第13話 一期一会

 スマホで動画を撮りつつ、今日の稽古も終わりに近づいてきた。


 僕のお点前を撮った動画を、今度は三人みんなでチェックする。


 自分で自分の姿を見るほど、恥ずかしいものはない。まだ、声が出てないだけ、ましだけど。


 画面の中の僕の動きは、先輩二人と比べてぎこちなく、明らかに初心者だな〜という動きをしている。


「早く上手くならないと、恥ずかしいですね」


 自分の動いているところを客観的にみると、まだまだ未熟だということが、痛いほど知らされる。


「最初はみんなこんな感じだよ」

「そう……てすか」


 でも今日の稽古のおかげで、僕の欠点と課題が見つかったので、とても勉強になった。


 なによりも、秋芳部長の動く姿が動画として、合法的に入手できたのが収穫だ。

 画面内で見る部長の姿は、まるで本物のアイドルみたい。


 これ、結構貴重なお宝映像になるんじゃ?

 大切にとっておこう。


「ところで僕は、文化祭までに部長みたいに上手くできるようになるんでしょうか?」

「大丈夫だよ、春山くんなら」


 部長はいつものように優しくし励ましてくれるけど……


「本番はここにお客さんいるんですよね」

「そうだよ」


 そんなの緊張するに決まってる。

 部長たちに動画を撮られるだけでも緊張するっていうのに。


「そういえば、去年の文化祭の様子を撮ったの、どこかにあったと思うけど……」

「ちょっと見てみたいです!」


 高校の文化祭の様子とか雰囲気とか知っておきたい。

 実は中学生の頃、僕は一度も行ったことがなかったのだ。

 あんまり知らない所で、人の集まる所に行きたくなかったし、なによりも文化祭とか学芸会とかに興味があまりない人種だったもので。


「ん~ どこいったかなー」


 部長がスマホと格闘しながら、動画を探してくれている。


「家にあるかも」

「家に? ですか?」

「うん。容量がいっぱいになってパソコンに移してあるかも」


 スマホの容量がいっぱい? 

 容量がいっぱいになるまで、日頃どれだけ写真や動画を撮っているのだろう?

 この部長は?


 とりあえず下校時間が迫ってきていたので、僕たちは荷物をまとめ部室を後にした。



 部活終わりの、いつもの帰り道。


 いつもの三人……ではなく、僕と部長は並んで歩いていた。


 後ろを振り返ると、深谷先輩は僕たちよりもだいぶ後ろを、スマホを覗き込みながら歩いてる。

 さっきの動画の編集でもしているのだろうか?

 歩きスマホは危ないですよ。


「ねぇ、春山くんの写ってる写真とかないの?」

「はい?」


 部長に不意にそんなことを尋ねられ、僕は考え込む。


「あんまり写真とか撮ったり、撮られたりしないですし、自撮りとかしませんし……」


 きっとスマホの中を探しても、僕の写真は一つも出てこないだろう。ましてや買ったばかりのスマホだ。

 たしか入学式の時のは……お母さんのスマホにあるんじゃないかな?


