僕は秋芳さんに弄ばれる

夜狩仁志

第1話 はじまり

 

 何故か今、僕の目の前には、この高校でトップクラスに可愛いと噂される美少女、秋芳あきよし 香奈衣かなえ先輩が足を投げ出して体育座りをしていた。


 制服のプリーツスカートでそんな仕草をするものだから、スカートの裾が股の付け根近くまでずれ落ちて、薄桃色の艶のある太ももがあらわになる。

 しかも、下着が見えそうな際どい位置にまでずれ落ちてきている……

 ちょっと視線を下げれば、中まで見えてしまいそうな位置。


「せっかくだから、そのまま履かせてくれる?」

「えっ??」


 中学時代、まともに女の子と話したことも、接したこともなかった僕が、まだ高校入学して間もないのに、なぜこんな状況に陥っているのか?


「春山くん? せっかくだから靴下、はかせてくれるかな?」

「はあぁ!?」


 その場で困惑している僕を見て、意地悪そうな笑みを浮かべながら、同じことをもう一度言う。


 そんなこと自分でやってよ……


 女の子の生足に靴下を履かせるなんて!!

 しかも、こんな綺麗な先輩の……


 そんな無理難問に、僕は震える手で純白の靴下を掴み、指が直接肌に触れないように履かせようと頑張ってみる。

 ちっちゃくて可愛らしい女の子の足の指は、小動物のように動いていた。

 恐る恐るそこに靴下を差し入れ、そのままくるぶしを通し、すべすべのふくらはぎまで、ゆっくりと包み込ませた。

 ただ足に靴下履かせただけなのに、それがとてもエッチなことのように思えてく。

 なんだか、やってはいけないことをしているような、変な罪悪感みたいなものまで湧き上がってきた。


「ありがとう、春山くん」


 可愛らしい顔をニッコリさせてお礼を言ってくれる部長。

 変な気持ちだ。

 実に変な気分だ。

 とても……不埒で不謹慎なことをしてしまったような……


「どう…………いたしまして」


 その時、僕は耐え切れず、ついに部長の……下半身へと視線を向けてしまった。

 …………が、部長は股の間で手をついて、ちゃっかりスカートは押さえ、中を見えないようにしていた。

 それでも、太ももはギリギリまであらわになっていた。


「どうしたの?」


 ニヤニヤしながら、どうしたのって?

 分かってて、わざと聞いてるんだ、絶対。

 こんな僕の反応を見て楽しんでいるんだ!


 秋芳部長って、こんなタイプの人だったの?

