第23話 ダメ押し

 押されていくモンスターたち。

 キノコ兵士の急成長には学習速度に加えてもうひとつ理由があった。

 それは体組織が傷つき、それが再生することによる、超回復だ。


 筋肉という物が一度傷つき、その傷が修復される際により一層強力になることはご存知だろう。

 それがキノコ兵士たちの体でも起こっているのだ。


 トレントなどの植物型モンスターから着想を得た、植物性筋肉組織——キノコは菌だが——によって構成されたキノコ兵士は敵の攻撃を受けるたびに、再生を行いより強靭なステータスを獲得していった。


 技巧とステータスの向上。

 それに伴う、戦闘能力の飛躍的上昇。

 キノコ兵士とモンスターの戦闘力の差は徐々に縮まりつつあった。

 

 そうして驚異的な粘りを見せるキノコ兵士たちに降り注ぐ、様々な遠距離攻撃。

 その中でも特に効果が高いのは、戦士たちの投擲だった。

 どんな高レベルの魔術師よりも、弓兵よりも、彼らの方が戦略的なダメージを与えていた。

 なぜならモウルド・キャノンによって撒き散らされる菌こそが、モンスターたちを寝返らせる寄生菌だからだ。


 この菌は、四百四病の王の狂操菌よりは、操作精度は低い。

 ステータスにバフを乗せることはないし、勝手に増殖することもない。

 しかし、一つだけ優れていることがある。

 それは操作の強制力だ。


 脳細胞に魔力的に働きかけて狂わせる狂踊菌と比較して、この菌は擬似的な神経網を肉体に構築する。

 そうして作り上げた神経網に電気属性魔力を流して、体を操るのだ。


 つまり頭で何を考えていようと、体が勝手に動いてしまう。

 これは狂踊菌の影響下のモンスターであっても、操ることができるのだ。


 この二つが、モンスターの数の差をひっくり返しつつあった。

 しかしひっくり返したとしても、モンスターは膨大だ。

 負けの目は少なからずあるだろう。

 

 それをさらにダメ押しするのが三つ目の策だった。

 

「そろそろか」


 キョウマがそう呟く。

 その瞬間、肉色の間欠泉めいた噴出が敵陣中央からあった。

 その噴出は、雨の如く敵に降り注ぐ。

 飛沫のような小ささだ。

 モンスターたちは何ら気にすることはなかった。


 それが間違いだった。

 あるいは間違いだったとしても、関係なかった。

 その飛沫は徐々に大きくなっていく。

 肉色の水滴めいた物だったそれは、いつしか粘液のように体にまとわりつくようになった。


 なぜここまで増えるのか?

 答えはシンプル。

 モンスターの肉体を食らったからだ。


「「「ギャァぁぁ!」」」


 悲鳴の大合唱。

 肉色の粘液に塗れたモンスターたちは、徐々にその形を失っていく。

 肉を食われて、骨が剥き出しになり、血液を吸い取られ、脳髄を啜られる。


 これはキョウマが開発した、肉食細菌だった。

 生物の細胞を食らって、増殖し続ける細菌だ。

 呼吸によって、体内に侵入し消化器官や肺を食い尽くす。

 皮膚に張り付き、肉を貪る。

 全身が耐えがたい痛みに襲われるモンスターたちは、次々に肉色の津波に飲み込まれていった。

 

