第25話 反撃の進軍

「ゴブリンどもが総崩れだ! そいつらは無視しろ! 他のモンスターもキノコ兵士たちに任せろ! 俺たちは要救助者を助け出せ!」

「「「了解!」」」


 数多の冒険者と防衛隊員たちが、都市に雪崩れ込む。

 迅速に都市を駆け回り、敵を倒して人々を救う。


 しかし、救われるべき人々の数はあまりに少なかった。

 その多くが既に殺されていたからだ。


「クッソたれがァァァぁ!!」

「化け物どもめ! 自分の愚かさを思い知らせてやる!!」


 吠える人々。


「グギャァ!!」

「ギイェ!」


 病によって苦しみにあえぎながら、地面を転がるゴブリンたち。

 ソレを見た隊長格は、踏みとどまった。


「こいつらはもう動けない! トドメは刺さなくていい! それよりも救助を優先しろ!」


 そして続ける。


「……それに、こいつらはこうして苦しんでいた方がいい」


 血反吐をぶちまけながら、地面を転げまわるゴブリン。

 一体どれだけの苦しみの中にいるのだろうか。

 無論、彼らの犯し、殺し、喰らってきた人々の感じたモノに比べれば、その万倍でも足りないだろうが。


「いいか、キョウマ君が四百四病の王を抑えている間に俺たちは一刻も早くこの街から人々を連れ出すんだ!」



 □



 一方そのころ、キョウマは。

 目の前のコウモリを素通りして、天井がはぎとられた送迎バスを眺めていた。

 その中には夥しい血痕だけが残されている。

 

「……子供たちを食ったのか?」

「何だ? 人間、そんなことが気になるのか?」

「良いからとっと答えろ、糞野郎」


 吐き捨てるようにそう言えば、コウモリは嗤った。


「食ったさ! 一人ずつ生きたまま、全身を貪ってやった! 色々な病に侵しながらな。どいつもこいつも非常に心地のいい悲鳴を上げてくれたよ」

「……お前は」


 キョウマは絞り出すように問うた。


「お前は、なぜ殺せる? 曲がりなりにも言葉が通じる相手じゃないか」

「ふはっ、ふははははは!」


 おかしくてたまらないといった様子のコウモリ。


「ばかばかしい。貴様らは家畜に懇願されたら、食うのを止めるのか?」

「じゃあ、お前は人を殺すことは必要なことなのか? 生きるために?」


 大口を開けて、笑い声の声量を上げる四百四病の王。


「必要なわけないだろう! 我は完全なる生命体。人を殺すなど娯楽に過ぎん。悲鳴も、苦悶も、絶望も、我の生を彩る至高の愉悦なのだ」

「ならお前は人間とは違うな。大概の人間は殺すことを喜んだりはしない」

「ふん。当たり前だ。人間如きと一緒にするな」

「じゃあ、これで——」


 ――心置きなくお前を殺せる。


 キョウマは即座にコウモリに肉薄した。

 音速。

 キョウマの機動力は既にその領域に達していた。

 

「なっ!?」


 コウモリの驚愕の声よりも早く、その腹部に装備している槍を突き込む。

 ソレは容易くコウモリの腹部を貫き、腹を掻っ捌く。


「グガァァァァ!?」


 驚愕。

 コウモリの脳裏を占めるのはそれだけだった。

 なぜ。敵対者となり得る超越職は『奴ら』からの情報によって、すでに把握している。

 それなのにこの男の情報はどこにもない。

 音速以上の機動力を持っているなど、前衛系超越職に限られるというのに。


「な、何者だ! 貴様は!? そもそもなぜ我の病が効かぬ!?」

「言っただろう。お前の天敵だって」


 戦闘時の四百四病の王はその身に濃密な微生物による毒素を身に纏っていた。

 ソレは一呼吸吸い込んだだけで、レベル500でも多臓器不全に陥るほどの代物だ。

 前衛系超越職であったとしても、そのステータスは半減してしまうほどのダメージを受けるだろう。

 しかし。


 万病の覇王に、そんなものは通用しない。


 彼の手に入れたスキルの一つである『病毒反転』は、耐性系スキルの最上級だ。

 端的に言えば、自分に罹った病気の効果を反転させる効果を持つ。

 多臓器不全を起こし、損傷によって身体能力を半減させてしまう病は今。


 全ての臓器を賦活し、身体能力を二倍にしていた。

 しかし疑問に思うだろう。

 二倍になったところで所詮は生産職。

 身体能力が足りないのではないかと。

 