 なにもしなければ絵に描いたような美少女なんだけど……


 ―――あの時、

 初めて部長を目にした時は、こんな人だとは思わなかったのに―――


 僕が秋芳部長を初めて目にしたのは、新一年生対象の部活紹介の時だった。

 入学して間もなくのころ、体育館に集合した一年生に対して、各部活の代表者が壇上に上がり部活のアピールや紹介をした時のこと。


 そこで茶道部代表として、秋芳部長が現れたのだった。


 僕は心底驚いた

 壇上に上がったその姿は、まさに舞台に上がった清楚で綺麗なアイドルのように見えたからだ。

 顔、身体、髪。

 照明に照らされたそれらは、すべてが輝いて見えた。

 まさに美少女という僕たちの理想を具現化したような姿。安っぽい言葉で表現すれば女神様。


 僕は、高校とは、こんなにも綺麗な女の子が存在し、僕と同じ環境で生活している場所なのかと、驚愕してしまった。



 ―――――――――――――



 ホームルームが終わり、長い一日の授業が終わりを告げた。

 先生が教室を出るとともに、クラスのみんなは繋がれた首輪が外されたかのように一斉に散り散りになった。

 あるものはすぐさま外に、あるものは一か所に集まり話をし、部活のあるものはそのまま部活へと向かい……


 僕、春山はるやま 勝喜かつきがこの高校に入学してまだ2週間。

 そんな僕に仲の良い友達が早々にできる訳もなく、しばらくそのまま席に座ったままボケーとしていた。


 ここの高校は部活動が盛んで有名な高校だ。

 特に体育系が全国レベルであって、それに所属する目当てでここに進学する生徒も少なくないらしい。

 中でも野球部は甲子園に何回か出場、サッカーやバスケも全国レベルである。

 それに伴ってチアリーディング部や応援部、そして吹奏楽部が人気で、全校生徒の8割はこのどこかの部に所属しているらしい。


 入学後、基本的に生徒は、必ずどこかの部活に所属しないといけない……

 ……という決まりではないが、さすがに無所属というのはまずいかな〜と、僕なりに思っていた。

 かといって、何か取り柄があるわけでもなく、スポーツが得意ということもない。ましてや全国レベルの部活に入ろうなどとは、これっぽっちも思っていない。

 僕が部活選びに困っていた、そんな時。僕は茶道部部長である秋芳あきよし先輩に勧誘されてしまったのだ。


 僕は席に座りながら、その時のことを思い返していた。


 長く美しい黒髪をなびかせて、目鼻のどのパーツをとっても美しい整った顔立ち、そしてアイドルなみのプロポーション。

 そんな美少女に誘われたら、断れないよ。



「あのー 春山くん……」


 そんな考え事をしていた僕に、クラスのまだ話したこともないし、名前も知らない女の子から声をかけられ、

「あー はい?」

 と、寝ぼけて気の抜けたような返事をしてしまった。


「なんか、先輩が呼んでるみたいだよ」


 先輩?


 そう言われ廊下のほうに顔を向けると、こっちに笑顔を向けて大げさに手を振ってる部長が……!?


 ちょっと? なんで僕の教室まで来てるのぉ!?

 恥ずかしいじゃん!?


 クラスの何人かは、部長の存在に気づいたらしく、僕を変な目で見てるのが視線で分かる。


 恥ずかしいんですけど、ほんとに……


 僕は逃げるようにして急いで荷物をまとめ、教室を出た。


「おはよう! 春山くん」


 僕を見つけて嬉しそうな秋芳部長は、そのセーラー服よりも黒く背中まで伸びた艶やかな髪をかき上げながら挨拶してくれた。


「お、おはようございます」


 ここの高校は、制服のスカーフの色や、上履きの色が学年ごとに分かれており、僕たちの学年は赤。部長の第二学年は緑。

 なので一年生の教室に来ると、ぱっと見すぐ目立ってしまい、廊下を通る生徒がみんなこっちを向いてくるのだ。

 そうでなくても部長ほどの美人なら、男子生徒なら一度は振り向くだろう。


 僕だって目の前で顔を合わすのも恥ずかしいし、会話をするのだって気が引けてしまうというのに。


「ど、どうしたんですか、こんなところまで?」


「それは、あなたが逃げないために迎えに来たによ!」

 と、部長の後ろに隠れるようにして立っていた茶道部の副部長である深谷ふかや先輩が、僕に眼鏡越しで視線を鋭く刺しながら言い放った。

 部長と同じ学年、クラスの深谷先輩。スレンダーな部長に対し、豊満でメリハリのある体型。特に大きな胸に目がいきがちだが、肩にかかるかどうかという髪の深谷先輩は、部長に負けず劣らず美人の部類に入った。

 そんな深谷先輩は、ボディーガードのように部長の後ろに静かに立っていた。


「べ、べつに逃げたりはしませんよ」

「じゃあ、なんですぐ部室に来ないで、教室でボーとしてたのよ!!」

「……いや、ちょっと疲れただけで」


 ちょっと強めな口調で詰問してくる深谷先輩は、生真面目でクールというか冷徹というか…………なんか僕にとっては苦手な相手なのである。


「まあまあ、二人とも。早く部室に行こう!」


 そんな僕たちを、部長は割って入ってきて、ウキウキで先を歩き始めた。


 何がそんなに楽しいのかは分からないが、僕はあまり目立たないよう、肩をすぼめながら部長の後ろに続いて歩く。


「なんだか春山くんに、リード付けて散歩したい気分だよね」


 部長は笑顔で振り向いて、恐ろしいことを僕に言ってきた。

 もちろん冗談だろうが、本当にやりそうな勢いなので怖い。

 部長は部長で距離感が近すぎて、いまいちどう接すればいいのかよく分からない。

 そもそも僕はあんまり女の子と接したこともなく……


「あっ! 私たちもちょっと前までは、この教室使ってたんだよね~ 懐かしいなー!」


 突然、過去の記憶をよび覚ますかのように歩く部長。

 正直黙って歩いてほしい。

 周りの生徒からの視線が恥ずかしくてたまらない。

 ちなみに僕の背後から、チクチクと突き刺してくる深谷先輩の視線も何とかしてほしい。


 一年生の学級に二年生が歩くだけで目が向くっていうのに……

 しかも、この二人結構美人な方だと思うし。

 こんな自分が評価するのもおこがましいのだが、そんなお二人の先輩と、容姿も才能も能力も平凡な僕が並んで歩くなんて許されていいのだろうか?

