第26話 完全勝利

(あり得ん!!)


 四百四病の王の驚愕は、これまでの比ではなかった。

 自らを知覚できる存在など、この世に存在しなかった。

 だから四百四病の王は不滅だった。

 この世から病という物が根絶されることがないように。

 四百四病の王は目の前の存在が、自分が宿主としていた肉体を破壊するだけではない。

 

 存在そのものを脅かす絶対的強者であると、ようやく気付いた。


「ずっと不思議だったんだ。お前は大量の人間を殺した。なのにどうしてたいしてレベルが上がっていないのか? お前が滅ぼした幾つもの国を考えれば、そのレベルはばかばかしいほどに高まっているはずだ。そうなれば、お前は最強だ。例え前衛戦闘に向いていないステータス配分だったとしても、レベル差の暴力で誰でも殺せるだろう」


 四百四病の王は必死になって自らのを動かそうとする。

 しかし動けない。

 まるで別の何かに押さえつけられているかのように。


「事実俺は、ゴブリンの軍団を殺し尽くしただけで、レベルが2000に上がった。これはこれまでの研究の成果もあるだろうけど、たかだか数十万の殺戮だけでそうなったんだ。お前のレベルは一万を超えていてもおかしくなかった。けれどそうなっていない」


 キョウマの推測は、四百四病の王を研究するすべての者たちが疑問に思っていたことだった。

 だがその先の結論にたどり着いたのは彼だけだった。


「お前の本体は『』だ。病原体が四百四病の王なんだ。それに感染した個体が、疫病を操る力を持っているかのように見えていたんだ」

(クソクソクソクソクソ!!)


 遂に突き止めた、その存在の根源。

 四百四病の王の焦燥は頂点に達した。

 

「レベルを持つ基準は一定の存在強度を持つこと。平たく言えば、大きさだな。ミジンコとかがレベルを持つことはできない。お前もそうなんだろ? 無限に増殖して、病原体間のネットワークを構築することができたとしても、殺戮にあたって獲得したリソースは恐らくレベルを獲得することはできなかった」


 全て的を射ていた。

 この正体に思い至った存在はいる。

 しかし確信を持って言える存在はいなかった。

 病原体が意思を持つなど、これまでの『魔力黎明』以後の常識であったとしてもあり得ないからだ。


「そして『病原体』ならば。俺は殺せる。俺だけが殺せる。なぜなら俺は『万病の覇王』だからだ」


 自らの力が、圧倒的な何かによって支配されていくのが分かる。

 

「ようやくだ。ようやくこの時が来た。お前を殺し尽くすその瞬間が」

『ま、待て!! 取引をしようじゃないか!」

「病原体を一定数支配下に置いたおかげで、意思疎通できるようになったか」

『我とお前の力が合わされば、不可能はないぞ! この世の全てを殺戮し尽くすことも、奴隷にすることもできる!!』

「は?」


 四百四病の王は続ける。


『富も、名声も、力も、女だって思いのままだ!!』

「それが?」

『は?』

「それは役に立つのか? 富も、名声も、力も、女も」

『ああ、お前の人生を彩るのに必要なものだ!!」

「あの子を、お前が蝕んだたった一人の親友を、助けるのに、役に立つかと聞いているんだ」

『は?』

「テメェは何にも分かっちゃいねえ。どうやって俺がこれほどの力を手に入れたのかを」


 キョウマの口調はひどく淡々としていて、顔は影になって見えなかった。

 そもそも今の四百四病の王には視覚という物が存在しないが。


「お前が俺の故郷を滅ぼした。だから、俺はナゴヤ市に来たんだ。そこでより深い研究をすることができた」


「お前が俺の親友を蝕んだから、俺はありとあらゆる微生物とそれにまつわる諸現象を軸としたジョブを極めることにした」


「お前がハママツ市を襲ったから、俺は『万病の覇王』なったんだ」


「他の誰でもない、お前こそが!! 俺という怪物を叩き起したんだ!!」


 キョウマの奥歯が砕け散った。

 ソレほど強く歯を食いしばったからだ。


「そんな怪物が、お前に何を求めると思う?」

『待て……』

「足りないアタマで考えてみろよ」

『待ってくれ……』

「答える気が無いのならば、教えてやる」


「その人たちを含めて、俺たちがお前に望むことは一つだけだ」


 ――苦痛にまみれた死だけだ。


『私を殺せば、次はお前が四百四病の王となるぞ!? それでいいのか!? 人々から恐れられて、疎まれ、攻撃されるに決まっている!!』

「だからお前を受け入れろ、と? 馬鹿にするのも大概にしやがれ」

『いいのか? 我を殺せば、世界中の人間を蝕む病はそのままだぞ!? 我が協力すれば、世界中の人間を救うことができるのだぞ!?』


「お前の力を借りなくても、救う手立てはあるさ。なぜなら俺は『万病の覇王』だからな。それ以前に、ネームドの影響を受けた存在の力を削ぐのには、大本であるネームドそのものを殺すのが最善手だ」


 もはや、万策が尽きた。

 そうなったとき、四百四病の王の思考を占有したのは。


『あ”あ”あ”!! 嫌だァァァ!! 死にたくない!! 死にたくない!!』


 死への恐怖だけだった。

 これまでどれだけの強敵を目の前にしても、自らに死が迫ることはなかった。

 四百四病の王にとって、闘争とは遊戯だった。


 人間に例えるのならば、画面の中にいるはずのNPCが急に現実に飛び出てきて、自分を殺そうとしているというぐらいに理不尽なのだ。

 ソレを正しく認識したうえで、キョウマはただ一言だけ呟いた。


「ほざけ。屑が」

『頼む!! 頼む!! 助けてくれ!! 何でもする!! 何でもするからぁ!!』

「お前風情の出来ることが俺にできないとでも思ってんのか?」


 キョウマは、遂に自らの力を解放する。


『あ、ああ、体が! 体が消えていく!! 痛い! 痛いよ!!』

「みんな、もっと痛かったさ」

『ゆ、許してくれ!! 頼む!! 我が悪かったから!!』

「お前が悪いなんてこと、誰でも知っているさ」

『頼む……、死にたくないんだ!!』

「他の人たちもそうだっただろうよ」

『いやだ! いやだ!! 死にたくない!!』

「結局お前は、最後まで自分が殺した人たちに謝罪することはなかったな」

『あ……! す、すまなかった!! 我は、我は……」

「もう手遅れだ。消えろ。苦痛と恐怖にまみれた死に」

『いやだぁァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』


 四百四病の王の悲鳴がキョウマの脳裏に木霊する。

 その事に、キョウマは心地よさを感じることはなかった。

 ただ、感慨深いだけだった。


『ああ、ああぁぁ、ぁぁぁ……』


 その悲鳴も少しずつ薄れていく。

 四百四病の王の命が消えていく。

 世界を覆っていた病が、この世から消えていく。


「終わりだ」

『あがっ!』


 呆気ない最期だった。

 キョウマの脳内に無数のレベルアップ音が流れる。

 

「終わったよ。ミライ」


 そう呟く彼の声をかき消すように、彼の脳裏に荘厳な鐘の音が響いた。

 

『ワールド・アナウンス。大国滅亡級ネームド『四百四病の王』が討伐されました。討伐者 恐神キョウマ』


『討伐報酬として、恐神キョウマ個人に装備品『絶死の王笏』を贈呈します』


『討伐報酬として、恐神キョウマ個人にスキル『微視的分身』を獲得します』


『討伐報酬として、人類全体に疫病への一定以上の耐性を付与します』


「なんだ? これは?」


 ワールド・アナウンスなど、今まで聞いたことがない。

 レベルアップ自体によるアナウンスはある。しかしそれは個人の脳内にのみ響きわたるものだ。


「キョウマ君!! 勝ったのか!?」

「そうみたいです」


 ああ、でも。

 勝ったのだ。

 自分は。

 

「すいません。少し行かないといけないところがあるので先に帰ります」

「ああ。行ってこい」

「はい」


 そのままキョウマは超音速で駆けだした。

 親友の元へ。

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