天国デジタル化計画
よもぎ望
天国デジタル化計画
ここは死者が永遠の安らぎを得る場所──天国。
死者たちは羊皮紙に神への祈りを書き記し、役所で神の使いとして働く私はその祈りを受け取り、神へと届ける。穏やかな雲の上で変わらない秩序と静けさが何千年も守られてきた。
しかし、最近の死者たちはやたらと落ち着きがない。
「スマホってありますか?」
「祈りってオンラインでできないんですか?」
「Wi-Fiどころかネット環境が無い!?天国なのに生きてた頃より不便っておかしいでしょ!」
最初は何かの冗談だと思っていた。まさかこの清く美しい天国に、あんな欲と堕落を煮詰めたようなものを求めるなんて、と。
だがあまりにも質問をする者が後を絶たない。それどころか年を重ねる毎にそんな死者は増え続け、次第に手書きの祈りや雲の上での生活を「古臭い」「天国に改革を!」と抗議活動を行う者まで現れ始めた。
「死んだ後にも忙しい人達ですね……」
同僚の言葉に深く頷きながらも、使いとしてその場しのぎの対応を続けるしかなかった。
百数年、祈りとともに死者からの苦情を神へと届けていたある日のこと。
「天国をデジタル化せよ」
神からの、耳を疑うお告げがあった。
---
お告げの翌日、まず始まったのは『Wi-Fi』の設置工事だった。
専門家として神に創られた者たちが雲を削り、アンテナを立て、電線を張り巡らせていく。その光景を見ていた私と同僚たちは思わず声を荒げた。
「なんてことを!雲は神聖な存在なのですよ!?」
「でもこれがないとネットは繋がりませんよ」
「だからって、削って形を変えるだなんて……もっと他にやり方は無いんですか?」
「雲は安定感もあって設備を置くのに丁度いいんですよ。削るだけなので工事も早いですし。神様からもお許しは得ていますから、ね?」
雲は自然に形を変える姿を眺め、癒されるもの。その上を歩くことはあれど、機械の部品にするなんて冒涜以外の何物でもない。けれども、我らが神がそれを許した。その言葉に、私たちは呆然とその場で立ち尽くすしかなかった。
抗議も虚しく、天国の雲はあっという間に変わっていった。青空にアンテナが立ち並び、電線が張られ、雲の合間を小型のドローンが飛び交う。何万年と変わらず守り続けてきた私たちの美しい天国は、もう此処には無かった。
天国の変化と同時に、私たち神の使いも変化を求められた。
1人1台『スマホ』という小さな機械と分厚いマニュアルを渡された。画面を指でなぞると動き、文字を打ち込めるものらしい。今まで手書きだった祈りをこれ1台で行えるようにと配布された物だが、いくら操作をしても慣れず叩きつけるように机へ置いた。
「なんだこれは!気持ちもこもっていない文字の羅列では祈りの意味が無いじゃないか!紙に書くよりも面倒で、何がいいんだこんなもの!!」
しかし、そんな神の使いの苦悩を他所に、死者たちはスマホに夢中だった。
天国SNS「天チャット」での投稿、バーチャル雲散歩アプリ、メイン機能の祈りのデジタル送信――あらゆる新機能に「便利だ!」「すごい!」と歓声を上げている。
「……これが、死者達が望む天国なのか?」
歓喜するその姿を見て、私はただ嘆くしかなかった。
---
デジタル化から数十年。私は今日も天国ご相談フォームに送られてきた死者たちの意見をまとめながら、受付にやってくる死者の様々な手続きを行う。
デジタル化されようとも仕事の内容自体は変わらない。それどころか、役所専用アプリの管理や今までの死者情報のデータ化など余計な仕事が増えたくらいだ。楽を得たのは死者たちだけで、我々は忙しくなるばかり。
「こんなスマホ一つで、いい迷惑だ」
私は小声でつぶやいた。
その瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。
「……?」
反射的に取り出し、画面を確認する。天国SNS、天チャットに神の新しい投稿が届いた通知だった。
『今日も天国の絶景を楽しんでいます。#神様 #雲の海 #天国日記 #天国絶景スポット』
内容を流し見た次の瞬間には流れるようにいいねのボタンをタップし、素早く『絶景のおすそ分けありがとうございます!』とコメントを送信する。
すると直ぐにスマホの画面上部に『神アイドルグループ☆えんじぇる5☆が新作動画を投稿しました』の通知が。それもすぐさまタップして動画サイトへ飛びいいねを押す。
「あのう……転居手続きを行いたいのですが……」
はっと顔を上げれば、困ったように眉を下げる老人の死者が立っていた。頭を下げて書類を受け取り手続きを行うその間にもスマホの通知はなり続けている。
全く、忙しくて手も目も足りない。デジタル化には困ったものだ。
天国デジタル化計画 よもぎ望 @M0chi_o
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます