第4話 茶道部の洗礼
『おはよう。今日の部活、絶対来てね』
という
そんなに今日の活動は重要なことをやるのだろうか?
それとも僕が、前回の件で茶道部が嫌にでもなって、来なくなるのではと心配してのことだろうか?
別にこんなことしなくても、ちゃんと僕は行きますよ。
一度始めたことは、ちゃんと最後までやりますから。
なにはともあれ、僕は仕度をして部室へと向かった。
茶室はすでに先輩たちが来ている様子だったので、ゆっくりと戸を開けて中へと入っていった。
「……失礼します」
茶室の畳には4人の女子生徒が円になって集結していた。
奥には、お馴染みの秋芳部長と、深谷先輩。
「おはよー 春山くん」
僕の存在に真っ先に反応してくれる部長。
そして手前にいる二人が……
「どうも……春山です。よろしくお願いします」
「おう、まさか本当に入部するとはな!」
「はい、よろしくお願いします」
「うちは南。よろしくな」
前回はいなかった部員二人のうちに一人。背の高い短髪の方が南先輩。
きれい、というよりかカッコいい容姿で、セーラー服の代わりに白いポロシャツを着ている。
よく体育会系の部活に応援に行くということなので、きっとどこかの部活のユニフォームをそのまま着ているのだろう。
おそらく同性にも好かれ、異性からも頼られる、そんな感じの人に見える。
「あたしは遠野ねー。春くん、よろしくー」
春くん? まあいいや。
「……よろしくお願いします」
そしてもう一人、なんかキラキラした小柄な遠野先輩は、少しウエーブのかかった長めの髪の毛を若干茶色に染めてある。
制服のスカーフを勝手にリボン結びにしたり、スカートがどこの高校の制服なのか分からないが、青いチェック柄のを履いている。
自分なりに制服をアレンジしてしまっている。この高校はそんなに制服には厳しくないようなので、きっと誰も指摘しないのだろう。
なんだか今風のギャルといった感じの先輩だ。
部員全員そろったのは、僕の体験入部の時以来のようだ。
珍しく全員そろうので、それで部長は僕にわざわざメールまでして、来るように念を押したのだろう。
僕は部屋の片隅に荷物を置き、稽古の準備を始めた。
その間、ずーっと4人で何か話し合っているようで、
「あき? ほんとに、やんの? 早すぎやしねーか?」
「うん。だって今日しかないよ。チャンスは」
「香奈衣、まだ何も言ってないんでしょ?」
「言ったら絶対やらないって言うと思うから」
「そうでしょうね……」
「まー いいんじゃないー あたしはーやらないけどぉ~」
「私とみーちゃんがお客役をやるから、大丈夫だよ」
……
…………何の相談をしてるんだろう?
早すぎる?
絶対やらない?
会話の内容から、不安しか感じられないんですけど……
いったい何が起きようとしているんだ?
「春山くん、準備できた?」
「あー はい。できました」
僕は部長に促されて、和室の中に入った。
中では部長以外の三人は横一列にお行儀良く正座して並んでいた。
笑顔の部長は歩み寄ると、僕に説明し始める。
「今日はね、お
「おこいちゃ?」
「この前の体験入部で飲んだのは
「……何が違うん…ですか?」
「んー お茶が薄いか、濃いか、かな」
この前、体験入部でお邪魔した時、お茶を頂いたけど、それって薄茶っていうの?
その時に初めて抹茶を飲んで、いつも飲んでる緑茶よりも濃い、はっきりとした味のお茶なんだなーって感じた。
そんなに思っていたほど苦くなくて、なかなか悪くないなーって思ってたんだけど。
それでも薄茶?
さらに濃いのがあるの?
周りの先輩方の様子をチラッとうかがうも、なんだか他人事のようにそっぽを向いて、僕に目を合わせないようにしてる。
濃茶……って、本当にそれだけなのだろうか?
