第27話 ファストフード店に行こう

 今日で1学期中間のテストも終わり、明日から通常授業になる。

 学校は午前中のテストだけなので、試合や大会前で部活があったり用事がなければ、みんなそのまま帰るだろう。

 そのためお昼ぐらいには、テストの束縛から解放された生徒たちが校舎から続々と流れ出していた。


 茶道部は今日の活動はお休み。

 その代わり、学校が午前中で終わるため、部長たちとお昼を食べに行くことに。


 いつもは裏門から登下校するが、今日は駅前に行くために、ちゃんと正門から多くの生徒たちと一緒に外に出る。

 秋芳部長と深谷先輩は、テストの前後でもいつもと変りない様子だ。

 といっても、深谷先輩はテストがあろうとなかろうと、余裕というか出来て当然という感じ。

 部長の方はというと、テストがあってもなくても関係ないよ、という能天気な感じ。


 僕はというと、初めてのテストが終わって、ほっとしているところだ。


 しかし、こうやって多くの生徒の歩く流れの中で、部長と深谷先輩と並んで歩くのは恥ずかしいなと改めて思う。

 今歩いている他の女子生徒と見比べるのは失礼だが、やっぱりこの二人は抜きん出て美人だと思う。


「ようやくテスト、終わったね」

「そうですね」


「どうだった? 春山くん?」

「いや、まあ、普通でしたけど」


「一緒に勉強した甲斐があったね」


 いや、全然なかったです。


「部長たちはどうだったんですか?」

「普通だったよ」


 ホントかなー

 深谷先輩はともかく、部長はなー


 そこで呆れたような表情の深谷先輩が、

「香奈衣は要領いいから、あんまり勉強しなくても、なぜか点数はいいのよね」

「あー いますよね。そういう人」


 こっちは努力してようやく普通なのだが、たいして努力せずに要所要所上手くやって結果出す人がいるのは分かる。

 ちょっと腑に落ちないが、そういう人もいるから世の中は理不尽だ。


 でも部長はもしかしたら、僕たちの知らないところで、陰ながら努力しているのかもしれない。


「なに食べようかなー」


 ……そんな部長は、これから何を食べようか悩んでいた。


「今日は春山くんがご馳走してくれるんだよね」

「まあ、そういうことになってますけど」


 この前の効き茶の罰ゲームらしい。

 高級紅茶専門店ではなく、駅前のファストフードで妥協してくれたのは助かったが……


 実は部長たち二人は、あまりそういった場所に行ったことがないらしい。

 外で何かを食べるということもなければ、住宅街の家の周辺にそのようなお店がないというのもある。


 学校の最寄り駅周辺には、それなりに栄えていてファストフードの一店舗二店舗くらいはあるが、二人は駅に行くことがない。 

 学校が終われば徒歩でそのまま帰宅。


 なのであまり来ることはなかったみたいだ。


「一回みんなで行ってみたかったんだよねー」


 部長曰く、ハンバーガーなどのファストフードで食事は、青春している学生、らしい。

 確かに学生が放課後よく群がっているイメージはあるけど。

 特に高校の最寄り駅の店となると、普段利用しない部長にとっては、そういうイメージになるのだろう。


 それにしても、「ハンバーガー」イコール「青春」とは、ちょっと安直すぎる。

 まあ、確かに青春といえば青春かな。

 僕も中学生の時には、ちょっとは憧れたものだ。

 放課後、友達や彼女と集まってお店でハンバーガーかじりながら、騒いだり話したりすることに。

 自分には関係のない、ほど遠い世界での出来事かと思っていたら、意外と早く実現した。

 しかも女の子二人と……


 学校から10分程度の距離を歩き、ようやくお店の前に到着した。

 この時間、駅周辺はやはりうちの学生が多く目立っていた。

 でも、思ってたよりもお店は混んでなかったのはよかった。

 きっとみんな、せっかくだから学校近くの店なんかより、もっと遠くに遊びに行ったりするのだろう。


「さあ、早く入りましょう」


 女の子二人を連れてるところ、うちのクラスの人に見られでもしたら、非常に厄介だ。


  僕は二人を促し、店内へと入った。

  店内は比較的空いている方ではないだろうか。

  ところどころ空席が見られた。

  もしかしたらこれから混むのかもしれない。

  早いところ食事を終えてここから立ち去りたい。


「なんにします?」

「どうしよう……なんかいっぱいあるね」


 部長はメニュー表だけでなく、店内をキョロキョロ見渡してる。

 これは……完全に素人丸出しの人だ。


「深谷先輩は何にします?」

「私はアイスティーだけでいいわ」


「なにも食べなくていいんですか?」

「ええ、いらないわ」


 そうなんだ。まぁ、安くついていいんだけれど。


「部長はどうしますか?」

「ん~ これもいいし。これも美味しそうだし……」

  

 メニュー表を指さしてあれこれ悩んでる。

 この勢いだと、全商品たのまれそうで怖い。


「私、先に席とっておくわよ」

「お願いします」


 深谷先輩は先に席を取りに行ってしまった。


 あれ?

