第30話 衣替え

 今日から六月。衣替えの季節。

 

 学校の制服が、しばらく夏服となる。

 僕はうっかり危うく、いつも通り学ランを着ていくところだった。

 

 半袖の白いワイシャツだと清潔感もあり、なにより動きやすくていい。

 個人的には、あまり学ランは好きではなかったので、制服の衣替えはうれしい。

 中学の時はブレザーだったので、なんだかまだ着慣れないところがあったからだ。

 

 授業中の教室内。

 みんなが夏服だと、雰囲気もやはりガラッと変わるものだ。

 クラス一帯が今までの黒一色のお葬式ムードから、純白になり夏の訪れを感じさせられる。

 どんよりした曇り空の憂鬱な天気でも、明るく爽やかな感じをさせてくれる。

 

 登校中も何人かの女の子を目にしたが、女子用の制服もかわいく涼しそうでよい感じだった。

 女子の制服も、夏用は白の半袖のセーラー服で、袖回りとカラーが紺色で、学年別に色分けされたスカーフを着用。

 もちろん、このクラスみんな新品の制服で、折り目もピシッとしており、ピカピカに輝いている。


 僕はついつい目新しい白いセーラー服に目を奪われ、授業中でも女の子の方を見てしまう。

 あんまりじろじろ見ると、変態と思われるので控えるようにはしているのだが……


 授業も終わり放課後、いつも通り部室へと向かう。

 上半身が軽くなったせいか、足取りも早い。


 「おはようございます」


 今日もやはり先に先輩たちが、茶室に入っていた。

 そして珍しいことに、今日は部員全員が集合したので、全員が挨拶を交わしてくれる。


 いつもとは、やっぱり雰囲気が全然違う。

 そんなに広くない茶室で、先輩たちが夏服を着ていると、花が咲いたように部屋全体が白く明るい。


「春山くんも、夏服だね」

「もちろん、そうなりますよ」

 秋芳あきよし部長は、ノリの効いた折り目の真っ直ぐの清潔感のある上着を身に着けていた。

 すごく爽やかで、いい匂いがしそうだ。

 制服が白いので、流れるような黒い髪の毛が、余計に美しく目立つように映える。


 深谷先輩は無言で稽古の準備をしている。

 深谷先輩の身に着けているセーラー服も、汚れも、塵一つもない真っ白な上着。

 だが、サイズが合ってないのだろうか、胸が……若干苦しそうではある。


「春山ー お前、腕、細いなー 筋肉つけろよ。モテないぞ、そんなんじゃ」

「はぁ…… すみません」


 南先輩はいつもと変わってない。白い半袖のポロシャツを着てる。


「春くんの、腕、女の子みたいね」

「まぁ……」


 遠野先輩も夏用の制服になっただけで、いい感じに着崩している。

 相変わらず、スカーフを勝手にリボンのように結んでいる。


「ホント、細いねー」


 そう言って遠野先輩は、僕の腕を持ち上げたり、さすったりしてる。


「あの、ちょっと……」

「せっかくだからー 除毛してみるー?」

「遠慮しておきます!」


 そうこうしながら部活動が始まる。


 最初にお点前するのが部長。

 僕はぼんやりと、お点前をしている部長を眺める。

 半袖のほうが、お点前するのには動きやすそうだ。

 部長の白く細い腕がゆらゆらと動く。

 白い上着と黒く長い髪、そして大きな濃紺の襟。

 すごく清楚で上品に見える。


「ちょっと、春山君?」

「はい?」


 お点前の最中、隣の深谷先輩が声をかけてくる。


「なんで香奈衣の体ばっか見てるの?」

「え?」


「お前、そんなことしてんのか?」

「春くん、変態だねー」

 それを聞いた先輩たちが、僕を責めてくる。


「いや、見てないですって! 部長の手元を見てただけですって」


 やばいな……

 確かにずっと見ていたかもしれない。

 もしかしたら変な目つきに、変な顔つきになってたのかもしれない。

 気をつけよう……


 そして部長のお点前が終わり、今度は深谷先輩のお点前に番に。


 夏服になって深谷先輩の、胸の自己主張が強くなって目のやり場に困る。

 そういえばうちのクラスの三馬鹿が、なにやら朝から騒いでた。

 「夏服たまんね~」とか、「目を細めれば透けて見える」だとか、訳の分からんことを……

 夏服になると、身も心も開放的になるのだろうか?