 そう。モンスターを喰らった肉食細菌は爆発的な増殖をして、次々にモンスターを餌食していく。

 モンスターたちの布陣中央で吹き荒れる大虐殺は、狂操菌の影響下にあったとしても、モンスターたちの士気を完全に挫くのに十分だった。


「や、やべえ……」

「結局俺たちがやってたの後方から攻撃してただけだぞ」

「これが、キノコ博士のやることか?」


 冒険者たちも、防衛隊員たちも戦慄していた。

 十万の、間違いなく一つの街を滅ぼしうる軍勢をほとんど独力で殲滅してのけた、ナゴヤ市史上、否、ニホン史上、屈指の最上級職だ。

 これで超越職ではないというのだから、もはや理不尽というべきだろう。

 そして全ての人々が確信していた。


 恐神キョウマは、最も新しい超越職になり得ると。

 そして同時に、懸念していた。

 彼は、最も恐ろしい超越職になり得るのではないかと。


 その確信も懸念も、そう遠くないうちに肯定されることになるだろう。

 断末魔を上げるモンスターたちを背景に、一人佇む少年の横顔はどこか険しかった。



 □



 ところ変わって、戦場のはるか後方の森の中。

 そこにはゴブリンの軍団が存在していた。


「まずいぞ! 我が王から託された軍隊が、壊滅状態だ!」

「クッソ! どうなっている! 『奴ら』からの情報では、あれだけの数がいれば問題なく倒し切れるんじゃなかったのか!?」

「ええい! 狼狽えるな! 我々五万の軍隊が都市の横から奇襲を掛ければ、そこに手を割かざるを得なくなる! そうすれば、敵を壊滅まで持っていけるはずだ!」

「そうだ! そのために我々が控えているんだ!」

「我等こそ、偉大なる王に選ばれた精鋭たち! たかがゴブリンと侮った者たちに目にものを見せてやれ!!」

 

 彼らは密かに進軍を開始する。

 何故十万のモンスター群を、馬鹿正直に都市に突っ込ませたのか。

 ソレは狂操菌の影響下にあるモンスターたちに精密な指示を下すのは難しいという理由の他にもう一つあった。

 それがこの奇襲軍隊の存在を伏せておくための物だ。

 

 なるほど、確かに。

 このまま彼らを、都市の全戦力の集結している戦場から、離れた場所に突撃させればそれだけ大規模な被害が出るだろう。

 いくらキノコ兵士と寝返ったモンスターたちが十万の軍を押しとどめているといっても、それは後衛からの援護があってのものだ。

 それがなくなれば、充分に戦況は傾き得るだろう。

 

 逆転の一手。

 ソレを確かにモンスターたちは用意していた。

 


 当然それを見逃す人間たちではなかった。

 

「行くぞ! 突き進、め……」

「なんだ? 急に、めばるり……」

「げぼっ!」


 急に意識を失う者。

 ろれつが回らなくなる者。

 そして血反吐をぶちまける者。

 五万のゴブリン軍団は、次々に体調を悪化させていった。

 

「ぐっ、そ……、何が起きている!?」

「分かり、ません!!」


 キョウマは開発していたのだ。

 偵察部隊から、ゴブリンが主に街を占領していると聞いたときから。

 ゴブリンにしか感染しないウイルスを。

 しかも空気感染力を極めて高めた個体を。


「ち、くしょう! 人間、風情が……!」

「何なんだ!? 何が起きているんだ!?」


 キョウマが細菌・真菌・ウイルス・原虫などの微生物を作成する場合は、決められたリソースからゲームのステ振りのように、性能を割り振らねばならない。

 例えば、どんな怪物でも一瞬で殺せて、誰にでも伝染して、爆発的な感染力があって、その上、耐性を貫通させることができる。

 そんな万能の攻撃性能を持つ菌は、基本的に作れない。


 しかし。

 感染する相手を限定すれば。

 ソレに近しい代物を作り出すことができる。

 なにせ、その種族や性別、年齢に限定させるのだ。

 それ以外の相手には一切効かないというふうに制限を設ければ、大幅にリソースの節約ができる。

 

 後は感染性能と致死性能を引き上げて、その上で菌の寿命と変異可能性を極端に引き下げれば。

 ゴブリンだけを殺す病の完成だ。


「ウソだ……、ようやく人間どもに復讐できると思ったのに……」

「我々は、一体何を敵に回したんだ……!?」


 口々に戦慄と後悔を口にしながら、ゴブリンたちは血の海に沈んでいく。

 キョウマの前では数は意味をなさない。

 否。むしろ多ければ多いほど、病原体は増殖速度を高めていく。

 

 キョウマの設定できる菌のパラメータは無数にある。

 致死性能。つまり、どんな症状を起こすか。どれだけ耐性を突破しやすくするか。どれだけ瞬間的に殺傷能力を引き上げるか。どれだけ潜伏するか。

 感染性能。どんな方法で感染するか。どんな種族を保菌者にするか。どれだけの速度で増殖するか。

 耐性性能。どんな環境に対応するか。どんな薬に対応するか。

 変異可能性。どれだけ変異するか。変異の方向性を絞るか。

 上記の要素以外にも多数の項目が存在し、それをキョウマは操っている。


 はっきり言おう。

 キョウマは現時点で、人類を絶滅させるだけの能力がある。

 無論、時間はかかる。恐らく十年以上だろう。

 当然、戦略は必要だ。無策で挑めば、間違いなく返り討ちだ。

 だが。

 その二つがあれば、世界中の生物を死に至らしめるほどのポテンシャルを、すでにキョウマは獲得している。


 これが、未来の覇王の姿だった。

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