天才ママと双子アンドロイド
「殺伐百合投稿企画」より お題は「羊」
私とドリーは双子のアンドロイドだ。
アンドロイドなのに双子とはいかに、と言われることもあるが、同じ図面から起こされて、同じ鋼材から型を抜かれて、同じロットの塗料で爪先を塗られているのだから、双子と呼ぶのが一番ふさわしいだろう。
なにより首の後ろの型番がそれを示している。
リリー(私のことね) 0122‐1
ドリー(かわいい妹) 0122‐2
主番号は同じだが、子番は私の方が若い。だから私の方が姉、ということになっている。
ママがドリーを連れて来た日のことは、よく覚えている。
「この子はあなたの双子の妹よ。今までずっと私の両親と山で暮らしていたのだけれど、これからは一緒に住むことにしました。仲良くしてね」
あまりに突然のことだったけれど、私は驚かなかった。
ママのやることはいつだって突然だったし、なによりママは機械工学と生物学と幼児行動学の博士で、これも何かの実験の一環だろうとすぐに察したからだ。
別環境で育った模擬双生児の行動様式観察、とかね。ふたりのロッテみたいなものだ。
「ドリーは今まであまり人と関わってこなかったから、あなたがいろいろ教えてあげるのよ、リリー」
私は双子の妹だというその子をじっくりと見つめる。
淡い色の髪も背丈も10才相当の私とまったく同じ。ただ、表情はドリーの方が少し硬かった。顔の操作に慣れていなかったのだろう。
あれは不思議なシンクロニシティだった。
たとえば、鏡に映った自分の姿になんとなく違和感を覚えることってあるでしょう? あれ? 私こんなに老けてたっけ? って言う風に。ママがよく言うの。そういう感じ。
初対面のとき、まさしくそんな気分だった。全部同じなのに、全部ちがう。
とりあえず私は挨拶しようと思って、「ハイ」と右手を上げた。
真似するように、ドリーも左手を上げた。
鏡合わせだ。
それからドリーはゆっくりと私に手を近づけ始めた。私はこれが単なる挨拶の作法じゃないことに気づいていたけど、止めなかった。
そうすべきだと本能が命じた気がしたからだ。
最初十五センチほど離れていた私たちの手のひらは、やがてぴたりと重なりあう。
その様子を見て、ママはにっこり微笑んだ。
「これですっかり仲良しね」
髪の色も背丈も同じなら、手のサイズも、手相までも寸分たがわずまったく同じ。
手のひらから伝わる熱源を感じながら、これは私の双子の妹だ、と身体の真ん中から理解した。
そうして、ドリーと私は出会ったのである。
やってきたばかりのドリーは、最初のうちこそ固い表情をしていたが、一週間もするうちに、私と同じようなほほ笑みを浮かべるようになり、ひと月も経つと怒りをあらわにし、三か月もすると、ママの「電話にでんわ」系のくだらないダジャレに片唇だけを上げた苦笑をすることもできるようになった。
「これもあなたのおかげね」とママは私を褒めてくれた。
「いつも一緒にいてくれるから、ドリーはどんどんあなたに似てくる」
ママの言葉どおり、私とドリーはいつも一緒に過ごしていた。つまり、ラボにいりびたっていたってこと。
ママは機械工学と生物学と幼児行動学を教える大学の教授で、居室と実験室を与えられていた。
「私はね、全ての子供たちが救われればいいなと思っているのよ」とママは言った。
普通の学校には通っていないから、同年代の友達はいないけど、出入りの学生たちが遊んでくれるから、暇になることはない。カードゲームで遊んだりとか、テレビゲームで対戦したりとか。
「君たちのママはすごいよ。頭の回転も根性も執念も、どれをとっても桁外れだ」とそのうちの一人がドリーの頭を撫でた。
「ちょっといかれたところもあるけど」とまた別の学生が言う。「天才であることには違いない」
「ジョークの才能はないけどね」とドリーは笑った。
学生たちは、ときに下品な噂話も教えてくれた。
