第10話 休日の部活
まだ5月の連休中だというのに、朝起きて学校の制服を着る。
そう、今日は学校は休みだが、部活動の日。
10時半に
この前の買い物の時には二人を待たせてしまったので、今日は早めに家を出て10時10分にはそこで待っていた。
……のだが、待ち合わせの10時半になっても二人は来ない。
休日の日に制服着て、何にもない十字路で、ずーと立っているというのも、通行人に変なふうに見られて非常に恥ずかしい。
と、坂の上の方から制服を着た女の子が。
きっと部長たち二人であろう人物が、歩いてくるのが見えた。
あの距離だと、ここに来るの10分後くらいだよ……ね。
まさかの、遅刻だよね。
「おはようございます」
息を切らせ、髪を乱しながらやって来た秋芳部長。
「おはよう、春山くん。ごめん遅れちゃって」
「大丈夫ですよ」
「ちょっとお昼のお弁当作ってたら遅くなっちゃって」
「じゃなくて、寝てただけでしょ!」
と、横の深谷先輩がつっこむ。
そういえば部長って、朝、弱かったんだっけ?
「おはようございます」
「おはよう」
「こうやって三人で一緒に登校するのって、初めてだよね」
「そうですね」
初めてみんなで登校できるのが嬉しそうな部長。
でも、きっと毎日遅刻ギリギリなんだろうな。
深谷先輩が言ってた、毎朝起こして引っ張り出してくるのは本当みたいだ。
できれば一緒の登校は、今日で最初で最後にしてもらいたい。
「これからも毎日一緒に登校したいね」
「私は嫌だからね」
間髪入れず深谷先輩がそれを拒否した。
「毎日毎日、本当に、もう……」
大変なんだな、深谷先輩も。部長を相手にするの。
「だって、なかなか髪の毛がまとまらなくて」
「寝癖でしょ。寝すぎなのよ」
「お弁当作ってたからだよ。春山くんは持ってきた?」
「はい。パンですが」
そんなこんなで、バタバタと騒ぎながらの初めての三人での登校。
いつもとは向かう方角も昼夜も逆転しているため、なんか新鮮な感覚だった。
学校に着くと、いつも入ってくる裏門は刑務所のように固く閉ざされていた。今日は休みだから仕方ない。
まぁ、もしかしたら生徒にとっては、学校という場所は刑務所のようなところなのかもしれないけど……
僕たちはひと気のない敷地を半周して、正門まで向かう。
校庭からは野球部だろうか? 硬いボールと金属がぶつかり合う音が聞こえる。
体育系の部活は大変である。朝練に、放課後は夜遅くまで練習。そして休みの日も一日中練習と。
僕には無理だなぁ〜と考えていると、普段は通らない学校の正門までやってくる。
今日は人一人分だけ開いた正門を、一人づつ通り抜ける。
まるで泥棒みたいだ。
「じゃあ、先行ってて」
深谷先輩は手続きやらで、そのまま校務室と職員室に向かっていった。
僕たちは人のいない静まり返った昇降口へ。
生徒のいない校舎って、こんなに広かったんだなー
昼の光が差し込み、塵が幻想的に舞っているのが見える。
靴を履き替え、誰もいない廊下を部長と二人で歩く。
正確には吹奏楽部などが活動しているので、まったくの無人ではない。
時折、音程を外した甲高い金管楽器の音が響く。
しかし、まあ、いつもとは違う非日常的な空間にいることで、ちょっと自分は特別な存在みたいに感じられ、ワクワクしてしまう。
しかも、普段なら周りの生徒の目が気になるところだが、今日は誰もいないので、部長と並んで歩いても恥ずかしさも後ろめたさもない。
そんな横にいる部長は、大きく両手を上に掲げ、身体を伸ばしている。
控えめな胸が上に引っ張られる。
「みんないないと、不思議な感じだね」
「そうですね」
いつもの喧騒さがまったくなく、僕たちの会話だけが響き渡る。
「なんだか、私たち以外のみんなが、どこか行っちゃったみたいね」
「え?」
「どうする? 私たち以外の人類が絶滅しちゃってたら?」
「それは……その」
いきなり首をかしげながら、そんな質問されましても……
「私たち、やりたい放題だよ。ねぇ?」
と、立ち止まって、一歩僕の方へと踏み込んでくる。
「いや、別に……そんなこと、起こるわけないじゃないですか」
やりたい放題って、どういう意味?
