第11話 端午の節句
5月の連休も明け、いつもの学校生活に戻ってしまった。
教室には、一週間前と皆変わらぬ風景がそこにあった。
でも生徒の反応はさまざまな。
久しぶりにクラスメイトに会えた喜びを分かち合う生徒もいれば、
もっと休んでたい、授業なんか受けたくない、という雰囲気の生徒も存在する。
僕はまあ、どちらでもなく、取り敢えず授業があるから義務的にやって来る、みたいな感じ。
このゴールデンウィークの過ごし方も人それぞれだったのだろう。
人によっては部活三昧だったり勉強してたり、どこかに友達とか遊びに行っていたり。
僕は、買い物行ったり、部活とかだったなー
こうして別に連休が明けたところで、何かが変わるわけなく、いつものように授業が終わりホームルームも終え、僕は部活へと向かおうと準備していると……
「おはよー 春くんー」
「えっ?」
担任の先生が外に出るのと入れ替わるようにして、遠野先輩の姿が飛び込んできた!
「なんで、遠野先輩がここに?」
「迎えに来たんだよー」
びっくりした。
突然の、予想もしてない人物の登場に。
でも周りは、僕以上に驚いている。
そりゃそうだ。
いきなりギャル先輩が、このクラスにやって来て、僕を迎えにわざわざ教室の中にまで入ってくるのかと。
「じゃ、行こっかー」
「え、ちょっと……」
遠野先輩が何の説明もないまま、僕の荷物を奪うように取り上げると、そのままスタスタと教室を出て行ってしまった。
なんで僕の荷物、持っていっちゃうの?
頭の中の整理ができないまま、急いで後を追うと……
なんと廊下には他の先輩たちが待ち構えていた!?
秋芳部長を筆頭に、深谷先輩と南先輩。
茶道部のオールスターが集結していた。
1年生の教室の前に、こんな美少女軍団が並んでると、さすがに目立つ。
「あの、これは、その……なんなんです?」
部長に尋ねる声も、自然と小さくなってしまう。
「みんなで春山くんを、迎えに来たんだよ!」
いや、だから、なんで!?
「担いでってやろうか?」
「え? 大丈夫です、歩けますんで」
南先輩のわけの分からない気遣い。
「せっかくだから、お姫様抱っこしてもらえば?」
部長? なにいってるんてす?
「春山くらいなら持てそうだけどな」
え? 本気でやるの? 南先輩!?
疑問に思う間もなく、あっという間にフワッと体が宙に……
いつの間にか僕は、南先輩にお姫様抱っこされていた!!
うわー なにこれ!
はずかしいー!!
これはやばい、本当に恥ずかしい。
シャレにならないって!
僕が体格の変わらない女の子の南先輩に、お姫様抱っこされるなんて!
ほら! まわりの人に見られてる!!
「春山くん、かわいいー」
「部長! これなんなんですか! 降ろしてくださいって!」
何も悪いことしたわけでもないのに、殿様のように担がれて、大名行列のように部室へと連行される。
周りの人たちは畏まって頭を下げるどころか、面白がって見ている。
これでは大名行列というより、むしろ市中引き回しにちかい。
なんでこんなことの……
部室の前に着くと、戸が自動で開かれ、部長に靴を脱がされ、そのまま中に。
茶室には見慣れない一枚の、ふかふかの青い座布団が敷かれていた。
南先輩に抱えられた僕は、そのまま座布団の上にドスンと落とされた。
降ろし方は意外と雑だった。
結局僕は何も知らないままに、床の間に一番近い場所、上座に座らせられた。
きっとよからぬことでも、考えているんだろう。
普通、茶道では座布団なんて使わないし。
床の間を見ると、菖蒲? の濃い紫の花が一凛かざられている。
そのわきには、折り紙で折られた兜と鯉のぼりが飾られている。
あー もしかして?
子どもの日ね。
もう過ぎたけど。
「部長……これはいったい?」
「端午の節句だよ。ちょっと遅れちゃったけど」
だからなのだろうか?
僕が男だから、さっきから変なことしてくるのか?
「だからって、僕にこんなことする必要あるんですかねぇ?」
「あと、歓迎会も兼ねてるかな」
こんな歓迎の仕方、あるのだろうか?