「春山くんの中学の時とかの写真、ないの?」

「卒業アルバムくらいなら、家にありますけど」


 たぶんもらった時にしか開いてないから、埃だらけだと思う。どこにしまったのかも、よく覚えてない。


「部長は僕の、そんなの……見たいんですか?」

「見たいよー! 気になるもん!」


 そんなもんだろうか。

 僕の過去、見たって何にもない。大したことないものばかりだ。


 あー でも、部長の中学生時代とか幼少期とか、見てみたいと思うかも。


「ねぇ、春山くん」

「なんですか?」

一期一会いちごいちえ、って言葉知ってる?」


 また部長が、唐突に変なことを聞いてきた。


 その言葉は知っている。高校入試の国語の問題でさんざんやってきた。


「たしか、一生に一度の出会い、とかでしたっけ?」

「そう。茶道でよく使われるんだよ」


「へー 茶道で」

「主人とお客様とで、たとえ毎回お茶会で顔を合わせているとしても、その時の会は二度も同じことはないと思えば、お互い真剣に真心こめて尽くす、ってことかな」


「はあ」としか僕には返事できない。


「その時の出会いや出来事が、一生で一回しかないものだと実感しながら、かけがえのない一日を送る、っていう気の持ちようかな?」

「なる……ほど」


「今、私たちがいるこの瞬間も、一期一会なんだよっ!」

「……?」


「この瞬間は二度とやってこないからね!」

「……」


「今日の練習も、一期一会!」

「……そうですね」


 毎回今日のようなことやられても困るし。


「でも、その時を写真におさめていたら……」

「……」


「その時その時の、二度とやってこない瞬間を、ずーっと残して置ける。

 って、なんか素敵なことだと思わない?」


 いつもヘラヘラしているような部長が……

 急に感傷的なことを口に出してきた。


 いつもとは違って、なにかを悟ったような言い回しと、

 時折見せる、汚れのない混じりけのない純粋な笑顔に、

 僕は心を惹かれそうになる。


 そして、そんな話を嬉しそうに話す部長が、とても美しく輝いて見えた。


 一期一会、ねぇ……


 そう考えると、今までの自分は日々惰性で過ごしていて、あんまり思い出とか何も残っていない。

 今日だって……

 もし、この部活に入っていなかったなら、何事もなく無意味に高校生活を過ごしていたのだろう。

 写真の一つも残ってはいまい。


 そう思うと部長には感謝しなくては。

 僕を変えてくれて、学校生活を充実させてくれたことに……


「……部長」


 って、あれ?

 横を向くと部長の姿がない!?

 

 後ろを振り返ると、だいぶ距離のあいた深谷先輩のもとに駆け寄っているところだった。

 そして二人はその場で立ち止まると、スマホを覗き込む。

 飛び跳ねて、はしゃぎ出す部長と?

 変わらず不機嫌そうな深谷先輩?


 もう、何してるの?


 仕方なく僕も二人のもとへと引き返す。


「どうしたんですか?」

「ねぇ、これ、みてみて!」


 そういって部長がスマホの画面を僕に見せつけてきた。

 そこには、顔を合わせた僕と部長が、楽しそうに話しながら歩いてる画像が……


「ちょっと! 何やってるですか? 盗撮じゃないですか!」

「うるさいわね!! 盗撮じゃないわよ! 風景撮ったらたまたま映り込んでたのよ!」


 これを撮影したてあろう深谷先輩が、ものすごく不機嫌そうに言い切った。


 これはきっと……


 部長に頼まれたのだろう!

 撮るようにと!


 だからさっきから後方をずっと歩いていたのか。


「部長、こんなの撮って、なんになるんですか?」

「えっ? ほら、青春だな〜って」


「せ? 青春?」

「もうこんな機会、二度とないからねっ!」


 僕と部長が下校中に話しながら歩いてるだけだけど?

 これが青春?

 なんか安っぽい青春だなぁ〜


「……これ、どうするんですか?」

「みんなに送ろっかな~」


「やめてください! 恥ずかしいじゃないですか!」


 こ、こんな仲良さそうに、部長と二人っきりで話しながら帰ってるところの写真ばら撒かれたら、変な噂や誤解が広がってしまう!


「ねえ、今度は、みんな一緒の写真、撮ろうっか?」

「私は別にいらないんだけど」


 僕も深谷先輩に同感です。


「じゃあ、春山くん、私とみーちゃん、撮ってくれる?」

「えっ? まあ、いいですけど」


 正直面倒くさいけど、まあ、いいですよ。

 僕が映らなければ。


「ありがとう。きれいに、あくまでも自然な感じのを撮ってね」


 はいはい、注文が多いなー


 二人はそのまま歩いて行って、僕は時間をおいて歩き出す。

 そして、スマホを二人の方へと向ける。


 これ、結構、難しいな。

 こっちも、向こうも歩いてるし。うまく画面に入らない。

 ブレるし、ピントもずれるし。


 やってみると意外と集中してしまい、しばらく夢中に画面を見入って、ベストショットを狙っていた。


 結構、いい絵が撮れそうだぞ。


 ……ふと我に返り周りを見渡すと、何人か道をすれ違った人が、僕のこと見てる?


 これって……

 はたから見た僕は、どっから見ても目の前を歩いてる女子高生二人を盗撮している人間にしか見えないのでは??


 これじゃあ本当に変態茶人じゃないか!?

 捕まる前に早く済まそう!


 僕は何回かシャッターを押すと、部長たちのもとへと駆け寄る。


「どうですか、これで」

「いいねー すごくよく撮れてる!」


 画面には、美少女二人が談笑しながら帰る後ろ姿が。

 これ、我ながら良い写真かも。


「あとで送ってね」

「分かりました」


 満面の笑みの部長は、嬉しそうに歩き出す。

 それについていく僕。

 

 一期一会。


 今いる僕たちが生きている時間。


 この瞬間はもう二度と繰り返されない、

 再びやっては来ない、か……


 僕は二人の写真を覗き込みながら、一期一会と言う単語を、頭の中で呪文のように繰り返していた。

 

 たしかに今、この時間は、確実に過ぎ去ってしまう。


 ても、

 僕はちょっとだけ、

 ほんのちょっとだけ、

 こんな時がずーっと続けばいいな〜

 と、思ってしまうのだった。

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