返答に困る僕を見て部長は、フフフっと笑っただけで、そのまま歩き出した。
もうなんなんだよ。
急に変な質問して近寄ってくるから、すごく胸がドキドキしている。
早く部室に着かないかなー
周りに人がいるのも困るが、実は二人っきりという状況のも辛かった。
部室の前まで着くと、部長は手慣れた手つきで鍵を開け戸を開く。
中に入ると、干したときの布団のような、温かい空気の匂いが襲ってきた。
「さてとっ。春山くん、先に何する?」
「なにがですか?」
「お昼ご飯食べるか、掃除をするか? そ、れ、と、も……」
それとも? それともって何?
ほかになんの選択肢があるっていうの!?
「と、とりあえず、深谷先輩が戻ってくるまで待ちましょう」
「そうだね」
暖かい日の光に照らされた茶室に、僕たち二人はちょこんと座る。
なんか気まずいなぁ。
二人だけというのも……そうだ、部長に返さないと。
練習にと借りていた
「部長、これありがとうございました」
と、カバンから借りていた部長の帛紗を手渡す。
「ありがとう。どうだった? 練習できた?」
「えぇ、まぁ……」
「よかったー」
「あの、洗い方、わからなかったんで、そのままなんですけど」
「大丈夫だよ。帛紗ってあんまり洗うものじゃないから」
「え? そうなんですか?」
「すっごく汚れたら別だけど、日ごろ奇麗に扱っていれば、そんなに洗わなくても大丈夫だよ」
やばい、そんなに意識して使ってなかった。めちゃくちゃ触っってたけど。
鼻にも付けちゃったかも。本当に大丈夫かな……
「ねえ、春山くん。それよりも、この前買ったの見せてくれる?」
「え? ああ、僕のですか」
そういわれカバンから、ピカピカの紫の帛紗を取り出す。
「わー かっこいいー!」
好奇心いっぱいの猫のように、大きな目を輝かせながら言う。
「やっぱり紫の帛紗、かっこいいな―」
「そうですか?」
決して、かっこいいとか僕のことを言っているわけではないのは分かってはいるが、なんだか自分のことのように思えてちょっと嬉しい。
「ちょっと貸してくれる?」
「はい、どうぞ」
手渡した帛紗を、部長は畳んだり、しまったり、広げたり。
まるで、おもちゃを手にした子どものように、もて遊ぶ。
そして、おもむろに鼻に近づけて匂いを嗅ぎ始める。
なんでも口つけたり、匂い嗅いだり、近づいたり。
その猫みたいな仕草、部長の癖なんだろうか……
「ん?」
なにかを感じたのか、部長の動きが急に止まる。
「どうしたんですか?」
「なんか……この匂い……」
……え?
「あの香りに似てる」
っ!?
しまった!
もしかして、あのお香を焚きながら練習してたから、匂いが移ったのかもしれない!
「あの香りって、なんですか?」
「私の好きなお香の」
「……たまたま、なんじゃないですか?」
部長が僕を疑うような目でこっちを見ている。
あの時、部長の好きなお香も一緒に買って、さらに家で使ってたとかバレると、またからかわれてしまう……
「いやー 部長の帛紗と一緒にしてたから、匂いが移ったのかも……」
ジ――
「それか、買ったばかりだから? かな?」
ジ―――
「いやー 気のせいじゃないですか?」
ジ――――
部長が少しずつ、こっちに詰め寄ってくる。
思わず後ずさりする僕。
身体を引くが逃げきれず、部長は僕の胸倉を掴んだ。
「あ、あの、どうしたんです、か?」
部長は何も言わず、僕の制服に顔を埋めた。
「ち、ちょっと、なにしてるんです!」
……そして、顔を上げると、
「春山くんから、私の好きな香りがする!」
きっと部屋にあった制服にも、匂いがついてしまったのか!?
「そ、それは、そりゃあ、茶室で部活やってますんで、匂いくらい付きますよ」
「あのお香、焚いたの、最初の日だけだよ」
「ぅ……」
部長は見あげるように、僕の顔をじーっと見つめる。
そして、うっすらと微笑みながら、
「私と一緒の香りだね」
「そ、そう……ですか? ねぇ……」
どうやらきっと、
部長にはバレてしまったに違いない。
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