第22話 茶室でスポーツ 一回戦目
今日の放課後も、僕は部活のために茶室へと向かう。
どういうわけだかいつも、僕よりも早く秋芳部長と深谷先輩が和室に入り込んでいる。
一年生よりも二年生の方が暇のか、授業が早く終わるのか。
それとも僕が単に遅いだけなのか。
今日もそうだろうと、鍵のかかってない部室の扉を開けて入ると、やはりいつもの二人と、もう一人。
今日は珍しく南先輩がいた。
「よお、春山、ひさしぶり!」
「おはようございます」
たいてい他の部活に行ってる南先輩は、あぐらをかきながら座っている。
「おはよう、春山くん」
「おはようございます。 部長、どうしたんですか?」
部長も深谷先輩も南先輩も、和室の中央に座って、何かを相談している様子。稽古の準備をしようとしてないように見えた。
「あのね、今日はせっかく南ちゃんが来てくれて、稽古しようと思ったんだけどね」
「はい」
「でもね、逆に私たちが南ちゃんとスポーツでもしたらどうかなって、話になって」
「……はい?」
部長の話の前半は理解てきたけど、後半は……?
ちょっと何を言っているのか分からない。
「春山、たまには体を動かすのもいいもんだぞ」
「そうでしょうけど、今は、茶道の練習を……」
「ちょっとやってみるか?」
「遠慮しておきます」
体を左右に揺らし、落ち着きのない様子の南先輩。
じっとしていられない性格なの?
なんで茶道部に入ってるんだろう?
「んー でも、今からだと体育館とか校庭、空いてないし……」
「え? 部長、やる気ですか?」
「そうだよなー もうちょっと早ければ、場所確保したんだけどな」
そっか、もう少し早かったら南先輩に場所を確保され、今頃スポーツしてたのか。
危ないところだった。
「そしたら、ここでやる?」
「……香奈衣、あまり和室でホコリを立てるようなことは、やめて頂戴」
ここで運動する気?
深谷先輩が止めなかったら、やってたよね、この二人なら。
「ここの和室で、激しくない程度の、スポーツ……ねぇ……」
え? 部活は?
これってもうスポーツやる前提なの?
僕の意見は?
部長が眉間にしわを寄せながら、必死にいい考えを捻りだそうとしている。
そういう必死さは、もっと別のことに使った方がいいと思うんですけど。
そもそも、この茶室でスポーツなんってあり得ない。
そんなことしたら、あの千利休でさえ刀で切りかかってくるよ!
「んー 和室……畳……柔道?」
「よし、春山、柔道やるか!」
「やめてくださいよ。やりませんよ」
一人勝手に身構える南先輩だが、やりませんよ、僕は!
「んー そしたら……相撲?」
「よし、春山!」
「やりません!」
何が悲しくて茶室で相撲とらなきゃいけないの?
「あっ! そしたら、指相撲はどう?」
部長が必死になって出したもの、それが指相撲だった。
「よし、やるか春山!」
え? 指相撲、決定ですか?
しかもそれは遊びであって、スポーツではないと思いますが……
何故か南先輩がいるという理由で、たまには体を動かそうということになり、結果、みんなで指相撲という謎の結論に至った。
南先輩が意気揚々と、この場を仕切る。
「じゃあ、みんなで総当たりで、最下位のやつが、罰として腹筋20回」
僕はあんまり乗り気じゃないけど、部長はやる気満々。
深谷先輩は……面倒くさそうに話を聞いてる。
なんで茶道の稽古やりに来て指相撲?
参加したくないけど、、腹筋20回もやりたくない。
「ルールは知ってるよな。で、今回はだらだらやってもしょうがないから、相手の親指を5秒押さえつけたら勝ち。いい?」
「いーよ!」
もう、部長と南先輩と二人だけでやればいいのに。二人で盛り上がってる。
「よし、最初は、うちと春山とでやるか」
「はあ……」
僕は南先輩と右手を組む。
なんだかんだいって、南先輩も女の子のような小さくて細い手をしている。
かわいいものだ。
……って、あれ?
もしかして、今僕は女の子と手をつないでる状態なのでは?
これは?
「よーい、はじめ!」
えっ?
ちょっと考え事しているうちに始まり、開始早々に僕の親指は抑え込まれていた。
「いーち」 ちょっと持って!
「にーい」 抜けない!
「さーん」 痛い痛い!!
「しーい」 痛い痛い痛い痛いっー!!!
「ごー よっしゃー! 勝ち」
「…………」
「よっわ。春山、弱すぎ」
「春山くん、早すぎだよぉ」
……別に悔しくもなんともない。
指相撲に負けたからって、人生に負けたわけじゃないから。
全然悔しくないですよ、ええ。
「じゃあ、次は深谷さんと春山」
深谷先輩とかー
なんか、始める前からすごく嫌そうなオーラが。
っていうか、もう、顔が恐い。
これって、僕と手を繋ぎたくないから?
僕をおそるおそる右手を差し出す。
深谷先輩の右手が組まれると同時に、
「……不戦勝にならないかしら」とのつぶやきが聞こえたような気がした。
「よーい、はじめ!」
いったっ!