さっき、やりたくないだとか、やらないとか聞こえてきたんだけど……
「お点前は南さんが。お手伝いに遠野さん。私とみーちゃんがお客さんやるからね」
「はい……」
「春山くんは三番目のお客さんやってね。お茶の飲み方とかは、先にやる私たちの真似すればいいからね」
「はい……」
「春山くんは、今日はお茶を飲むだけでいいからね!」
「はい……」
本当に大丈夫なのか?
優しく説明してくれる部長の笑顔が、逆に怖い。
皆が準備を終えると、和室には秋芳部長、深谷先輩、僕の順に横一列に座った。
遠野先輩は裏方で準備をしているらしい。
しばらく待っていると、準備ができた南先輩が襖を開けて、外から入ってくる。
道具一式を運んできて、お茶を点て始める。
南先輩のお点前。
きびきびとメリハリのある動作は力強く、堂々としてかっこよく見える。
……ただ、背が高くスカートを無駄に短くしているため……
その……
正座して、前かがみになってお茶を点てるもんだから……
動くたびに見えそうになり、目のやり場に困ってしまうのだ。
横では、部長は部長で楽しそうに座っているし、深谷先輩は置物のように微動だにせず座っている。
遠野先輩はというと……襖の裏に隠れてスマホをいじっている!?
一応、今日の僕は見学だけらしいので、しっかりと南先輩の所作を観察することに集中する。
まあここまでは、体験入部のときと同じだ。
この後、一人一人にお茶を点てて渡していくのだ。
それを僕は飲むだけ。
何か前回と違いがあるのかな?と、ちょっと背伸びして南先輩の手元を覗いてみる。
黒光りする重厚な茶碗に、確かに粉末状の抹茶を何杯も入れてる。
そして釜からお湯をすくうい、お茶碗の中に投入。
それを竹でできた泡だて器みたいので解くのだけれども……
すごいトロトロの深い緑色の、青汁みたいのが練り上げられている。
水分が少ないのか、お茶が多いのか。
見るからに……なんか……苦そうだなー
確かに前回飲んだ薄茶と違い、濃茶と言うだけあって濃厚な感じが見ただけでも分かる。
一連の流れを通して、南先輩がお茶を点ておわると、茶碗を前に差し出し、それを部長が受け取りにいく。
部長はお茶碗を左手に乗せ左に回し、ゆっくりと小さく可愛らしい唇を付ける。
あのドロドロした緑色のスライムみたいなものを、平然と美味しそうに部長は口にした。
顔色一つ変えないなんて、さすがだなー
部長は飲み終わったお茶碗を前に置いて、飲み口を紙で拭い、それを部長と深谷先輩の間に位置する左正面に置いた。
なるほど自分もそうすればいいんだな。
やり方は、前回と同じ。ただお茶が違うだけ。
そんなに難しそうでない……
……ん?
しかし部長が飲んだお茶碗は南先輩に返さず、横にいる深谷先輩が受け取った……
前回見た時は確か……それを、お茶を点てた人が回収して洗って終わり。
あとは次の人にも同じ作業をして……の繰り返し、だったような?
お客役の深谷先輩が、部長の飲み終わったお茶碗を受け取るのはおかしい……
あれ? でもよく見ると、部長が飲み干したと思っていたお茶は、茶碗の中にまだ残っている?
どういうこと?
全部飲まずに残してあるの?
苦くて飲み切れなかったの?
疑問に思う僕をよそに、深谷先輩は部長と同じように、それを左手に乗せ……
茶碗に……
口を付け……
お茶を……?
飲み込む……!?
えっ!?
飲んだ!?
え?
どういうこと?
ゆっくりと飲み終わった深谷先輩は、部長と同じようにし、今度は僕の前にお茶碗を置いた。
まさかと思って、おそるおそる、中を覗き込むと……
……お茶碗の中には緑の液体が少しだけ残っている。
え? これ、なに?
これを飲めってこと?
はあ?
え?
飲み回してるの?
同じお茶を??
えっ?え?
