第12話 変態茶人

「また間違えてるわよ、春山君」

「あっ、しまった」

「また同じところで、つまづくわね」


 僕の間違いに指摘し、修正してくれる深谷先輩。

 この僕たちのやり取りを、のんびりと笑いながら見ている秋芳あきよし部長。


 今日から稽古の内容が、茶室に入るところから出るところまで、最初から最後まで通しての稽古となった。

 でも、初めてなんで、もちろんうまくいかない。

 これで深谷先輩から中断させられて、やり直すのは何回目だろうか。


 実際やってみて、お点前には意味のないような手順が多すぎるように思える。

 でも、深谷先輩に言わせれば一つ一つ意味があり、合理的にできているとのことだ。


「一つ一つの動作はできてるんだけどね」


 部長は僕のちょっとずつの成長も褒めてくれる。


「一応図書室で本借りて、家で練習してるんですけど」

「繰り返し一連の流れでやってみないと、なかなか覚えられないよね」


 頭ではわかっていても、身体がついてこないのだ。

 いくら本を見ても断片的な写真でしか解説されてないから、全体の動きが分からな。


 サッカーやバスケのドリブルのやり方を本で読んでも、実際やろうとしても出来ないのと同じように。


 こればっかりは体で覚えるしかないようだ。


「しょうがないわね、私がやるからちゃんと見てなさい」

 深谷先輩がすっと立ち上がり、僕と交代する。

「すみません、お願いします」


 深谷先輩は一度茶室を出て、しばらくして、襖を開けて入ってくる。

 そして、そのまま釜の前に行き正座する。

 動作は途切れることなく、流れるように進められていく。

 深谷先輩のお点前は、きっちり基本に忠実に行われている。部長と比較して、やや硬い印象もあるが、きれいなことには変わりない。

 僕も果たして文化祭までこのレベルまで到達するのだろうか?


 しばらく僕は深谷先輩の手元を見ているのだが……

 それにしても……

 しかし、まあ、深谷先輩は小柄ではあるけれど、胸は大きいんだよな~

 動きにくくないのだろうか?

 お茶をたてるときとか胸が邪魔、というか手元が隠れて見えないんじゃ。

 お盆とか持つ時とか、絶対当たってバランス崩すと思う。


 ……

 …………あれ?

 しまった。気が付いたら終わっていた。

 やばい、変なこと考えてて、何も頭に入ってない。


 お点前を終え、こちらに戻ってきた深谷先輩が、

「春山君、どうだった?」

 と聞いてくるも、


「え? えーっと、よかったです」

「よかった、とかじゃなくて、ちゃんと理解できたの?」


 すごく、こっち睨みながら問い詰めてくる。

 まさか胸に気を取られて、何にも見てませんでした、なんて言えるはずがない。

 そんなこと言ったら、きっと畳が血で赤く染まることになるだろう。


「あのね、ずーっと胸ばっか見てて、お点前なんか気にしてなかったよ」


 ちょっと!?

 ニヤニヤしながら部長が、とんでも発言をしてくれた!


「な、なに言ってるんですか! そんなことないですよ!」


 無言で僕を見る深谷先輩の視線が、ナイフのように鋭くなった。


「ちがいますよ。ちょっと早すぎるというか、覚える前に、先進んじゃうんで。忘れてくっていうか」


 なんとか必死に言い訳を探す。


「一時停止とか、戻してもらうとか、あればいいんですけど」

「んー それなら動画で撮ってみる?」


 そう言って、部長がスマホをこちらにかざす。


「動画、ですか?」


 なるほど、お点前の流れをスマホで撮っておけば、いつでも確認して勉強できる。


「それいいですね。動画とってもいいですか?」

「はあ? 私が? 動画、撮られろとぉ?」


 ……深谷先輩が、露骨に嫌な顔をしながら言い放った。


「いや、あの、嫌でしたら……」

「そしたら、今度は私がやるね。きれいに撮ってね!」

「はい、お願いします」


 選手交代し今度は部長が。そして僕は自分のスマホを取り出す。


 スマホを構えると間もなく部長がやってきて、こちらに向かって進んでくる。そして目の前に座り……

「ちょっと待って!」

 と、始まっていきなり深谷先輩に録画を止められた。


「どうしたんですか? 深谷先輩?」

「見せて!」


 スマホをむしり取られ、今撮ったばかりの動画を確認される。


「このアングル危険でしょ!」


 僕も一緒に見て確認するも……確かに部長のスカートの中身が覗けそうな際どいアングルではあるが……

 これは不可抗力だ。

 わざとじゃないし、座りながら撮れば、どうしてもそうなるって。


「別にそんなつもりは」

「あなた、もうこれ、立派な盗撮よ!」


 盗撮って……

 人聞きの悪いことを……


「この位置で撮ったら、どうしてもこうなりますよ」

「えぇ…… 春山くんって、私のパンツ狙ってたの?」


 部長まで面白そうに話にのっかてきて、わざとらしく怯えた様子を見せる。


「違いますって! しょうがないじゃないですか。そもそもスカートが短すぎるんですよ」

「ほら、そうやって痴漢はいつも私たちのせいにして逃げるんだから!」


 深谷先輩は、僕に恨みでもあるのだろうか?

