第25話 テスト勉強
来週から一学期中間テストが始まる。
そのテスト一週間前は、原則部活は禁止となっている。
そう、だから僕は、今日はそのまま帰宅し勉強にいそしむはずだった。
……のだが。
部長から「部室で勉強しよう」というメールがきたので、授業終了後に部室までやってきた。
こういう時はたいていろくな目に合わない。
しかし、そのまま帰っても後々めんどうなことになる。
気が進まないが、しょうがない。ちょっとだけ勉強してから、早めに帰ろう。
「失礼します」
和室の中に入ると、部屋の真ん中にちゃぶ台を置き、教科書を広げている二人がいた。
「おはよう、春山くん」
「……おはよう」
「あの、ここで勉強してるんですか?」
「そうだよ。一緒にやろう」
「はぁ」
僕は部長に促され、ちゃぶ台の前に座る。
和室にちゃぶ台と、まるで部長の家に勉強しに来たみたいになっている。
こんなところで、二人を目の前にして、集中してできるのだろうか?
とりあえず僕は英語の教科書とノートと、筆記用具を取り出す。
しかし、このちゃぶ台、非常に狭い。
それでいて、その上に三人も教科書とノートを広げるのだから、なおさら狭くてしょうがない。
女の子二人を目の前にして、肘と肘がぶつかり合ってしまう。
肘ならいいが、変なところにも当たりそうだ。
おまけにお互いの顔が近くて額もぶつかりそうだし、もう、息が吹きかかりそうで気が気じゃない。
ん――― 落ち着かない。
よく二人ともこんな状況で勉強なんてできるなー
あっ、でも、目の前の部長、よく見ると落書きしてるわ。
それに比べ深谷先輩は背筋を伸ばし、黙々と問題集を解いている。
さすが深谷先輩、勉強はできそうだ。
……しかし……その……なんというか……
……目の前の深谷先輩の、胸が大きく気になってしまう。
姿勢がいいだけに、余計強調される。
まるで、重いからちゃぶ台の上に乗せているようにも見える。
きっと、ノートとったり、教科書見たりするの大変そうだな。
真下が見えないんじゃないだろうか?
「春山君、全然進んでないみたいだけど」
「え? あ……はい」
変なことを考えてボケーっとしていたら、深谷先輩に声をかけられてしまった。
「一年生最初の中間テストなんて、中学校の復習みたいなものだから、こんなところでつまずいていたら、この後の高校の授業ついていけないわよ」
「あ、はい」
深谷先輩からの有り難いご忠告。
分かってはいる。分かってはいるのだ。
ただ、深谷先輩の胸に見とれていたなんて言えはしない。
「春山くん、今なにやってるの?」
今度は勉強ほったらかしで、暇している部長が覗き込んできた。
「いや、今日は英語を……」
「わー 懐かしいー 私たちも去年やったよね」
そういって教科書を取り上げられる。
「この話、憶えてるなー」
「あの、部長、返してもらえますか?」
「香奈衣、邪魔しないの」
「はーい」
部長は勉強が苦手なの?
美人だけど、ちょっと残念な人なの?
部長も深谷先輩に叱られ、しばらくはおとなしく勉強し始めた。
勉強し始めた……そう思ってた僕は、部長の手元を見ると、部長はノートに熊の絵の落書きをし始めていた。
かわいらしい熊のお腹には、『はるのやまクマ』と書かれている?
はるのやまクマ? 春山熊!?
そのクマがお茶碗を持ってお茶を飲んだりしてる。
……この部長、さっきから全然、勉強なんかしてないぞ。
しばらく見ていると、もう一匹クマが登場してきた。
頭にリボンつけてる、女の子なのか?
そして、はるのやまクマが近寄り……
「香奈衣! ちゃんと勉強してるの!」
「え? んー やってるよ」
そういって慌ててノートをめくり、はるのやまクマを隠してしまった。
くそっ、ちょっと続きが気になってたのに……
そしてしばらく、三人の無言の時間が続く。
シャーペンで文字を書く音。
教科書をめくる音。
ノートの擦れる音……
それだけが流れていく。
……
あー 間違えた。
消しゴム消しゴムっと。
あっ!
僕は間違えたところを消そうとしたが、消しゴムをつかみ損ねて、どこか飛んでいってしまった。
えー どこいった、消しゴム…… え?
消しゴムの行方を追っていた僕は、とんでもないところに消しゴムを発見してしまった。
それは深谷先輩の胸の上にあった。
なんで!?
なんでよりによって、そんなところ飛んでいくんだよ。
っていうか、乗っかるものなの?
そんなところに!?