どうすればいいのか分からず、助けを求めるように部長を見ると、ニヤニヤといやらしい笑顔でこってを見ているだけだった。
え…………っと、
どうすればいいの……かな?
「春くんの番だよー 早く飲まないとー」
奥の方から遠野先輩の、僕をせかす声が聞こえた。
僕は震えながら部長に尋ねた。
「あの……部長……これは……?」
「早くしないと、お茶さめちゃうよ」
飲むの? これを?
だってこれ、皆が飲んだやつ……
飲み回すの?
一杯のお茶を?
え? 本当に?
本当に? 悪戯とかじゃなくて?
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
思わず立ち上がって叫んでしまった!
「ちょっと、ちょっと、待ってください……」
「なんだよ春山! うちが点てたお茶が飲めないっていうのかよ!」
「違います! 違うんです! そういうことでは……なくって……」
南先輩には悪いがこれは飲めないって!
やばいって! さすがにこれは!
だって部長が飲んで、しかもさらに深谷先輩が口を付けたお茶を!!
「さすがに、これはまずいですよ!」
「まずいって、うちが点てたお茶が不味いって言うのかよ!」
「違うんです! 南先輩……そうじゃなくて……」
やばい、頭が混乱して、なんだか泣きそうだ……
心臓の動悸が激しくなっているのが分かる。
「……あの……どういう……こと……ですか?」
もう泣きそうな声で、部長に助けを求める。
「まず、落ち着いて座りなさい」
深谷先輩がいつもの冷静な口調で僕を諭し、座らせた。
そしてゆっくりと説明してくれる。
「これは濃茶のお点前で、人数分のお茶を一つの茶碗で点てて、みんなで回し飲みするものなの」
「……」
「
「…………」
「ちゃんとした茶道の一つの作法なの」
「………………」
そんなこと平然と言われましても……
……だからか。
やりたくないとか、言ってたのは。
「ごめんね春山くん、黙ってて。でも、話したら絶対やらないでしょ」
「……」
部長……だから始まる前に、こそこそしていたのか。
仮に知ってても知らなくても、確かにやりたくはない……かも。
「もしかして、私が口付けたの汚いって思ってるのかな?」
なんで?なんで?部長?
そんな悲しそうな顔するんですか?
部長にそんな悲しそうな顔されても、困るんてすけど……
だって間接キスみたいなもんでしょ?
異性の可愛い子が口をつけた飲み物を、僕がまた口つけて飲むなんて、変態じゃないの?
みんな気にしないの?
部長だって女の子なんだから、自分が飲んだ飲み物、他人に飲まれたくないでしょ?
もう……なにがなんだか……
きっと今、一番悲しい表情をしているのは、僕だ。
はあぁ―――
「……いただきます」
飲みますよ、ええ。
どうせ他に選択肢がないのだからと、覚悟を決めて茶碗を手にする。
中には緑色のドロッとした液体が波打っている。
あ―――
飲むのか―――
これを―――
二人が回し飲みしたんだよな―――
お茶碗に口付けたんだよな―――
これ、間接キスになるのかな―――
美少女が飲んだお茶を―――
……全然うれしくない。僕にはそんな趣味はない。
二人が口を付けた茶碗の縁を避けるように、茶碗を大きく回す。
そして僕は、
一瞬で勝負をつけようと、
意を決して一気に……
その液体を一口で喉の奥に流し込んだ!
何も考えず、味わう暇もなく、すでに冷え切ったそれを!
は―――!!
僕が大きなため息を吐き出すと同時に、歓声と拍手があがった。
「おめでとうー 春山くん」
「さすが男だ、春山!」
「あー ホントに飲んじゃったねー」
「…………」
先輩方の謎のお祝いの言葉。
もう、なにが、おめでたいんだよ!
なんなんだよ、この儀式!
いじめじゃん!
濃茶は思ったよりは苦くはなかったが、このことは苦い思い出となって、一生残ることになったのは確かだった。
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