「ねえ、春山くん?」

「はい?」


 今度は隣にいる部長が話しかけてきた。 


「なんで、みーちゃんの胸しか見てないの?」

「え?」


「お前、またそんなことしてんのか?」

「春くん、ド変態だねー」


 またそれを聞いた先輩たちが、僕に声を上げてきた。 


「見てないですって! ……そんなに」


「お前、さっきから目つきがおかしいんだよ」

「なんかねー 変質者の目つきしてるー」


 ヤバい、ヤバい。

 また犯罪者に仕立て上げられてしまう。


「普通にしてますって」

「え~ 今度はあたしの番なのに~ 変な目で見られる~ 目で犯される~」


 ……ちょっと、遠野先輩には黙っていてもらいたい。


「ええ、まあ、確かに見てましたよ。ただし、夏用の制服が珍しかったからです。それ以上でも、それ以下でもないです」

「へー 春山くん、さっきから女の子の夏服姿、ずっと見てたんだ」


 部長は何かのスイッチが入ったようで、もう顔のニヤニヤが止まらない。


「もしかして、私もずーっと見られてたのかな?」

「……別に……そんなに見てないですよ」


 もう面倒くさいなーぁ!


「僕の中学校は、みんなブレザーだったんで」

「ふーん」


「ちょっと、セーラー服かわいいなーって思っただけですよ」

「そんなにかわいいかな?」

「制服が! ですよ。部長が、じゃないです」


「かわいいよねー この制服。あたし、好きだなー」

 遠野先輩が体をねじりながら話す。

「でも、夏服ってちょっとねー」


「雨でぬれたり、汗かいたりすると、透けるからな」

 そこに南先輩も。

「脇汗かいた日にゃ、公開処刑もんだよな」


 だから南先輩って、ポロシャツなのだろうか?

 そっか……

 白いと透けやすいから、あんまりじろじろ見ると失礼なんだ。


「もしかして春山くん、私たちの下着見ようとしてたの?」

「そんなこと、するわけないじゃないですか」


 また部長が変なことを言ってくるし……


「まっ、下にキャミ着てるから、そうそう見えないけどねー」

「キャミ?」


 遠野先輩から聞きなれない言葉を耳にする。


「下着のキャミソールのことだよ。

 そうだね…… 

 簡単に言えばタンクトップみたいな感じの」

「あー」


 なんかCMとか、チラシの広告とかで見たような気がする。


「それ着ないと透けちゃうからね」

「いろいろと大変なんですね」


「春山くんだって、着てるでしょ、インナー」

「まあ……」


「そのままワイシャツ着ると、透けちゃうでしょ?」

「あー なるほど」


 確かに。今はシャツを着てるし、それ着ないと汗かいたら透けちゃうよね。


「春くん、分かった? 大変なのよー 女の子ってー」

「はい」


「キャミ着ないとーぉ 透けちゃうしーぃ お腹冷えちゃうしー」

「はい」


「油断するとー 袖から脇が見えちゃうしー」

「はい」


「二の腕のー お肉も気になるしー」

「はい」


「腕のムダ毛処理もーぉ しないといけないしー」

「はい」


「あたしなんかー 電車通学だからー ホント大変。今日だって変なおじさんにー ずーっと見られてたしー」

「はい……」


 なんで僕は遠野先輩から、正座してお説教されなくてはならないのだ……

 まあ、いろいろと大変なのは分かったし、じろじろ見るのは失礼なので、これからは慎むようにしよう。


 ……

 …………

 ……ん? 

 さっきから急に静かになったけど……


 僕は周りを見渡すと、部長、南先輩、遠野先輩の三人が、僕のことを無言でジーっと見ていた。


「あ、あの、なんですか?」

「どうかなーって。人からじろじろ見られる気分って」


 あー これは危険なパターンだ。

 早めに謝っておこう。


「すみませんでした。僕が悪かったです。もうしないんで」

「そういえば春山くんの体って、どうなってるのかな?」

「はあ? 部長? なに言ってるんですか!」


「がりがりで、骨と皮だけなんじゃね」

「もしかしてー 細マッチョかもー」


 あー やばい、これはやばい!

 今日は部長だけでなく、この二人もいる。


 ここはひとまず、立ち上がって逃げようとするも……


「どこ行くんだよ!」

「わっ」


 いつの間に後ろに南先輩が。羽交い絞めにされて身動きが……

 結構、力が強い。っていうか、背中に胸の感触が…… 

 薄い夏服なんで、その感触が背中に。

 でも、そんなことを感じている余裕はない。


 そんな動けないでいる僕の前に部長と、遠野先輩がやってきて……


「な、何するんですか! ちょっと待ってくださいって!」


 遠野先輩が僕のシャツをめくり上げ、お腹が丸見えに。


 あぁ…… 恥ずかしい……

 

 助けを求めようと深谷先輩の方へと目を向けるも、先輩は自分で立てたお茶を、何事もないかのように飲んでいるだけだった。


「んー 意外と普通ー」

「なんか、かわいい」

「腹とか胸とか、毛むくじゃらだったら、どうしようかと思った」

「腹筋とか、ないんじゃねーの?」


「ちょっと触んないでくださいって!」


 ……ぁぁ、なんか……くすぐったい……


「胸は? 胸板とか?」

「乳首ー 乳首ー」

 そういってシャツの裾を、首まで上げようとする遠野先輩。


 なに言ってるの! この人たち!


「やめてくださいって!」


「別にいいじゃんか。減るもんじゃねーし。男だろ? どうせ水泳の授業も始まるんだし」

「そーゆー問題じゃないです!」


 〜こうして〜


 僕は先輩たちにさんざんもてあそばれ、南先輩と遠野先輩はそれに満足すると、早々に帰って行ってしまった。


 稽古も終わり、部屋の片づけ。

 だが僕は動く元気もなく、そのまま座ってうなだれる。


 なんなんだよ、今日は…… 


「早く片付けして帰るわよ」

「……はい……」


 深谷先輩は、良くも悪くもいつも通りだ。


「春山くん、元気ないね」

「……そんなことないですよ……」


 ただちょっと疲れただけです。

 

「どうしよう、みーちゃん…… 春山くんが元気ない」

「そりゃあ、そうでしょう」


 そりゃあ、そうですよ、もう。


 部長は申し訳なさそうな顔で僕を覗き込んで、

「ごめんね、さっきは。気にしてる?」

「……大丈夫ですよ……」


「怒ってるよね?」

「……別に怒ってないです……」


「どうしよう……」


 部長が困り顔で悩んでいる。


「ねぇ、かわりに私のお腹、見る?」

「……べつに……はあ!?」


「春山くんも見せたから、私のも見ていいよ」

「なに言ってるんですか!」


 部長がセーラー服の袖に手をかけたので、僕は慌ててそれを掴んだ。


「……?」

「やめましょう、ね。部長」


「私、脱ぐから、それで許してくれる?」

「許すとかどうとかの問題じゃないです」


 もう、なんなの、この状況。

 脱ごうとする部長を必死に止める僕。

 はたから見れば、逆に見えるかもしれない。


「僕は元気ですから! 大丈夫ですから!」

「本当?」


「本当です」

「そう? ならよかったっ!」


 そう言うと部長は、いつものような笑顔に戻っていった。


 あぁー 今日は疲れた……

 もう女の子の制服姿をじろじろ見るのは止めよう……

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