「面白いことを教えてやろう。いい男を見抜くコツだ。手を見るといい」
トランプのカードを切りながらドリーは言った。
「どうして?」
「手のでかい男はイチモツがでかいと相場は決まっている。教授の下で生物学を学んでいる俺たちが言うんだから本当さ」
ドリーは切ったカードをその場にいる全員に振り分ける。
「逆に言うと、手の小さい男のブツは使い物にならない」
私のところにやってきたカードはキングが三枚とエースが二枚。
フルハウスだ。これは勝ちだ。
「そして君たちのママとかつて婚姻関係にあったバーグマン教授の手は、赤子のように小さかった」
勝利を宣言する前に私は思わず吹き出してしまった。ドリーはきょとんとしていたが、
耳打ちして本当の意味を教えてやると、やっぱり噴き出したけど。
ドリーがやって来てから半年ほど経った。
ママが特別に開発した鋼材のおかげで、私たちの背はぐんぐん伸びる。まるで普通の子どものように。
私たちはときどき背中合わせに身長を測ってみたけれど、精密な設計のたまものか、一ミリと違ったことはなかった。
「ママって本当すごい!」
ドリーは嬉しくって飛び跳ねたし、私も飛び跳ねた。
こんな風にして、私たちはいつも一緒に笑い、共にあくびし、ときに両手を重ね合わせた。
私たちが離れ離れになるのは、一週間に一度、真夜中の一瞬だけだ。
普段は学生と教員用の仮眠室にある二段ベッドで私たちは寝るのだけれど、毎週木曜だけは、ドリーはママと一緒に研究室で過ごす。
「私の方が遅く生まれたから、補習が必要なの」とドリーは言った。
そのことをドリーは少し恥ずかしく思っているようだったけれど、私は羨ましかった。
だって、ママはいつも忙しくってあんまりかまってくれないから。
だからあるとき、私はママにお願いをした。
「ドリーの補習、私も手伝わせて。二人で教えた方が、効率が良いに決まってる」
すると、ママは見たこともないくらい怖い顔を垣間見せて、すぐにひっこめた。おっと、いけいない、いけないという風に。
「リリー、少しは我慢なさい。だって、あなたは今まで私を独り占めしてきたのでしょう。ドリーにもそういう時間が必要なの。ね、お姉ちゃんでしょう?」
私はなんだかおかしいな、と思った。本能が私に警鐘をならす。お前はごまかされてるぞ、リリー。
これは何か特別な理由が隠されている、と。
学生たちのひそひそ話を聞いたのは、それからすぐのことだった。
「なあ知ってるか? ドリーとリリーのこと。あいつら、どっちか片方が人間で、教授の本当の娘だって話だぜ」
私はこの研究室を出たこともないけれど、ドリーはあろうことかママの両親と暮らしたことすらある。
私は毎晩ぐっすり眠るだけだけれど、ドリーは毎週木曜にママと二人きりで過ごす。
なんだ、双子のアンドロイドなんてばかばかしい。
私はすぐに悟った。
ドリーこそが人間で、本当のママの娘で、だからママはドリーのことをひいきし、可愛がるのだ。
木曜日の夜、何にも知らない私のことをあざ笑う二人の姿が、脳裏にまざまざと思い浮かぶ。
そんなの絶対、許せない。
次の木曜日、私は研究室の中で武器になるものを探していた。コンクリートに穴を開けるドリルや、金をも溶かす酸性薬に、ダイヤモンドを燃やすバーナー。
人体を破壊できそうなものは実験室何でも揃っていた。
でも、私が選んだのは、割れたビーカーの破片だった。これが一番、きれいな血が出そうだから。
真夜中、やっぱりママのところへ行こうとするドリーを私は呼び止めた。「ねえ、ドリー」
ビーカーの破片を背中の後ろに隠して。
「ずっと聞きたかったのだけど、木曜の夜、いつも何をしているの?」
「言ったじゃない、リリー。補習を受けているのよ」
「本当に?」「本当よ」
問い詰めても教えてくれない。
ぬくぬくと実親の愛を独占しているくせに。
「じゃあ、私は行くね」と通りすがろうとするドリーを私は通せんぼする。