「あとね……」
さらに部長が付け加える。
「今日は春山くんが一番偉いんだよ」
「は?」
「だから何言ってもいいんだよ」
「なにを、いっても?」
「みんな、一つだけ何でも、春山くんのいうこと聞いてくれるよ」
5月5日って、そんな日でしたって?
別に普通に過ごしたいんですけどねぇ……
「よかったな、春山! 茶道部に入って。こんな事ありえねーぞ」
意地悪そうな笑顔で叫ぶ南先輩。
すみません南先輩、ちょっと後悔してきました……
「いーなー 春くん。こんな美少女四人が、なんでもゆーこと聞くって。ハーレムじゃん!」
遠野先輩、自分で美少女とか、ハーレムとか、そんなこと言っちゃうんですね。
「僕、普通に部活をしたいんで。お願いします」
「そのお願いは、ちょっと聞けないかなー 春山くん」
部長、今なんでもいうこと聞くって言ったじゃん!
目の前では先輩三人が、願い事はまだか? まだか? と、凄い眼圧でこちらを見下ろしている。
願い事って言ったって、お遊び程度のことでしょ?
そんな、限定されたお願いの押し売り。
まぁ、でもこれはどうやら、何か一つでもお願いしないことには終わらなそうだ。
もう、適当なこと言って、早いとこ終わらせよう。
とはいっても、ここの和室には、お茶とお菓子くらいしか……
「あー じゃあ、遠野先輩いいですか? 何か美味しいお菓子、食べたいんですけども」
「いいよー」
と言って、どこからともかく取り出した紙箱。
開けると中から柏餅が出てきた。
「いろんな種類があるよー こしあん、粒あん、みそあん、よもぎ……」
「あー こしあんでいいです」
「食べさせてあげるー」
と、遠野先輩は柏餅一つ取り出すと、頼んてもないのに僕の口に押し付けてきた。
それくらい自分で食べれますよ。っていうか、せめて葉っぱは取ってください。
「美味しそう。私も後で食べようかな」
「うちは、みそ、食べるわ」
結局みんな食べるのかい……
「いいよー でも春くんだけの特別な柏餅もあるんだよー」
「なんですか……」
「あたしのー 胸にあるー 二つの柏餅!」
「…………」
両手で胸を持ち上げ、アピールする。
僕は別に、それ、食べたくないです。
「わー 美味しそう!! 私も後で食べてみたいー!」
「あれか、大事なところ、柏の葉っぱで隠してんのか!? エロいな!」
…………
部長と南先輩だけ、はしゃいてる。
「早く春くんー 柏餅、食べてよぉー」
「そんなに急かさなくても……」
「早く二個食べてー 葉っぱ用意してくれないとー 隠すのなくてー 丸見えになっちゃうー!!」
「急いで春山くん!
「いやむしろ、見たいとか思っるんじゃねーか? 変態め!」
「……あの、ごちそうさまです。お腹いっぱいです」
ちょっとなに言ってるのか分からない。
リアクションにも困るし。
もしかして、今日ずっとこのテンションが続くの?
「春くんー 次、あたしのお餅、食べるー?」
「もう……いらないです」
「お餅みたいに、白くて柔らかいよー」
と、胸を持ち上げて寄ってくるが、僕にはもう返す言葉が見つからない。
気を取り直して、
「あの、お餅食べので、喉乾いたので、お茶飲みたいです」
「じゃあ、私がお茶立ててあげるね」
今度は部長がお茶を立てる準備をし始めた。
「春山、うちは何すればいい?」
「いや、南先輩は特に何も……」
「はあ!?」
「あ、いや、それじゃー 肩、揉んでください」
「おう」
南先輩は僕の後ろに回って肩をもみ始めた。
これがまた意外と気持ちいい。
力もあるし、手慣れている感じだ。
そのうち肩だけでなく、腕や腰や首までマッサージし始めた。
「上手ですね、南先輩」
「まあな。日頃、運動部の連中にやってるからな」
「ねぇ、春くん。下半身のマッサージもしてもらったらー」
遠野先輩?
あなたは何を言ってるんです?
そのうち遠野先輩の足つぼマッサージも加わって、もうわけの分からないクシャクシャな状態になったところに、
「お茶、できたよ」
「あっ、部長。ありがとうございます」
「飲ませてあげようか?」
「大丈夫です」
「口移しで」
「……一人で飲めます」
しばらくの間、飲んだり食べたり話したり揉まれたりしていると……
あれ、そういえば、さっきから一人足りないような?