 部長と二人っきり……

 まるで二人できたみたいじゃないか。

 気のせいかみんな部長のこと注目しているような……

 挙動が不審なところも影響してるけど、美人だもんね。みんな注目するよ。


「決まりましたか?」


 早く決めて、さっさと席に移動したい。

 入り口は目立ってしょうがない。


「どれがいいかなー」

「困ったら季節限定のにしたらどうですか?」


「季節限定?」

「今の季節だと……このベーコンとトマト、レタスの入ってるのですかね」


「それにする!」

「じゃあ、買いますよ」


 僕はレジへの列、5人くらいの最後尾に並ぼうとする。

 あれ、でも、列には代表者一人で、って書いてある。


「部長、ちょっと待っててください。買ってくるん」

「私、買ってくるよ」


「部長が?」

「うん。やってみたいの」


 初めてのお使いをする小学生みたいな、興奮した目をしている。

 そう……ですか?

 すごく不安なんですけど……


「代わりに荷物持ってて」

「はあ……」


「春山くんは何にするの?」

「僕は照り焼きのセットで、ポテトとコーラです」

「てりや…きの、ポテト……と、コーラと……」


 大丈夫なの?

 でも何事も経験だし、ちょっとは苦労してもらわないと。


「できるんですか?」

「できるよ、これくらい」


「本当ですか?」

「ホントだよ。やったことあるし……ちょっと昔に」

「じゃあ、お願いしますよ」


 と言って僕は二千円を部長に渡す。


 それを握りしめると部長は列の後ろに並ぶ。


 まったく、急にお姉さんぶって。

 でも、こっちとしては、娘の初めてのお使いを見守る親の気分に近い。


 僕はちょっと離れた場所で見守っている。


 列はスムーズに流れ、そして部長の番に。


 明らかに挙動不審な様子で、恐る恐る注文に取りかかる。


「すいません」


「いらっしゃいませ、店内でお召し上がりですか?」

「え? あー はい」


「……」

「……」


 部長、注文ですよ!

 言ってください!


「あっ、アイスティーを一つ」

「シロップとミルクは?」


「え? はい。いります」

「……」


「……」

「以上でよろしいですか?」


 部長ー 注文してくださいー!


「あと、この季節のバーガーを」

「セットになさいますか?」


「え?」

「……」


「……」

「……」


 あっ、部長がこっち見た!

 困ってる、困ってる!


 普段、からかわれている分、困っている部長を見ると、不謹慎ではあるが、ちょっと面白く感じてしまう。

 まぁ、ちょっと、かわいそうではあるかな。


「セットじゃなくて大丈夫です」

「はい」


「あと、この照り焼きのセット」

「はい。サイドメニューはどちらになさいますか?」


「え?」

「?」


「……」

「……」


 ぶちょー がんばってくださいー!


「えーと、なんだったけ?」


 ……忘れちゃったの?


「ねぇ、春山くん! ちょっと助けてー!」


 ちょっ!

 なに大きな声で名前呼ぶんですか!

 こっち見ないでくださいよ!


「春山くんー!」


 あー もー


 店内のお客がこっちに視線を向ける。

 その視線から逃げるように、恥ずかしい気持ちいっぱいで、部長のところに駆けよった。


「もー なんなんですか?」

「ごめん、わかんなくなっちゃった」


 結局、僕が注文するのか……


 レジのお姉さん、めちゃくちゃ笑ってるじゃん。

 営業スマイルじゃない、普通のおかしくて笑ってるスマイルじゃん。


 後ろに並んでる人から浴びる視線が痛い。

 なにこのカップル? みたいな。


 あぁ……

 お昼を注文するだけでこんなに疲れるとは。



 僕がすんなりと注文をすると、5分もかからずに商品が全部手渡された。


「ありがとう、春山くん」

「いいえ」 


  深谷先輩を探すと、奥の丸いテーブルの席に腰かけて、小説か何かを読んで待っていた。

  完全に他人のふりをしている。


「お待たせしました」

「騒いでたわね」

「ええ、まあ、ちょっと……」


 僕たちはテーブルを囲むようにして座る。


「これが深谷先輩のアイスティーで、これとホットティーが部長のですね」

「うん。ありがとう。いただきます」


 僕はハンバーガーの包みを開け、かぶりつきながら周りを見渡した。

 店内の7割くらいのお客が、うちの学校に生徒だろうか。

 部長たちと一緒にいるところ見られると恥ずかしいなー

  不安と恥ずかしさで、味を堪能する余裕がない。

 そして僕は体を戻しコーラを飲もうとする。

 

 と、横にいる部長が涙目になって……?