僕の親指以外の4本の指に激痛が走った。
深谷先輩の爪が食い込んできているのだ!
物凄い握力で!!
「ちょっと待ってください、痛い! 痛いですって!」
深谷先輩は僕の叫びには微動だにせず、淡々と指相撲を続ける。
そして僕が痛みに気を取られている隙に、親指を抑え込んできた。
痛――い!!
これ、親指も、爪、たててるー
「ちょっと痛いですって!」
「いちにいさんしいご。はい、終わり」
「ぃ……たぁ……」
「お前、また負けたのかよ」
「春山くん、もうちょっと頑張って!」
「いや、これ反則ですよ。指、見てくださいよ。爪のあとが……」
親指に爪痕がくっきりと。
ちぎれるかと思うくらい、痛かった
怪力で僕の指を粉砕した深谷先輩は、そのまま台所に向かい、念入りに手を洗いハンカチで拭いた後、携帯用のアルコールスプレーでまんべんなく手を消毒した。
そんなに僕の手を触るのが嫌なんですか?
僕の心には、指の爪痕よりも大きな傷跡が残った……
「じゃあ、次は私だね」
そう言って部長が前に出てくる。
部長に負けたら、その時点で僕の最下位決定で罰ゲーム。
これは部長だろうが先輩だろうが負けられない。
僕は部長と手を組む。
部長の手、小さくてかわいい。
もう、いかにも女の子の手です。というような代表的な手。
白く細長く、爪も大きく……
「よーい、はじめ!」
あっ、しまった、始まってしまった!
開始の合図とともに、部長の親指が小人のように左右に動く。
それも、なんだか可愛らしい。
ついつい、見入ってしまう。
あれ?
トリッキーな動きに惑わされて、いつの間にか僕の親指が、部長の指の下に……
「いーち、にーい、さーん」
「あの、部長、ちょっと待って……」
「しーい、ご!」
「ぶちょー!」
「やったー 勝ったー」
「春山ビリ決定ー 罰ゲーム!」
「…………」
負けた。
全敗。
もういいよ、好きにしてください。
どうせ僕は何をやってもダメな男なんだ。
潔く罰ゲームの腹筋をやるため、大人しく仰向けになった。
腹筋なんてしばらくぶりで、20回なんてできないと思う。
そこへ、
どういうわけか……
部長が近寄って……?
で、なぜか?
僕の太ももの上に……
腰を下ろす?
「部長、なにしてるんです?」
「腹筋、手伝ってあげるね。足、押さえてあげるから」
部長?
押さえる場所がおかしいですよ。
普通、足首です。
そこは、太もも、
というか、なんというか……
ほぼ、股間の上なんですよ。
乗っかっている場所、おかしいですって。
その場所で馬乗りの体勢は、いろいろと危険ですっば。
「……部長、手伝ってくれるのはありがたいんですが、押さえる場所が違います」
「そう?」
「足首、押さえてくれますか?」
「足首ね」
そう言うと立ち上がり、くるっと前後向きを変えて座ると、お尻を僕の顔に突き出した状態で足首を掴んだ。
「ちょっと、部長! なにやってんですか!」
「足首、押さえてあけでるんだよ」
「そもそも、そこに座るもんじゃないですよ!」
「え?」
なんで股間の上に乗るかなー!?
しかも、足首持つために、こっちにお尻突き出して!!
いろいろと危ないよ!
結局、元の変な位置、なぜか腰の上に部長がこっちを見ながら乗る、という状態に戻った。
もう、どこでもいいよ。顔の上に座られない限り……
「よーし、じゃあいくぞー いーち……」
南先輩の合図で僕は上半身を起こす。
腹筋に力を入れ、体を起こす。
……
上半身を起こす度に、
目の前には部長の顔が……
「がんばれー」
あー 部長の顔ー 近いなー
しかも、部長はその場で、ぴょんぴょん跳ねたり体を揺さぶったりしてくる。
そんなところに座られ動かれると……正気でいられなくなる。
この状況を目の前にして、先輩二人は何も思わないの?
この状態、かなりヤバいんじゃない?
「ろーく、しーち、はーち……」
あー もう無理。いろいろ限界です!
僕の腹筋やら腰回りやらが、悲鳴を上げている。
僕はそのまま体を起こすことを諦め、仰向けになったまま倒れる。
呼吸と動悸がすごく荒い。
もう、疲れた。
いろいろと、疲れたよ……
僕の視界に広がっていた天井が、覆いかぶさるように覗き込む部長の顔にすり替わる。
「大丈夫? 春山くん?」
大丈夫じゃないです。むしろ、とどめを刺したのが、あなたです。
「だらしないなー 春山は。10回もいかなかったじゃねかー」
「春山君って、貧弱ね」
もう、どんどん罵ってくれて結構です。
「じゃあ、次、いくか」
「次は何やるの?」
「指相撲ときたら、今度は腕相撲だな!」
え? これで終わりじゃないの?
まさかの続き?
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