 その疑問には明確な答えがある。

 今のキョウマのレベルだ。


「馬鹿なッ!! 我は、四百四病の王! 遍く病の王だぞ!!」

「そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺は覇王だ」


 キョウマはコウモリの背後に回った。

 反応不可能な速度で行われたソレは、コウモリに抵抗の術を与えなかった。

 瞬時に羽を毟り取られるコウモリ。

 強化された膂力で、行われたソレはコウモリに深刻な出血を強いる。


「お前の天敵である、『万病の覇王』だ」

「あ、あり得ん!! それほどまでの身体能力を持った存在を、見逃すわけがない!! 一体どんな手段で、それほどの力を手にしたというのだ!!」

「お前が送り込んだモンスターどもだよ。いい糧になったぞ」


 キョウマは生産職。

 生産職であってもモンスターを殺すことによってレベルが上がる。

 何より『万病の覇王』は、その実他の生産職よりも戦闘職に近い。

 他の生産職が同レベルの前衛職の二割程度の身体能力を誇っているのならば、『万病の覇王』は四割だ。

 そして。

 今のキョウマのレベルは。


「俺の今のレベルは2000だ。お前程度、殺すことなんてわけないさ」


 レベル800の前衛系超越職に匹敵する存在となったのだ。

 それだけではない。

 キョウマは様々な微生物で自身の肉体を強化している。

 寄生菌の擬似神経網を自分の肉体に張り巡らせて、反射神経を強化。

 微生物によるバイオフィルム結晶体によって表皮を硬質化。

 筋肉にいくつかの薬液を注入することで自壊すら厭わぬ身体強化を行う。

 再生薬を服用して、その自壊に対応する。


 複数の薬品で強化された彼のステータスはその状態でレベル1000に匹敵する領域だった。

 そこからさらに、四百四病の王の病の反転だ。

 

「くそ、くっそ! くそがぁぁぁぁ!!」


 四百四病の王の真骨頂は、微生物生成。

 純粋な身体能力は低い。

 圧倒。その一言に尽きた。

 

「ここで死ね!! 四百四病の王!!」


 全身をずたずたに貫かれる。

 その出来上がった穴という穴から、血液を噴き出す。


(血液に宿る猛毒や死病も、コイツには効かないのか!!)

「どうやら血液にも毒が混じっているみたいだな。俺には微塵も効かんが」


 見透かされていることに怒りと焦燥を募らせるコウモリ。

 『自分』との適性の高いこの肉体を失えば、自分の侵略は数十年は後退する。

 何としても、この目の前の人間を殺さなくては。


「ぎぃがあががががが!!」


 しかし、どうやって?

 眼球を抉られる。

 臓腑を引きずり出される。

 骨を粉砕される。

 徹底した破壊が、コウモリを襲っていた。

 もはや人語を操ることも叶わない。

 意味のないうめき声を漏らすだけだ。


「こんなものじゃまだ、足りない!! お前が今まで殺してきた全ての命に! 奪ってきた全ての未来に!! 贖え!! 苦痛と滅びで!!」


 全身を肉塊になるまで貫かれ続けた。

 そして、遂に。

 コウモリの肉体は生命活動を停止した。

 しかし。


(おのれぇ!! 人間風情が!! 覚えていろよ!! この屈辱、必ず晴らしてやるからな!!)


 は思考していた。

 己の敵に対する怨嗟をまき散らし、その存在を呪い殺さんばかりにないはずの目で睨みつける。

 一体いかなる手段だろうか。

 いいや、いかなる手段であっても四百四病の王が生きていることは確かなのだ。

 このままでは人類に対する攻撃は終わらない。

 脅かされ続ける人々の恐怖も。

 侵され続ける人々の健康も。

 殺され続ける人々の命も。

 何一つ変わることはない。


 かつて、合衆国で『超英傑』が四百四病の王と本体と目されている者を殺したときもそうだった。

 こうして取り逃がしたのだ。

 そして復活し、再び世界を脅かした。


(次はもっと強力な体で殺してやる。お前の家族、恋人、友人、全てを目の前で貪り食ってやるからな!!)


 そうして、四百四病の王はその場を去ろうとした。

 


 


 








「やはりか」


 ソレを見逃すほど『万病の覇王』は、慈悲深くはない。

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