「んー 冷たくてシュワシュワするー」


 まさか……

 カップを持ち上げてみる。

 心なしか少し減っているような……


「ごめん、ちょっともらっちゃった」

「……」


「春山くんが、なに飲んでるか気になっちゃって」

「……」


「コーラも美味しいね」

「……そうですね」


 また部長が、人の飲み物飲んだ!

 もう、ストロー使えないじゃん!

 こんなところ誰かに見られたら、大変なことになる。


 僕はもう一度辺りを見渡して、誰もこっちを見ていないのを確認してから、カップのストローと蓋を外して飲む。


 あれ? ポテトが少し減ってる……

 まあ、ポテトならいいですけど……


「春山くん、これちょっと食べてみる? 美味しいよ」


 今度は部長がかじったハンバーガーを、こちらに向けてくる。


「いや、僕は自分のがあるんで」


 押し付けてくる……


「だから、大丈夫ですって!」


 一つのハンバーガーを二人でかじりあってたなんて、誰かに目撃された日には、学校中の噂になってしまう。


 もう……ゆっくり食べさせてよ……


 深谷先輩にいたっては、本を読みながらお茶を飲んでるだけで、置物のように座っているだけである。

  完全に僕たちのことはスルーしている。


「ねぇ、春山くん?」

「なんですか?」

「それ、おいしい?」


 部長が、今度は僕の手に持っている照り焼きバーガーを、食い入るように見つめてくる。


「……食べたいんですか?」

「うん、ちょっとだけ」


 しょうがないですね。

 そのまま差し出して食べてもらうわけにはいかなかったので、一口分ちぎって渡すことにした。

 でも、これをうまくちぎることなんてできない。


 あーあ。パティとバンズとが、ぐちゃぐちゃに……

 照り焼きのタレもこぼれちゃって……

 僕の指がベタベタになってしまった。


 すると、部長が?

 身を乗り出してきて、

 僕の右手を掴み……


 ちぎったハンバーガーのひとかけらを……


 僕の指ごと……


 食らいついた!!


 部長の小さな口が大きく開き、そのまま僕の指ごと口に中に入れる。


 わああああぁ!

 なにしてるの! 

 この人は!


 パクついてモグモグした後、指に残ったトロっとした照り焼きのタレを、舌できれいになめとる部長……


 うわぁ、なにこの感触!? 指をなめられてる……


「ん~ おいしい! このタレが美味しいんだよね」

「ぁぁ……ぁぃ……」


 なんで、この人はこうも……


「すいません、ちょっとトイレに……」


 手を……洗いに……行こう……


 普通、しないのね、こんなこと。

 なんで人の指、舐めるんだろう?


 僕が気持ちを落ち着けて、手を洗ってから戻ってくると、案の定、ポテトが減っていた。

 別にいいですけどね。さっきのに比べれば。


 って、あれ? 

 僕の食べかけの照り焼きバーガー……が?


 ない?


「部長!?」


 部長を見ると、手で口を押さえながら、モグモグ口してる。


「僕の食べたんですか?」

「……」


「口にタレがついてますよ」

「ん!?」


 慌てて紙ナプキンで口を拭く。そしてゆっくりと噛み終えると、


「ごめんね、春山くん…… つい美味しくて……」

「別に、いいですよ。もう」


「私、もう一つ買ってくるね」

「別にいいですって……」


 そういって部長は、慌てて立ち上がりレジまで行ってしまった。


 あ―――

 疲れるわ――― 


 そして……


「春山くーん!」


 また僕の名前を叫ぶ部長が。


「今度はなんなんですか!?」

「どうしよう……間違えてセットたのんじゃった……」


「……」

「一緒に食べよう」


「こんなに食べれないですよ。持って帰りましょう」

「温かいうちに食べないと美味しくなくなっちゃうよ」


「いや、もう……深谷先輩は?」

「私、いらないから」


 あぁ、結局、部長とどこに行っても、こうなるんだなぁ……

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