「だめ、今日は行かせない」
「どうしたのよ、リリー。ね、いつものことじゃない」
どうしたって、そんなの決まっているじゃない。
私が背中から刃を取り出すと、ドリーはあっと声を上げた。でも、もう遅い。
「あんただけがママの子どもなんて、そんなのずるいわよ」
月明かりにきらりと刃が反射して、私はガラス片を彼女の首に突き立てた。
そうして、ドリーは悲鳴を上げ、痛みの末に死に至り、ママの子どもは私だけになる、はずだった。
悲鳴の代わりにガッと鈍い音が鳴った。折れたのだ。
ガラスの方が。
「あ…バレちゃった…」
ドリーの裂けた皮膚からは赤い血ではない茶色の機械油が流れ、鋼の筋が露出していた。
「人間なのはお姉ちゃんの方。お姉ちゃんは生まれつき体が弱くて、いずれいくつもの臓器と四肢を移植しなきゃいけなくなる。本当はクローンでも作れれば良かったんだろうけど、全身の身代わりを作れるほどの技術はまだない。で、代わりの身体を育てる器が必要になった。それが私」
ドリーは立ち上がって話を続けた。
私は。
私の手は、ガラスを握りしめたまま、震えていた。手のひらは裂け、ぬるぬると血が流れているのが分かる。
赤い血が。
「ママは確かに天才だけど、時間に合わせて勝手に伸びる鋼材なんてあるわけないじゃん。だから、リリーの成長に合わせて定期的に補修が必要だったんだ」
もう行くね、とドリーが過ぎ去ろうとしたときだった。
自分の所業と底意地の悪さに私は。
ぷつんと切れてしまった。
自分の右目にガラスの刃を突き立てる。手のひらを切ったときと比べ物にならないほど血も噴き出たし、めちゃめちゃ痛い。
でも、やめない
今度こそドリーは悲鳴をあげた。
「ちょっと! リリー、何やってるの!」
「何って自分を傷つけるのよ」
できるだけ、深く深く刃でえぐる。神経が完全に断たれ、使い物にならなくなるように。
太い血管を傷つけることができたのか、どくんどくんと顔中に血が集まってくるのが分かる。視界は全部まっかっかで、気絶しちゃいそう。
でも、その前に言わなきゃいけないことがある。
「早くママ呼んできて、ドリー。あんたの右目、移植してもらわなきゃ」
私の意識は現実以外のどこか遠くへ飛んでいった。
そうして行われた緊急手術の末、私はドリーと同じ、右目の義眼を得た。
「視力も良くなるし、意外と便利ね、電子義眼って」
一週間後、安静状態を解かれた私はベッドの上で手鏡を近づけたり、遠ざけたりしていた。
うんうん、思ったよりも良い感じ。
「そんなこと言うとまたママに怒られるよ」 と言いながらもドリーは私に甘い紅茶を出してくれる。優しい。血を分けた母親よりもずっと。
「いいよ、そんなの」
妹の愛が詰まった練乳入りのミルクティーを私は一気に飲み干す。
もはやママの贔屓や寵愛なんてどうでもよかった。
そんなことより、今はドリーだ。
右目の喪失にもがく中で、命を狙われてなお私を生かそうとしてくれたドリーに、親のものにも勝るめいっぱいの愛を感じた。
私のために生まれてくれたこの妹と、この世界に満ちる喜びも苦しみも分け合いたい。
同じ子宮から生まれ落ちた人間の双子のように。
室内にずっといるせいで青白い太ももを私はなぞる。
身長が伸び切ったら、この脚も交換しようよ。怒られそうだから、まだ言い出せていないけど。
「ねえ、手出して、ドリー」
戸惑いながらも、妹は私が出した右手に左手を重ねた。
初めて会ったときみたいに。
同じサイズの、同じシワの入った手。誂えたようにピタリと合う。まだ小さくて使い物にならない手。
大きくなったら、いつかこの手も交換してもらおう。
そうしたらいつか、本当にアンドロイドの双子になれるかな。
そしてもう一度筆を執るだろう @marucho
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