 だから余計に他の生徒が、羨望と疑問の視線を向けてくるような感じがして、非常に落ち着かない。


 相変わらずピクニック気分の部長の後を、そんな僕はうつむきながらついていく。


 道中、部長が「これからがんばろうね」「茶道って楽しいんだよ」とか気にかけて話しかけてはくれたが、僕は「はい」「はい」と答えるのが精いっぱいだった。


 そんなことをしながら、茶室のある茶道室の前までやってきた。


 部長がカギを開け、中に入ろうとした時、

「ちょっと待って。先にみーちゃん入ってくれる?」

 入ろうとしていた部長は、急に立ち止まる?


「香奈衣、どうしたの?」

「今日 体育の授業やったから靴下汚れてるかも。履き替えようかな~って」


 みーちゃんと呼ばれた深谷先輩は、「そう」と言葉少なく答えて先に入ると、上履きを脱ぎ横の靴入れにいれ、段差を上がり和室に上がり込んだ。

 そして、香奈衣と呼ばれた秋芳部長は入り口の段差に腰を掛け、鞄をあさりはじめた。


「春山くん、部活の時は畳に上がるから、きれいな靴下を履いてきてね」

「わかりました」

「それと、基本的に色は白ね」


 校則でも靴下は無地の白か黒か紺とかになってたし、なにもなければ白いのを履いてきてる。

 今日も白い靴下だから問題ないと思う。


 部長はどうやら靴下を履き替えるようだった。

 一段上がった台に座り込むと足をゆっくりと伸ばす。

 僕の目の前で魅惑的な血色の良い奇麗な足が、スカートから延びる。

 体育座りになってるものだから、スカートの裾が股の付け根近くまでずれ落ちて、中が見えそうな位置にまできている。


 非常に……目のやり場に困るのだけど……

 横にいる僕の身にもなってもらいたい。

 正面から見たらきっと……そのぉ……中が……まる見えに違いない。


 部長はそんな僕にお構いなしで、身体をくの字に曲げ、足先から靴下を抜き取る。

 そこに小さく可愛らしい足先が現れた。


 ただ部長が靴下を履き替えているだけなのに、卑猥に見えるのはなぜだろう?


 それにしても奇麗な足だなー

 美人の人は、頭から足の先までどの部位でも、きれいなのだろうか?


 そんなことを考えていたら……

「どうしたの?」

 と、いきなり部長が僕の顔に視線を向けてきたので、とっさに目を背けてしまった。


「なんでもないです!」


 急に顔を背けたからもんだから、これでは僕が部長の足を変な目で見ていたとか思われてしまうじゃないか?


「ふーん」


 早く終わらせてくれないかな……


「あっ、靴下飛んでいっちゃった!」

「は?」


 僕は視線を部長の足先に戻すと、その足先の数センチ向こうに白い靴下が落ちていた。


「ねぇ、春山くん。ちょっと取ってくれるかな?」

「えっ?」


 なんでそんな所に、落ちてるの? もう?

 それに、これくらい自分で拾ってよ。

 ……もしかしてワザと?

 放り投げた、とか?


「取って、く・れ・る・か・な?」


 と、ニヤニヤしながらお願いしてくる。


 くっ……

 これは絶対、ワザとだ!


 だって、足先に落ちた靴下拾って……

 振り向いたら……

 ……見えちゃうんじゃない?


 だから、ワザとエッチな悪戯して、僕の反応を試してるんだ。

 そうだきっと!


 まあ、さすがに、そんなことは出来ないので、視線を背けたまま拾い上げる。


「ありがとう。じゃあ、せっかくだから、そのまま履かせてくれる?」

「えっ!?」


「春山くん? せっかくだから靴下、履かせてくれるかな?」

「はあぁ!?」


 その場で困惑している僕を見て、意地悪そうな笑みを浮かべながら、同じことをもう一度言う。


 そんなこと自分でやってよぉ……


 僕は震える手で靴下を、肌に触れないように、なんとかして履かせおえる。


「ありがとう、春山くん」


 変な気持ちだ。

 すごく……変な気分だ。


「どうしたの?」


 ニヤニヤしながら、どうしたのって!?

