちゃんとしてますよ」
「そしたら、私が切ってあげる」
「はぁ?」
「私、図工、得意だったんだよ」
図工? 小学生の?
久しぶりに聞いたよ、図工って単語。
図工が得意っていう人に、自分の髪の毛を切ってもらいたくない。
そんなことを考えてると、部長は僕のところに近づいてきて……
いきなり両手で頭を掴んだ!
「なっ!?」
「んー 春山くんはこれくらいが似合ってるかな」
部長は僕の髪をかき上げたり、とかしたりして遊ぶ。
そして僕の頭をなでなでする。
「ちょっと止めてください」
「でも私、今くらいの髪形が、好きかな」
「……」
好きって……
そんなこと、言われても……
「春山くんが美容院一緒に来てくれないなら、教えて? 私、どの辺まで切ればいいか?」
「え?」
部長は自分の髪の毛の先を持ち、僕に見せる。
「どのへん? おしえて? はい、髪の毛持って」
そんな……
なんでさっきから僕に意見を……
僕は部長から、成り行きで髪の毛を手渡される。
……あっ、柔らかい。
僕のと違って、細くて柔らかくて……サラサラしてる。
美人の人って、髪の毛もこんなに美しいものなのだろうか?
「ねっ、どこまで切ればいい?」
「え、えぇーっと……この辺まででしょうか?」
僕は毛先から5センチほどのところを掴んでみせる。
「ここまでだね。今度、美容院行ったら、ここまでってお願いするね」
もう……
なんで僕の好みなんかを聞き入れるんだよ……
「いい加減にしなさいよ、あなたたち。早く準備しなさい」
そんなやり取りをしている僕と部長に、目を細めながら呆れたように言い放つ深谷先輩。
「そんなに髪型が気になるなら、坊主にでもしなさい」
「え! 坊主!? 春山くんが坊主に……」
なんで僕だけ坊主にされるんですか……
「いいんじゃない。衛生的で」
本気で言ってるの? 深谷先輩?
「春山くん坊主にしたら、千利休みたいだね」
「しませんって! 坊主なんかに!」
今まで自分の髪型なんて、気にもしてなかった。
適当に短くしてただけで、ファッションとか流行などとは無縁だった。
でも、憧れの人や好きな人には、似合っている髪型にしてもらいたい気持ちがあるのかもしれない。
じゃあ、なんで僕はあの時、部長にはそのままの髪型でいてもらいたいなんて思ったんだろう。
別に部長のことが好き……というわけでも……ないし。
なんとなく、このままでいてくれたらいいなー と思っただけだ。
そう、きっと、そう思っただけなんだ……
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