魔法少女は違法少女を救いたい!
「殺伐百合投稿企画」より お題は「菓子」
「女の子はお砂糖とスパイスと素敵な何かでできているって有名な言葉があるけど、俺は違うと思ってる」
手術台に横たわった私にメスを入れながら、医者は言った。
「女の子は鋼鉄と暴力と悪魔のささやきでできている」
生身の右腕が切り取られ、代わりにチタン製のボルトと小型インバータ、そして継手が埋め込まれる。
「初潮、妊娠、出産、閉経。生きていくだけでさまざまな変化を経験する女体の持ち主は、外から与えられる身体の変化にもとてもよく適応する」
継手の先には鉄でできた義手が繋がれた。指の先には、ダイヤみたいに光る刃が備えられている。
「あの日以来、魔法に覚醒したのがみな少女だったのは当然だ。そして、ときに魔が差してしまうのも。女の子というのは地上でもっとも可能性に満ちた存在だからね」
私が手術台から起き上がると、医者は銅線をハンダで固定し、最後のネジを締めた。右腕からブゥンと何かが動く音がする。
「ごらん、とてもきれいだよ」
看護師が持ってきた姿見に映る全身を見て、私は思わずため息をついた。歓喜のため息を。
「ありがとう。思ったとおり」
鋼鉄でできた握力200の右腕は、魔法少女スターライトを抱きしめてあげるのにぴったりだった。
魔法少女が初めて街に現れたのは、ある年のクリスマスの日のことだった。嬉しいことも悲しいこともすべてが渦巻くお祭りの日。場所はイルミネーションが名物のデートスポットだった。
「オマエラ バカップル ノ ツナイダ テ ミンナ キッテヤル!」
人混みから突如現れた魔物はそう叫びながら宣言通り道行く恋人たちを襲い始めた。
両手がハサミのそいつは、昔の特撮に出てくるバルタン星人にどこか似ていて、とにかくばっさばっさと何もかもを切り裂いていた。
嫉妬。軽蔑。悲嘆。憤怒。憎悪。
悪意というものは誰しも隠し持っているものだけれど、何らかのきっかけで醜い魔物として具現化してしまう。
魔物になった人は、無敵の人と呼ばれ、理性を失い、やたらめったら攻撃を繰り出す。
この頃は、そういう類の事件が頻発していた。
バルタン星人もまた無敵の人だった。
逃げ惑う人々。切り裂かれた恋人たち。飛び散る血。
心温め合う華やかなデートスポットは、一気に地獄の様相と化していた。
もうダメ。このままみんな死んじゃうんだ! 誰もがそう思ったときだった。
「ちょっと待って! あなたの心、私が救ってあげる!」
よく通る声が広場をひらめいた。
声の主は、ヒラヒラしたコスチュームを纏った女の子。イルミネーションよりも光り輝いていた。
彼女が手にしたロッドをえいっと振ると、光を放たれ、バルタン星人はふらりと倒れた。柔らかな光に包まれたバルタン星人のシルエットからハサミが消え、代わりに髪の長い女性が現れた。光の少女は泣きそうな顔の女性を柔らかく抱きしめた。まるで、母親が赤子を出すみたいに。
それは史上初めて、魔物が浄化された瞬間だった。
後に語ったところによると、髪の長いバルタン星人女は、恋人と手ひどく別れたばかりで、幸せそうなカップルたちがとにかく憎かったそうだ。
「でも、浄化された今は何でこんなことをしてしまったのだろうと思う。ちゃんと罪を償わせてください」
こうして血のクリスマスは終わりを告げたのである。
一方、あの光り輝く女の子はといえば。バルタン星人が元に戻る同時に、彼女のコスチュームも消え、近所の中学の制服を着たどこにでもいる女の子が現れた。
「とにかく分からないけど、助けたい!どうにかしたいって思ったの」とカメラに向かって女の子は語った。
正義、癒し、友愛、受容。
あの光の少女の正体は、善意の具現化だった。
「悪意が人を魔物にするなら、善意が人を正義の味方に変えたっていいはず」
彼女のことを、人はこう呼んだ。
魔法少女スターライト。
インタビューの一部始終をテレビで見ていた私は、すっかり痺れてしまった。
なんてかっこいいんだろう! なんて清らかなんだろう!
