第27話 四百四病を超えた先で
合衆国。
ロサンゼルス。
「ゾンビが、倒れた……!?」
「さっきのアナウンス、聞いたか!? 四百四病の王を倒したって!?」
こちらに向かってうめき声を上げながら歩いていたゾンビが、つぎつぎに倒れ伏していく。
警察官は構えていた銃火器を下ろす。
「本当に、死んだって言うのか。四百四病の王が」
「俺たちが、勝ったのか?」
□
連合王国。
ロンドン。
「モンスターたちが倒れていく!」
「四百四病の王の力が抜けたからだ……」
聖騎士たちが緊張を解く。
モンスターたちは例外なく倒れ伏していた。
四百四病の王の病によって、無理やり強化されていた反動だ。既に肉体は限界を迎えていたのだ。
「本当に『四百四病の王』が死んだのか?」
「でもワールド・アナウンスなんていうのは、今まで聞いたこともないぞ」
「けれど、目の前の光景が答えなんじゃないのか」
□
大陸国家。
北京。
「道士! 死病に侵されていた人たちが!」
「あり得ない……、みんな回復していく……」
「死にかけていた人たちだぞ!? それなのに……」
先ほどまで生命力がそこをつきかけていた人たちにポーションが即座に効果を示していく。
体を蝕んでいた菌が消えたからだ。
「日本の、『恐神キョウマ』って言ったのか?」
「その人が四百四病の王を討ったのか?」
「だとしたら、その人は救世主だぞ」
□
キョウマは走る。
バカバカしいほどに高まった脚力で、音を置き去りにして。
ハママツ市からナゴヤ市まで、さほど時間はかからなかった。
市内に入ってからはソニックブームをまき散らさない程度の速度に抑える。
そのまま一直線に目指す先は、彼女のいる病院だ。
病院に入った瞬間に受付に駆け寄り、面会を求める。
顔見知りとなった医師に、即座に面会許可が下りる。
走りたい衝動を必死になって抑えながら、彼女の病室に向かう。
そしてたどり着いた病室で待ち受けていたのは。
一人の少女だった。
涙を流し、微笑んで、こちらを見ている。
「キョウマ君。入ってもいいそうよ」
「え」
「既に彼女の体は完全に回復しているわ。筋肉量は足りないから、まだ激しい運動はさせられないけれど」
「じゃあ……」
「行ってあげて」
「はい……!!」
病室に進む。
幾つもの扉を超える。
今回は消毒は必要ない。
キョウマは走ってここに駆け付けた後に、既に着替えている。
そして。
そして彼は。
遂に、彼女とガラス越しではなく、防護服も着ず、生身で対面する。
「ミライ」
「キョウマ君」
少女の顔はやせていた。
キョウマが彼女のために開発したカロリー圧縮剤を投与されていても、そうなることは避けられなかった。
しかし頬がコケているほどではない。
「ミライ……」
ゆっくりと歩み寄る。
ミライは、両手を広げて彼を迎え入れた。
抱きしめる。
片方はほとんど育っていないステータスで、力の限り。
片方は極まったレベルとステータスで壊さないように、ガラス細工を抱きしめるよりも優しく。
「どこか、痛かったりはしないか?」
「どこもいたくないよ?」
「苦しかったりはしないか?」
「大丈夫だよ」
「そうか。そうか……」
キョウマの瞳から自然の涙があふれてくる。
「ミライ。俺は、四百四病の王を倒したぞ。
もう君を苦しめる病はない。
君を縛る病もない。
君の明日を閉ざす病はない。
君の生き方は自由だ。
何者にも縛られない。
自由に生きていいんだ。
この部屋は、狭かっただろ?」
「うん」
「でも、もう大丈夫だ。
この部屋から外に出て、いろんなことができるんだ。
素敵な服を買うことも、美味しいご飯を食べることも、好きな場所で寝ることも。
何だってできる。
成りたい自分になっていいんだ。
もう、大丈夫だから」
「……うん!」
「今まで痛かっただろう。
苦しかっただろう。
でももう、全部終わりだ。
だって。俺が。
キミの病気を治したから」
「キョウマ君」
「ミライ……」
ミライの瞳からも涙があふれていた。
「何が、したい? どんなことでも応援するぞ」
「キョウマ君と、同じ学校に通いたいな」
「分かった。まずは勉強を教えることからだな」
ミライが、明日の話をしている。
その事が、キョウマにはこらえきれないほどうれしかった。
「いいの? これ以上キョウマ君を頼って」
「何を言ってるんだ。親友。俺はお前のためならなんだってできる。
ソレを負い目に感じる必要はない。俺がやりたいからやってることなんだから。
それでもそう感じてしまうのならば、これから俺に返してくれればいい。
色々な形でな」
「キョウマ君。……ありがとう」
「どういたしまして」
「私ね。君にずっと言いたいことがあるんだ」
「何だ?」
「でも今の私にはその資格がない。もらってばかりだから、ちゃんと全部返してから、もう一度言いたいの」
「今すぐ言ってくれてもいいのに」
「だから、代わりに。今、こうすることは許してね」
少女はそっと、キョウマの唇に自分のソレを合わせる。
千の言葉よりも雄弁な、一つの行動だった。
一瞬のようで、永遠のようでもあるその時間。
二人だけの時間が、流れていた。
「え……」
「これが私の言いたいこと」
顔を真っ赤にした少女。
その顔には、もう。
病の気配など微塵もなかった。
「い、いきなり何を……」
「いや、だった?」
不安げな上目遣い。
「そんなわけなだろ……」
「なら、良かった」
少女に負けず劣らず、真っ赤になったキョウマの顔が雄弁に語っていた。
□
本当は言葉にしたい。
このまま抱きしめて、一緒に行けるところまで行ってしまいたい。
でもそれは卑怯だ。
これまで死に物狂いで頑張ってくれたのに、その先の未来を自分に縛るような真似はしたくなかった。
他に好きな人がいるかもしれない。
彼は誰にでも優しいから、いろんな人に好かれているはずだ。
その人とすでに思い合っているかもしれない。
だから、言葉で縛るような真似はしたくなかった。
そう考えると、今の口づけは少し卑怯だ。
でも耐え切れなかった。
ようやく目の前に、自分のためにこれ以上ないぐらい心血を注いでくれた彼が来てくれたのだ。
誰よりも自分を思ってくれた人が来てくれたのだ。
誰よりも自分を守ろうと、助けようとしてくれた人が来てくれたのだ。
そんな人を前に、どうして何もしないままでいられようか。
まるで熱病に侵されているかのように少女の思考は空回りする。
ミライという少女は、四百四病の王のもたらしたそれよりも治療が困難な病に侵されていた。
ずっと。
キョウマと初めて会った時から。
キョウマが自分を助けると誓ってくれた時に、それはより一層深くなった。
キョウマが自分のお見舞いに来てくれるたびに、どんどん進行していった。
キョウマが自分のために薬を開発してくれるたびに、感謝よりも、申し訳なさよりも、それが肥大化していくのが分かった。
言葉にすればいっそ陳腐なほどで、それでもなお言葉にしたくて。
でももう、どれだけ言葉にしてもいい尽くせないほどで。
それほどまでに彼女はソレは進行している。
例え万病の覇王たる『恐神キョウマ』であったとしても、その治療は不可能だろう。
なぜなら、彼こそがその病原なのだから。
四百四病を超えた先で。
四百四病よりも厄介なモノに、少女は心を奪われていた。
恋の病という、きっと一生治ることのない病を。
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