茶道部にはもう一人、部員が……?
僕は深谷先輩の姿を探した。
その先輩は存在を無にして、奥の方で一人黙々と稽古をしていた。
「あっ、そういえば、みーちゃんまだ何もやってなかったっけ」
「部長、邪魔しちゃ悪いですよ」
部長はそのまま向かうと、深谷先輩を連れて戻ってきた。
絶対、こういうノリ、深谷先輩は嫌いですって。そっとしておいてくださいって!
「春山君、私に何か用?」
「あ、いや、とくに……」
「じゃあ、戻るわよ」
明らかに機嫌が悪いのが分かる。
「深谷さんも、春山の願い聞いてやってくれよ」
「あとは、みっちゃんだけだよー」
「あの、僕のことはお気になさらずに……」
あの深谷先輩にお願い事なんて恐れ多い。
というか、めっちゃ睨んでるんですけど……
「春山くん、遠慮しないで。今日は特別だから」
「いや、まー そういうことなら……」
部長がそこまで言うのなら。
でも特に、してもらいたいことも……
ん〜〜
もう少し、僕に優しくしてくれたらなぁ……
それじゃあ…………
「深谷先輩、笑ってください」
「はぁぁ!?」
「みーちゃん、笑ってだって」
「そういえば深谷さん、春山には厳しいもんな」
「みっちゃん、笑うと美人だよー」
僕の願いを聞いた深谷先輩は、顔を引きつらせる。
……笑顔から逆に遠のいた?
眉間にシワを寄せ、顔面の筋肉をヒクヒクさせている。
えっ、そんなに嫌なの?
僕、そんなに嫌われてるの??
しばらく皆が注目する中、
どうやら覚悟したのだろう。
深谷先輩が姿勢を正す。
そして、渾身の力を振り絞って出したであろう深谷先輩の笑顔。
口元を少しだけ……わずかに持ち上げただけの最低限の営業スマイル。
「んー 25点かなー」
「くっ……!」
逆になんだか笑顔とは程遠い、怒りの形相に変化してきた。
「ちょっと、香奈衣、どうすればいいのよ!」
「えー 普通にいつもみたいに笑えばいいんだよ」
なんか、部長と二人でコソコソ相談している。
「春山くん、も一回やるから見てて。じゃあ、みーちゃん、どうぞ」
「……」
そこにはぎこちない笑顔の深谷先輩が。
さっきよりはだいぶ口元も緩んでいるように見えるが、目が完全に笑っていない。
んー これ以上やるとかわいそうなので、
「70点で、合格かなー」
そう僕が言うと、深谷先輩は勢いよく立ち上がり、奥の方に引き返してしまった。
恥ずかしかったのかなー?
深谷先輩も笑えば可愛いんだけどなー
そんなこんなで、今日は一切稽古もせず終わってしまった。
部活動の時間も終わり、下校の時間が迫る。
今日はいったい何だったのだ……
先輩方も荷物をまとめ、帰り支度を始める。
「じゃあねー 春くんー」
「あっ、遠野先輩、お疲れ様です」
「3月、ケーキにしよーかな?」
「はい?」
「じゃあな、またな」
「お疲れ様です、南せんぱ……」
「うちは、マッサージフルコースだな」
「え?」
どーゆーこと?
「さあ、春山くん、片付けして帰ろうか」
「あ、あ、あの、部長?」
「私は春山くんにお茶立ててもらうんだ。楽しみだなぁー!」
「これはいったい、どういうこと、でしょうか?」
「え? 今回は端午の節句。男の子の日でしょ。今度は3月3日のひな祭り」
「……」
「今度は春山くんが、みんなに何かしてあげる番だよ」
なっ!?
いや、そんなの聞いてないし!
頼んでないし……
え? 本気で言ってるの?
今度は僕がみんなのお願いを聞かないといけないの!?
しかも四人分!!
「春山君」
「はい?」
すごくドスの効いた声で僕は呼ばれたので、おそるおそる振り向いたら、鬼の形相で睨む深谷先輩の姿が……
「3月、楽しみにしてるわ」
「え…あ…は……」
「私が笑うくらい面白い芸、みせてもらうから」
あー
なんてことだ……
僕は取り返しのつかないことをしてしまったようだ。
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