第24話 茶室でスポーツ その結果

 茶室で腕相撲勝負。

 その勝利の代償はあまりにも大きかった。


「部長、荷物持ちますよ」

「ありがとう、春山くん」


 秋芳部長の右手首が、僕と対戦した時に負傷して使えなくなった……らしい。

 本人曰く、骨折とのこと。


 馬鹿げた試合も終わり、これから帰るのだが、あれからずっと部長は右手をかばうように左手を添えている。


 両手がふさがっているおかげで、僕が部長の荷物をもって帰ることに。


  そして……

  いつもの帰り道を、いつもの三人で歩く。


「右手使えないから箸、持てないね。春山くんに食べさせてもらわないと」


 なんで僕が食事の時まで部長の横にいなければならないのか……


「これじゃあ、一人で服も脱げないよ」


 なんで僕が部長の服を……脱がさなくては? いけないのだ……


「シャワーも浴びれないなー」


 なんで僕が部長と……お風呂?

 それはマズイでしょ?


「あの、部長ですね」

「ぜーんぶ、春山君のせいだからね」

「すみませんでした……」


 結局勝っても負けても罰ゲームなんだな。


 骨折したとか言っているわりには、部長はいつも通り笑顔で楽しそうに歩いている。

 深谷先輩は、完全に僕たちのことをほったらかしにして、一人淡々と歩くいてる。


「ねえ春山くん、私、のど渇いちゃった。カバンからお茶とってくれる?」

「あー はい」


 僕は部長のカバンを開け、中にあったペットボトルを取り出す。

 そしてそれを渡そうとするが、受け取るそぶりをまったくしない。


「あのー 部長?」

「私、手ふさがってるから、飲ませてくれる?」


 なん……ですと? 

 僕が部長に飲ませる……ですと?


 対処に困って深谷先輩に顔を向けるも、素知らぬ顔でまっすぐ歩いてる。


 あー もう!

 しょうがないなー!


 僕はボトルのふたを開けて、飲み口を部長へと向ける。

 部長は、親鳥から餌をもらおうとする雛のように口を伸ばす。

 そして僕の差し向けたペットボトルの口に吸い付く。


 ……なんか、これ……

 すごく、卑猥だ……


 僕は、ちょっとずつ傾けて、部長の口へとお茶を流し込む。

 が、どこまでやればいいんだろう。止め時がわからない。


「んー んー」

「え?」


 部長が何か言おうとして、口からお茶があふれ出してしまった。


「あー っすみません」

「もー いっぱい入れすぎて、あふれちゃったよ」


 部長の口の周りがびしゃびしゃになってしまった。

 雫となったお茶が、困った顔の部長のあごを伝って首まで滴り落ちる。


 ……なんかエッチだ……


「春山くん、ハンカチとって拭いてくれる?」

「は、はい」


 えーっと、ハンカチ……ハンカチはどこ?


「ポケットの中」

「ポケット?」

「スカートのポケット」


 スカート……の……ポケット……


「え? えぇ!?」


 僕が?

 部長のスカートの?

 ポケットの中に?

 手を入れろと?


「早く、早く!」


 ええぇ? ちょっと、まって。 え?


「左の腰のところにあるから」


 しゃがんで見ると、確かにポケットがある。

 だが、しかしだ……


 さすがに、女の子のスカートのポケットに手を入れるのはまずいだろう。

 これはもう完全に事案だ。


「早くして、春山くん!」

「いやぁー ちょっと……」


「あの、深谷先輩!」

 

 あまりの状況に深谷先輩に助けを求めたが、すでに先輩は少し先を一人歩いていってしまい、横にはいなかった。


 わー まずいよ、これは。

 さすがにこれは……


 くっ、何でこんな時に、僕はハンカチもティシュも持ってないんだ。

 あー もう茶道の道具で何とかするしか……


「春山くん、早くー!」

「はい!」


 急かす部長。

 僕に考える隙を与えない。


 もー こうなったら突っ込みますよ?


 僕は周りに人がいないのを確認し、恐る恐る手を差し入れる。


「失礼………します」


 ……ぅ


 …………うぅ


 う、う、うわああぁー


  太ももがー!

 太ももの感触が―――!


 スカートの布地を挟んで、部長の太ももの感触がもろに僕の手に!


 ポケットにそってデリケートな部分が――!


 腰と太ももの付け根の溝が!


 そ、鼠径部が!!


 ああぁ……内股が柔らかい……


 もうこれは完全に変態だ。

 僕は女子高生のスカートの中をまさぐる、変態茶人に成り下がった。


 僕は苦労して中からハンカチを取り出すと、それを部長の口元に。

 パタパタ優しくたたいて、口の周りをきれいにふき取る。


「ありがとう」


 そしてハンカチを元の場所に収める。

 なるべく体に当たらないように……


 もう、疲れたよ……

 心も身体も疲れたよ。

 早く帰りたい。

 あぁ、帰っている途中だったか。


 そんな悶々としている僕に、突然部長が、今度は寄りかかってきた。


 今度はなんなの?