 分かってて、わざと聞いてるんだ、絶対。


 部長って、こんなタイプの女の子だったなんて。

 茶道部の部長っていうもんだから、おしとやかで、慎ましく、大和撫子みたいな人を想像していたのに…… 



 あの時、

 初めて目にした時は、こんな人だとは思わなかったのに……


 僕が秋芳部長を初めて目にしたのは、新一年生対象の部活紹介の時だった。

 体育館に集合した一年生に対して、茶道部代表の秋芳部長が壇上に上がりがり、部活のアピールや紹介をした時のこと……


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」


 美少女の落ち着いて澄んだ声が体育館に響いた。


「私たち茶道部は、おもてなしの精神で成り立っております。先ずは皆さんをこの高校へおもてなしできることを、先輩にあたる私たちは嬉しく思っております。

 皆さん、『主人公』という言葉を知っていますか? 小説や映画など物語での『主役』という意味ですね。でも、本来の意味は違います。『主人公』とは、茶道が影響を受けた禅語の言葉で『本来の自分』を意味する言葉になります。

 お茶会を通してお客様をおもてなし、そして本来の自分を知る。

 皆さん、私たちと一緒に茶道を通じて、青春時代という物語の『主人公』になってみないでしょうか?」


 僕は、高校に入るとこんな素敵な女の子がいるのか?

 こんな大人びた考えをした学生がいるのか?

 と感激した。


 そんな部長のスピーチの内容が、わずかではあったが僕の心の中にも響いてきたのだった。


 主人公……かぁ……


 その言葉は僕には無縁の言葉。

 今まで目立たずに、何か秀でたことも、能力も技術も、一切ない。平凡な人間。

 体格も容姿も、ごくありふれた一般男子。

 生まれも育ちも普通のモブ中のモブ。


 むしろ主人公なんて、部長のような美しい人のためにあるような言葉。


 でももしかしたら、こんな僕でも……主人公に……?


 今まで背景の一部でしかなかったモブな僕が、もしかしたらという一抹の希望。 


 今まで他人の顔色ばかりうかがって流されていた僕。

 自分から積極的に動くことをしなかった僕。

 そんな主体性のない僕。

 本来の自分なんて全然考えたこともなかった。


 きっと、これからの高校生活も何事もなく、ただ、ダラダラと過ごしていくのだろうと思っていた。

 なんの希望も夢もなく、ただ惰性で一日一日を過ごしていくだけの存在。


 でも……

 でも、もしかしたら高校入学を機に今までの自分から変われるのなら。

 この先輩のいる茶道部に入部すれば、僕は"主人公”になれるのかもしれない。


 ……そう感じて、一時は茶道部入部も考えた。

 が、やはり、すんなりと入るのには抵抗があった。


 こんな僕が、あんな奇麗な人とうまくやっていけるのだろうか?

 しかも茶道なんて、まったくの素人だし。

 そもそも、男である僕が茶道?


 決心もつけられずオロオロしていた、そんな情けない僕。

 そして入部届提出最終日に迫った日のこと、中庭で開かれた最後の勧誘会で、僕は秋芳部長に見つけられて、体験入部といってそのまま……


 部活紹介での部長は、それはそれは神々しくて、本物のアイドルのように近寄りがたい雰囲気を醸し出していて、

 どこかのお嬢様のように慎ましくおしとやかで、絵にかいたような大和撫子だと思っていたのに。

 あの時は本当に知的で、まばゆいほどの威厳と美しさを身にまとっていた人に感じられたのだ……


 でも、部長がこんな人だとは思わなかった。

 実際話してみると優しいし可愛いのだけれども、距離感が近いというのか、エッチな悪戯が凄いのだ。


 ……本当にこの茶道部に入部してよかったのだろうか?


「どうしたの? 早く上がっておいでよ、ねっ!」


 いつの間にか靴下も履き替え、畳の上に上がった部長が、僕に早く来るように手招きをして促していた。

 無邪気な笑顔をこちらに向けながら……


 これから僕は……どうなる……の、かな……?


 僕は上履きを脱ぐと、茶道の世界へと一歩踏み込んだのだった。

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