 昨今の日本では、きっとこうやって冤罪の被害者が出てくるのだろう。


「座って撮ってたら、こんなアングルになりますって」

「じゃあ、もっと遠くで撮りなさいよ!」


 僕はカリカリする深谷先輩に言われ、和室を追い出される、襖の外の縁側から撮影することとなった。


 僕がOKを出して部長がお点前を始める。


 遠くからだと全体が見れていいかもしれない。

 部長の動作もさすがに美しく隙が無い。

 

 ……でも、肝心の手さばきや細かい動作が見にくい。


「あの、すいません」

「なに?」


「細かいところ見えないんで、近寄っていいですか?」

「……まあ、いいわよ」


 深谷先輩の許可を取り、ちょっとずつ前に出る。


 手の動きとか、道具を動かす順番など、もっと近くで分かりやすく撮りたい。


 ……

 …………

 ここからじゃ見えにくいな。


 ……

 もう少し、右かな……

 いや、もう少し手前……


「春山くん」

「はい?」


 すぐ耳元で部長の声がしたので顔を上げたら、目の前が部長の顔であった。


「わっ! ちかっ!」

「春山くん、近すぎて、手元が見えないよ」

 

 苦笑いする部長。


 どうやら夢中になって、部長の懐の中まで潜り込んでしまっていたようだ。


「ちょっと! どこまで近づいているのよ!」


 深谷先輩に首根っこつかまれて、引きずり戻される。


「どさくさに紛れて、変なところ触ろうとしてたんでしょ! え!?」

「いや、違いますって。ちょっと夢中になってしまって」

「盗撮に飽き足らず、痴漢までするなんて!」


 酷い言われようだなぁ、本当に……


「みーちゃん、もう許してあげて。しょうがないよ。春山くんは変態さんだから。変態茶人さんだから」


 え?

 なにその擁護の仕方?

 なんなん?変態茶人って?

 あの千利休でも、そんなこと言わないよ。


 このままでは部長に不名誉なあだ名をつけられてしまう。


「僕は変態ではないです」

「ホントかな~」


 どちらかというと、僕よりもむしろ部長の方が変態気質だと思う。


「もうダメだわ。私が撮るわ!!」


 ついに見るに見かねた深谷先輩に、僕のスマホは取り上げられ、部屋から追い出された。




 部長のお点前が終わり、三人がスマホの画面を見て、撮り終えた動画をチェックする。


「すごくきれいに取れてますね。分かりやすいです」


 お世辞ではなく本当にわかりやすい動画となっていた。

 部長の一挙手一投足、見やすく分かりやすい動きで、バッチリ動画におさめられていた。

 さすが経験者。

 深谷先輩は、注目すべき点をアップにしてくれたり、部長もわざと動作を大きく見せ、難しいところはゆっくりと動いてくれていた。


「ありがとうございます」

「じゃあ、次は春山くんの番ね」


「はい?」


「ちゃんと撮ってあげるからね」

「え? 僕のを、撮るんですか?」


 部長、なに言ってるんですか?

 まだ下手くそな僕の撮っても、意味ないんじゃ?


「もちろん、そうでしょ。自分の動作を見て、どこか悪いのか、直せばいいでしょ」


 冷静に深谷先輩に諭される。

 なるほど、でも……

 いやー ちょっと恥ずかしいなー


「ちょっとまだ早いんじゃないですか?」

「じゃあ、いつ撮るのよ」

「もうちょっとしてから? ですか? それに撮られるのは、なんだか恥ずかしいですし」


「ひどい春山くん! 私には恥ずかしいことさせといて、自分はやらないなんて!!」 


 あー もー めんどうだなー 


「じゃあ、やりますよ」


 今度は部長がスマホを準備する。


「今度は私が撮ってあげるね」

「お願いします」


「カッコよく撮るからねっ!」

「はいはい」


 今まで経験なかったけど、

 注目されたり、撮られたりするのって、

 すごく恥ずかしくて、緊張するもんなんだなぁ……

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