「どうしたんですか?」

「靴、脱げちゃった」


 ……どうして?


「履かせてくれる?」

「あー もー」


 僕はしゃがんで目の前に落ちていた靴を拾う。

 と、その時、過去の記憶が蘇る。

 この展開どこかで……


 振り返ると、靴を履こうとし、片足を上げる部長……

「ストップ!」

「ん?」

「それ以上、足を上げないでください!」


 今の状況でもかなり危険だ光景だ。

 スカートの中が……見えてしまう。


「いいですか、履き終わるまで、足を上げないでください!」


 早いとこ、履かせちゃおう。


 しかしこの部長、僕の言うことを聞くはずがない。 


「部長! だからあげないでって。見えちゃうから! ぶちょー!!」



 そうこうしながら、数々の部長の悪戯をかいくぐり、ようやくいつもの十字路までたどり着くことができた。


 やっと解放される。

 僕の一日が終わる。


「それじゃあ、今日はお疲れ様でした」


 僕は荷物を部長に返す。


 ……

 …………

 …………なんで受け取らないの?


「春山くん、私、手、折れてるんだよ」

「はい」

「家まで送ってくれないの?」


 えっ? え?


 まさかの延長戦が始まった。

 家まで送る羽目になるとは。


 途中まで一緒の深谷先輩にお願いすれば、と思いきや、勝手に一人先を歩いてしまってる。


 二人だけにされると面倒なので、必死であとをついていく。


 普段は通らない道。

 僕は、こっちの方に行くことはあまりない。

 見慣れない風景が続くが、今の僕には、そんなものを眺めている心の余裕はない。


「あの……部長。そんなに痛いなら病院いきましょう?」

「病院? こっちの方角だよ」


 一緒の方向なのかい。

 確かにこの道の先が病院だけど。


「それに、病院いくなら一回着替えてからいきたいな。荷物もおきたいし」

「さようですか」


「でも、一人だと着替えられないからね」

「……」


「春山くん。セーラー服の脱ぎ方、知ってる?」

「知りませんよ、そんなこと!」


「ブラジャーのはずし方…」

「知りません!」


 あー もう、こんなところ他の人に見られたくない。

 どうか神様、この場面を知り合いに見られないようにしてください。


「それじゃあ、また明日」

「え!」


  先を歩く深谷先輩が立ち止まり、突然、別れの挨拶を切り出した。


  まさか、深谷先輩はここでお別れ?

 あとは僕と部長、二人?

  神様は僕に無慈悲だった。


「またね、みーちゃん」

「深谷先輩! どこ行くんですか?」


 先輩は僕を睨みながら、

「家に帰るに決まってるでしょ」


 いや……そうなんですけど……


 ここで深谷先輩は離脱。

 ついに二人っきりになってしまった……


「じゃあ、いこっか。もうすぐだよ」

「はぁ」


 僕も、もう、帰りたい…… 


「ねぇ、春山くん。手首がまた痛くなっちゃった」

「それはそれは。つらいですね」


「うん。だから痛いところ春山くんに握っていてもらいたいの」

「……え?」


「荷物持つから、右手首、握っててくれる?」


 え? 今度は何? 

 どういうこと?


 そういって部長は右手を差し出す。

 僕は、左手で、部長に右手首を、優しく触れる。

 部長の白く細い手首が、すっぽりと僕の左手に包まれた。


 これ、もう、手をつないでるようなもんじゃん。


「痛いところ触ってもらえると、楽になるね」

「そう……ですか?」


 部長は到底骨折しているようには思えないほどの笑顔で歩いている。

 僕はそんな部長の右手首を持ちながら一緒に歩く。


 これ、他の人から見たら、絶対仲のいい、あれに見えるでしょ。


 ……恥ずかしいよ。


 僕は早く部長の家がくることの願いながら歩いていた。


「着いたよー」

「え?」


 気が付いたら部長の家の前まで来ていたようだ。

 住宅街にある一戸建ての普通の住宅。

 ここに住んでいるんだ。

 表札も確かに『秋芳』と書かれている。


「ありがとう、春山くん」


 そう言うと僕の手を振りほどいて、門を開け駆け足で入っていく。

 いや、その門、右手を使って開けませんでしたが?


「部長、今、右手で開けましたよね……」

「春山くんが握っててくれたから、治ったみたい」


 治った……って。


「送ってくれて、ありがとう。また明日ね」


 そう言って部長は骨折が治ったばかりの右手でバイバイしながら、笑顔で家の中へと消えていった。


  なんだよ。やっぱり骨折なんて、嘘だったんじゃん。


  ……でもよかった。

  怪我してなくて、安心した。

  女の子相手に本気で腕相撲して、怪我させたなんてなったら、情けないにもほどがある。


  僕は、ようやく解放された喜びと、部長が怪我してなかったという安心感で、胸をなでおろした。 


  そして二度と部長と腕相撲なんてしないと、心の中で誓った。

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