素敵すぎ!もうメロメロ!
スターライトは私のアイドルだった。活躍する動画を何度も再生し、ポスターを部屋に飾った。ぬいぐるみを自作してうっとりと眺めた。コスチュームと制服の両方を用意して着せ替えしたりして。
私のヒーロー、スターライト。
変身した華やかな姿も、元に戻った素朴な素顔も同じようにかっこよかった。
実を言うと、この共感は全国の街々に及んでいた。
何人もの少女たちが正義に目覚めていったのである。
そして、私も。
14歳の誕生日の日、月の乙女ムーンリットに覚醒したのだ!
あれから今までの間に、何人もの魔物を浄化し、優しく抱きしめてきた。
「あなたの心、私が救ってあげる!」
誰が決めたわけではないけれど、スターライトの放った最初の言葉を、私たち魔法少女は合言葉のように歌っていた。
さて、そういうわけで世間を騒がしていた魔物事件は魔法少女の手によって収束に向かい、世界には平和が訪れました。
めでたし、めでたし。
…とはいかないのが現実だ。
魔法少女に覚醒する子たちは、みんな強い想いの持ち主だった。行き過ぎた正義感とか、お節介にも似た好意とか。
無理をしすぎたり、過剰な努力なんてよくあることだ。
最初はちょっとしたエナジードリンク。お次はアドレナリンの注射、そしてアンダーグラウンドの違法手術。
最初に捕まったのは例のスターライトだった。
「だって、だって! 私が強くなればみんなのことを、もっと守れると思ったんだもん!」
再びメディアに現れたスターライトの右目にはレーザーの出る義眼が埋め込まれ、両足は逆関節の刃付きの義足になっていた。
善意の塊である魔法少女がなぜこんなことに手を染めるのか?
でもさ、よく考えたら善意とか悪意とか、人の感情ってそんなに分けられるものじゃないもんね。
スターライトの逮捕を皮切りに、異形の魔法少女たちは次々に捕縛されていった。
魔物を倒すと言って多くの一般人を巻き添えにしたり、あるいは「この人は無敵の人になるに違いないから」とまだ何もしていない通行人を攻撃し始めたり。
人呼んで違法少女。
で、私?
私はものすごくショックを受けていた。特にあのスターライトのやさぐれよう。もはや魔物と区別がつかない有様だ。
だから、救ってあげなきゃ。スターライトも、他の仲間たちも。
手術台を降りると、私はまずその辺にいた警官を右手で襲い、わざと捕まった。
鉄格子のはまった護送車に監視者付きで乗せられる。
行き先はただの更生施設ではない。
違法少女たちが収監されるのは、地下にあるもっともっと強固な施設。
スターライトの居場所はとっくに掴んでいた。そこで何をしているかも。
そして私は今、大歓声の響く地下のリングに立っている。
観衆は違法少女たち。
地上を追いたてられた少女たちは、あふれる正義感ゆえに、他の仲間たちを浄化してあげようと、日々戦いに明け暮れていた。
けれど、それは清く正しく美しく。
戦いは必ずリングの上で。勝者へのご褒美は両手いっぱいのこんぺいとう。
ムショの中では貴重な甘味だって、秩序正しく分け合っていた。
だって、私たち、立派な魔法少女だから!
義手を付けた闇医者に私はノンを突きつける。
女の子は鋼鉄と暴力と悪魔のささやきでできている?
そんなはずはないでしょう?
私たちはお砂糖とスパイスと素敵な魔法でできているの!
電光掲示板に光今夜のカードを見て、瞳を閉じて、自分の胸を抱きしめた。
月の乙女ムーンリット
vs
光の魔法少女スターライト
「スターライト、私の憧れ、アイドル、大好きだった人」
義眼の伝える赤外線信号があの人を捉えた。
たくさんの救いを受けて、もう人かどうかも怪しいガラクタみたいな姿だけど。
私は右手にそっとキスする。大丈夫、きっとやれる。
「あなたの心、私が救ってあげる!」
対戦開始のゴングが高らかに鳴り響いた。
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