第2話 正座はつらいよ

 今日は部活初日ということもあって、部活の内容などの説明やら注意事項などの、基本的なことの説明から始まった。

 実際の稽古は次回からのようだ。


 僕は茶道なんて初心者だし、ましてや高校生活だって始まったばかり。

 部活動の仕組みなどよく分からないので、しっかりと耳を澄まして説明を聞くことにした。


 茶道部の部室は、校舎の片隅に設けられた和室である茶室が、主な活動場所となるようだ。


 こじんまりとした和室には押し入れと床の間、縁側と流し台があって、ちょっとしたワンルームみたいな作り。

 僕の家には和室なんてないから、田舎のおばあちゃんの家に行った時くらいしか使ったことはなかった。だから、なんだか新鮮。


 この部室はとても綺麗に清掃されて、学校にいながら別世界にいる感じがする。

 床の間には高そうな掛軸が掛けられ、花も飾られている。

 そして、どこからか微かに香るお線香の匂い?


 そんな神聖なる和室で、目の前には微笑みを絶やさない綺麗なお姉さんの、茶道部部長の秋芳あきよし部長。

 その横には、同じく美人の部類に入るのだが、常に不機嫌そうな顔をしている深谷先輩。


 畳の和室で、僕らは正座して向かいある。

 

 密室で綺麗な先輩を目の前にして、僕は非常に緊張する。

 しかもさっき、部長から変な悪戯をされて、まだ心臓がドキドキ鳴っているというのに。


 ……どうすればいいんだろう?

 なにを話せばいいんだろう?

 なんせ、全て初めてのことだから、どうすればいいのか全く分からない。


 ……というか、慣れない正座している足が、早くも痛くなってきたんだけど?


 なかなか喋り始めない僕を見て、先に挨拶をしてくれたのは部長だった。


「ようこそ茶道部へ! 私は部長の秋芳香奈衣あきよしかなえです。よろしくね、春山くん!」


 ゆっくりと頭を下げると、サラサラの綺麗な長髪が滝のように流れる。

 元気いっぱいの笑顔で挨拶してくれる部長に見つめられると、なんだか恥ずかしく感じてしまう。

 普段、こんな綺麗な人と面と向かって話すことなんてないから。

 唯一、気兼ねなく話せる女性と言ったら、家族の母親と妹くらいだ。


「よろしくお願いします。春山勝喜はるやまかつきです」


 僕は部長に倣って、ゆっくりと頭を下げる。


「副部長を務めている深谷水月ふかやみつきです。よろしく」

 今度は、抑揚のない平坦な口調で深谷先輩から挨拶され、現実に引き戻される。


 部長は美人すぎて、なんだか恥ずかしくて気後れしてしまうのだが、深谷先輩は気難しそうで、これまたとっつきにくい。


「これから一緒に頑張ろうね、春山くん!」

「あー はい……」


 身を乗り出してガッツポーズし、やる気を解き放つ部長に、なんとも気の抜けた言葉で返してしまった僕。


 モジモジする僕を𠮟りつけるかのように、今度は深谷先輩が口を開く。


「春山君。これから部活の説明をしていきたいんだけど」

「あっ、はい。よろしくお願いします」


 その後はしばらく深谷先輩からの説明が続いた。

 その間、部長は笑顔で僕のことを見続けているもんだから、正直落ち着かない。


 実は今日来る前に、体験入部ということで茶道部にお邪魔していたのだが……というより部長に強引に連れて来られたのだが、その時にはもう二人の先輩がいたのだった。


 今日は参加していないそのほか二名の部員の紹介もされた。

 一人はみなみ 明日望あすか先輩。よく体育系の部活の助っ人に行っていて、なかなか茶道部には来れないらしい。

 もう一人は遠野とおの みどり先輩。遊びとバイトで、気の向いたときにしか来ないらしい。

 二年生の女子生徒の先輩4人と、僕一人、の計5人。

 部活構成人数の最小人数で、僕が入部しなければ、この茶道部は廃部だったようだ。

 いわば僕は茶道部の救世主のような存在。


 だからこんなに部長は、僕に対して優しいのかな?

