第5話 一味同心
今日の部活動の大半は、僕の濃茶の事件で費やされてしまった。
そんな稽古も区切りがついて、今日の部活は終わりを迎えた。
なんか、すごく疲れたよ……
授業以上に疲れた。
稽古の終わった和室をみんなで掃除して退室する。
鍵の管理を任せられている秋芳部長が、和室に鍵をかけると……
「じゃあな、春山」
「またねー 春くん」
南先輩と遠野先輩の二人は、早々に帰宅してしまった。
南先輩は自転車通学で、遠野先輩は電車通学らしいので、どのみちここでお別れとなる。
「今日はありがとうございました」
僕には挨拶するのが精いっぱいで、あまり喋る元気も残されていなかった。
そのあとは、前回と同様に部長と深谷先輩と僕との三人で昇降口を経て、裏門へ。
その間、部長と深谷先輩二人は授業のことやら、部活のことなどで話し合っていた。
僕はその後を、力なくついて歩く。
部長は明るく、とてもおしゃべりだ。誰に対しても分け隔てなく優しく接してくれそうな、頼りになる優しいお姉さんという感じ。
だから僕みたいなパッとしない人間にも、話しかけてくれるのだろう。
それに対して深谷先輩は基本無口だ。
でも、部長と話す時は、饒舌になるのだ。
僕と話すときの温度差が激しい。
この二人はいつも一緒で、こんな感じなんだな~と後ろから見てても感じられる。
お互いの雰囲気から、きっと昔からの友人なのだろう。
互いに名前で呼び合っているくらいなのだから。
そんな二人に付いていき、前回同様三人並んでの帰路。
部長は変わらぬ笑顔を僕に向け、気をかけてくれる。
「春山くん、今日はお稽古、どうだった?」
「……まあ、勉強になりました」
もう……それしか言えない。
「覚えることは、まだ山ほどあるから、ちゃんと練習するように」
続けて深谷先輩が、相変わらず厳しいことを言ってくる。
「……はい」
それしか言えない。
精一杯の返事の後、僕は喉の渇きを潤すために、鞄から飲みかけのペットボトルのジュースを取り出した。
よく考えたら、あの時の濃茶を飲んでから、喉の渇きがぬぐえないでいた。
それを飲んだからという理由もあるだろうけど、緊張と興奮の連続だったことも喉が渇く原因だったと思う。
「春山君、そんなの飲んでるの?」
「はい?」
ペットボトルを口につけようとした瞬間、急に深谷先輩が冷ややかな目で僕を見ながら話しかけてきた。
どうやら、僕の手にしている炭酸飲料が気に入らないらしい。
「炭酸とか、糖分とか、体に悪いでしょ!」
……そして、いきなりお説教が始まった。
「お茶とか水にしなさい」
「はい……すいません」
茶道部はお茶か水しか飲めない決まりなのだろうか?
それとも本当に僕の体を心配しているのか……?
どちらにしろ考えるのが面倒なので、僕は飲むのを諦め、それを鞄にしまった。
そんな様子を見て
「私のお茶飲む?」
と、部長が鞄をゴソゴソとあさり始め、中からペットボトルを取り出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
これは普通にうれしい。
この際、お茶でも飲みたいくらいだった。
……と、部長から受け取ったのはいいけど、このボトル軽いし、ふた空いてるし……
……というか、これ、飲みかけだし。
「全部飲んでいいよっ!」
「いや、ちょっと、遠慮しておきます」
「えっ、なんで?」
首をかしげて不思議そうに僕を見ている。
なんでそんなこと普通に言えるの?
女の子が飲みかけの物を、他人にあげる?普通?
「これ、部長の飲みかけじゃないですか?」
「うん、そうだよ!」
「さすがにそれは……」
「足りないの?」
「そうゆう問題では……なくて、ですね」
僕がボトルをつき返すと、悲しそうな表情を浮かべる。
そんな顔してもダメですよ。
なんなんですか? ほんとうに……もう。
恥ずかしいんですよ、分かってるでしょ?
そんな僕らのやり取りを目の前にした深谷先輩が、
「さっき口つけて飲んでたじゃない、なにを今さら」
と、ぼそっと、あきれた様子で小さくつぶやいた。
お濃茶の飲み回しでしょ?
あれだって部活動の一環でなければ、絶対にやってないって。
というか、部活で、ももうやりたくない。
「そうだ、交換こしよ。春山くんの私が飲むから。私の飲んでいいよ」
「ダメよ香奈衣! あんなの飲んだら身体、壊すって!」
この二人は、本当に僕を困らせてくれるなー
どうすればいいんだろう、こんな時、僕は?
「春山くん、
「え? 一味同心??」
その言葉とともに、お茶のボトルを僕に「どうぞ」と突きつけてくる。
……ああ。
そういえば、今日の稽古で部長が話していた言葉だ。
「みんなで心を一つにするってことだよ。一つのものをみんなで飲んだり、食べたり。そうすることによって、一心同体みたいになるの。
スポーツも映画も勉強も、みんなで一つのことをやるって、素敵なことだよね」
一つのことを、みんなで。
そうすれば、みんなが一つに。
秋芳部長……
そんなキラキラした目で、心に響くような名言を言って……
……って! 騙されるところだった!
それと、この部長の飲みかけのお茶を飲むこととは別問題だ。
僕はもう面倒になったので、お茶のペットボトルを部長に返すことに。
「あ、もう、大丈夫です。これ、ありがとうございます」
そんな僕のことを部長は、可愛いペットを見るかのように、穏やかにクスッと笑うのだった。
別れの十字路まで着くと、軽く部長たちと挨拶して別れる。
「またねー!」
「はい、おつかれさまでした」
家に着いたとき、僕は心身ともに疲れ果てていた。
高校進学して、一番疲れたかもしれない。
年上の先輩たちと接したからということも、美少女に囲まれて部活を行ったということもあるけど。
一番はお濃茶事件のせいだろう。
先ずは洗面所で手を洗い、うがいをし、冷蔵庫から冷たいジュースを取り出し、喉を洗浄するかのように口に流し込んだ。
そして自室に戻ると、そのままベッドに倒れこんだ。
あー なんて日なんだ、今日は。
僕は枕に顔を埋めながら、今日の部活動のことを思い返していた。
部活ってこんなに大変なものだったのか……
僕は今日の稽古の復習を兼ねて、部活での出来事を思い返してみる。
……
…………
……でも、瞼の裏に思い浮かぶ光景は、すべて秋芳部長の姿だった。
姿勢よく背筋の伸びた背中。
すました横顔。
黒く艶やかな髪。
黒い茶碗を持つ白い指。
化粧もせず、ほのかに赤らんだ唇。
それが茶碗に吸い付く。
首を上げお茶を飲み込むその仕草。
そして、部長が手にして口にした、その茶碗とお茶を僕が……
何度考えても、
これって、やっぱり……
間接キスってことになる……のかな……
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