もちろん深谷先輩はそれに気づく。
「だれ? この消しゴム」
ああぁ――
「あの、僕のです。すみません」
深谷先輩は、それを無言で返してくれた。
いやー よかった。
わざとじゃないし、そんなに怒ってなくてよかった。
「ねえ、春山くん、みーちゃんって、すごいんだよ」
「なにがですか?」
このやり取りを見ていた部長がペンを放り投げて、話しかけてきた。
「胸に秘密の収納スペースがあるんだよ」
「え?」
なにを……急に……いいだしてるの?
「胸のね、谷間に、ボールペンとか消しゴムとか挟まるんだよ」
なに言ってんですかぁー!
こんなときに!
そんな深谷先輩は無言で問題集を解いている。
「ペンケース必要ないんだよ。今度、何本まで入るかやってみたいね」
あわわわ なんてことを言うんだ……
「香奈衣、静かに勉強しましょうね」
怒ってるよ、これ絶対に……
でも意外とその後、深谷先輩は何事もなかったかのように勉強を続けていた。
こんなのはいつものことなのか、
言ってもしょうがないのか、
もう諦めているのか。
それとも本当のことで、何も言いたくないのか……
そしてまたしばらく、シャーペンが紙を擦る音だけが響く。
「ねえ、春山くん」
また急に部長が小さな声で話しかけてきた。
「なんですか?」
部長は、何を思ったのかスマホを取り出し、それをそーっと……
深谷先輩の……
胸の上に?
乗っけたー!!?
「すごいでしょ、春山くん。これならテレビ見ながら勉強できるんだよ」
な、なんてことするんだぁぁー!
この人は!!
まじめに勉強している深谷先輩の胸の上に、スマホを乗せるとは……
しかも、ちゃんと安定して乗ったままになっているところが、またすごい。
これなら本当にテレビ見ながら本も読める。
部長の乱行に、さすがに深谷先輩も手を止め、ゆっくりとスマホを取り上げる。
ヤバいよ、ヤバいよ、これはさすがに……
なんだか僕の方が恐くなって震えてきた。
そして深谷先輩は立ち上がると、
「香奈衣、ちょっといい?」
「なに?」
部長は無表情の深谷先輩に立たされ、そのまま台所の奥へと連行されていった。
いったい何が起こるんだ?
どうなってしまうのだ?
~そして約1分後〜
あっ 戻ってきた。
深谷先輩の後をゆっくりついてくる部長。
お互い無言で、無表情で……
そして二人とも座ると、部長は教科書を開きながら……
「ちゃんと勉強しなくちゃ!」
いったい何が!
あの部長が真面目に?
この1分の間に何が起きたの?
恐いんですけど……
僕も怒られたら、あそこに連れ込まれるのだろうか?
……まじめに勉強しよう。
そしてまた、しばらくの間、無言で勉強する僕たち。
茶室に字を書く音と、紙をめくる音だけが広がる。
シャッシャッ サー
シャッ シャッ
サー シャッ
シャッシャッシャッ
すー ふ―――
シャッシャッ
サー シャッ
す――― ふ――――――
ん?
なんの音?
顔を上げると、
目の前で部長が座ったまま、
小さな寝息をかきながら寝ていた……
やけにおとなしいと思ったら、寝てたのですか……
騒いだり、勉強したり、寝たりと、忙しい人だなぁ。
「あの、深谷先輩……」
「そのままにしておいたら」
深谷先輩は手の動きを止めることなく、そう言った。
「集中できて、いいでしょ」
「そうですけど……」
そう言われ、僕は一つの疑問がわいた。
「なんで一緒に勉強なんてしてるんです? 一人でやった方がやりやすいのに」
「香奈衣一人じゃ、やらないでしょ」
「はぁ……」
「それに、前までは二人でもちゃんとやってたのよ」
「え?」
そこでいったん深谷先輩は手を止めて、遠くを見つめるようにして、話を続けた。
「最近になって、集中しなくなったわね」
「最近?」
「ことあるごとに、『春山くん、大丈夫かなー』とか『一人でできるかなー』とか、あなたのことばかり気にして」
「……」
「あんまりうるさくて、しょうがないから今日あなたを呼んだのよ。そしたら、いたらいたで騒ぐし」
「そうですか……」
そう言うと、深谷先輩はそれ以上話すことなく、また右手を動かし始めた。
どういうことなんだろう?
そんなに僕が頼りなく心配なのだろうか?
それとも弟のように気にかけているのだろうか?
僕は、ちらっと目の前で寝ている部長に目をやる。
部長は、そんなことはお構いなしに、気持ちよさそうに可愛い寝息を立てながら寝ている。
部長にとって僕は、いったいどんな存在なのだろうか?
そんな自分自身への質問に、僕は回答を導くことはできなかった。
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