 辞められたら、廃部になっちゃうもんね。


 その後に茶道部の活動方針の説明と続いた。

 どうやらこの部活は、文化祭で行うお茶会が一つの目標らしい。

 文化祭にて茶道部主催のお茶会を開き、そこで部員一人ひとりが、お点前てまえといってお茶を点てて、おもてなしするようだ。

 その時に一通りの作法ができるようになるのが、これからの僕の目標らしい。

 まったくの素人の僕でも、秋に行われる文化祭までに一通りできるようになれるのかは不安だったが、部長が言うには「大丈夫だよ!」らしい。


 そんな話を、かれこれ20分ほど聞いていたのだろか、徐々に僕の体には異変がおとずれていた。


 ……あ、足がぁ……しびれたぁ……


 こんな長時間、正座したことなんてなかったものだから、足先が痺れて痛い。

 というか足先の感覚がなくなってきてる?


 正座で足がしびれるって、こういう感覚なんだな――


 深谷先輩の説明も上の空で聞いてると、さすがに部長が異変に気づいたようで、

「どうしたの、春山くん?」

「あの……ちょっと、足が、しびれまして……」

 ここはしょうがない。恥ずかしいけど正直に打ち明けた。


 そんな僕のことを、呆れたような目で見た深谷先輩は話を止め、ふーっとため息をついてから、

「そうね、少し休憩しましょうか」

 そういうと立ち上がり、次の準備のためにか台所の方まで行ってしまった。


 深谷先輩、すごいなー

 正座してたのに、そのままスッと立ち上がって歩いて行っちゃって。


 僕が感心していると、心配そうに顔を覗き込んでくる部長。


「しびれちゃったの?」

「……はい」


 さすがにこのまま正座を続けるのは厳しいので、正直に話す。


「足、伸ばしていいですか?」

「うん、いいよ。まだ慣なれないからね」


 正座を解き、足を伸ばすと、足先がジンジンして痛い。

 やばいなー 痺れると本当に立てなくなるもんだな。

 立ち上がろうとしても、全然、力が入らない。


 僕は足を伸ばして、つま先をマッサージしていると……?

 部長が不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてきて……?


「春山くん?」

「はい?」


「足、しびれちゃったってことは、動けないんだよね?」

「まぁ、はい」


「じゃあ、なにされても動けないんだ――」


 そう言うと?

 僕の足を指で突っついてきた!?


 なにしてるの!?この先輩はぁ!?

 普通に痛いんですけど!?


「……あの部長、立てないですけど、両手は動かせますからね」


 僕の足を弄ぶ部長の手を、ゆっくりと払いのけた。


 すると……


「ねえ、どうしよう春山くん」

「どうしたんですか?」


「私も、足、しびれちゃった」

「……はあ?」


 そんなこと、あるはずないでしょう!?

 そんな様子なかったし!


 でもそう言うと、行儀よくたたんだ正座を崩して、足をこっちに向けて伸ばしてきた。

 そのはずみでスカートが乱れ、かなりきわどい位置までめくれあがっってしまった!?


 部長の血色の良いふくよかな太ももが、いやおうなしに僕の視線に入ってくる。

 

 これは非常に目のやり場に困る。

 いや、本当に困るからやめてくださいよ!


「あー もし今、春山くんに襲われたら、抵抗できない! 私、逃げられないなー」


 わざとらしく、僕をからかうように言ってくる!

 何を言ってるんだよ……

 この先輩は……もぅ……


 絶対しびれたなんて嘘だよ!

 そんなことになるはずがない。絶対わざとだ。

 また僕をからかって楽しんでるんだ。


「襲いなんかしませんよ。僕だって動けないんで」

「でも、両手は動くんでしょ?」


「……」

「足、掴まれたら逃げられないー」


 そういって足をバタバタさせる部長。

 それ以上暴れると、スカートが! いろいろ危険だから!


「ちょっと!」


 急に大きな声をあびせられて、ビクッとしたら、

「なにしてんのよ! 二人とも!」

 戻ってきた深谷先輩に僕たちの様子を見られ、おもいっきし怒られた。


「春山くん、足、痺れちゃったんだって。私も痺れちゃったから、足、伸ばしてるんだ―」


 部長は気にもせず、へらへらしてるが、なんで僕も巻き込まれて怒られなければならないんだろうか。


 もしかして、深谷先輩への僕の印象、すごく悪くなってない?



 そうこうして足の痺れも取れたころ、深谷先輩にもう一度正座するよう言われる。


「じゃあ、正座に慣れなさい」

「はい」


「しばらく正座してて」

「は、はい」


 なぜか叱られた僕は、おとなしく伸ばした足をたたみ、礼儀正しく正座する。


「私、これから部活の書類を職員室に提出しに行くから、戻ってくるまでそのままでいるように」


 え? このままの状態で放置?

 正座の練習なの? これって、お仕置きというか体罰じゃない?


 そう言い残すと深谷先輩は部室から出て行ってしまった。


「はあ~」


 深谷先輩が見えなくなったら、思わず大きなため息が出てしまった。

 部長が目の前にいるのにもかかわらず…… 

 疲れや困惑やら不安といった禍々しいものが、ため息となって僕の体から放出されてしまった。


 わざわざ正座をするために、茶道部に入ったわけではないんだけど。


 ……と、いうか、今、もしかして、部長と二人っきり? 


 これは……不安しかないんだけど……


「大丈夫?」

「まだ、なんとか」


 忠犬のように正座のまま固まっている僕のところに、部長が寄ってきた。


「きついと思うけど、茶道やるからには慣れないとね」

「はい、しょうがないです」


 部長はしばらくのこと、正座する僕のことを見つめていた。

 そんなに見られても気まずいんですけど。

 それだけでなく、意味もなくスカートの裾を手で持ってヒラヒラさせたり、太ももを開いたり閉じたり……

 上半身を大きく伸ばして、無意味に胸を強調さしてくるし……


 もう完全に、僕のことをからかっているのね。

 というか、この僕には刺激が強いので、正座の状態で股間が反応されでもしたら、大変なことになるっていうのに……


 痛みと妄想に耐えながら正座をしていると……

 しばらくして部長が、僕の前でゆっくり立ち上がり、背を向けた?


 ……? 


 どうしたのかと思えば?

 ゆっくりと僕の膝の上に?

 椅子に座るかのように?

 腰を下ろしてきた!?


 部長のふっくらしたお尻が、僕の太ももの上に置かれる!?


「ちょっ! 何してるんですか!?」

「特訓だよ、正座の特訓!」


 特訓!? って、普通に足が痛いですって。

 女の子とはいえ、一人分の体重が乗っかっているのだ。

 足首がねじ切れそうに痛い。


「痛いですから! やめてください、って!」


 顔に部長の髪がかかってしゃべりにくい。

 シャンプーのさわやかな匂いが鼻をくすぐるが、そんなことを感じる余裕もなく、ただただ足が痛い。


「ちょっと、部長! どいてください。重いですって!」

「お・も・い!?」


 その言葉に反応してお尻に体重をかけ、をぐりぐり押し付けてくる。


「すみません、重くないです。でも、おも……痛いです……」


 なんなの! この人!?

 可愛い顔して!!

 まさかこんな人だったなんて!


「いたたた……痛いです、痛いですってば」


 苦しみに耐えていると、


「もう! また何やってんのよ、あなたたちは!!」


 入り口からの深谷先輩の怒号が!?


 助かったー 戻ってきてくれた!


 僕の足を苦しめていた部長は、その言葉を聞いて飛び降りた。


 そして、なぜかまた被害者の僕も怒られた。


「正座の練習を手伝ってるんだよ」


 なに言ってるの、この人!?

 部長は平然と恐ろしいことを、笑顔でさらっと言い放った。


 まさか美少女のお尻を、膝の上に乗せるなんて!

 ……全然、嬉しくなかったけどぉ。


「香奈衣……それ江戸時代の拷問よ」


 ……そうかぁ。

 これから、いろんな意味での拷問が続くのかぁ~

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