第22話 戦争開始

 地響きが足元から伝わってくる。

 獣の臭いが風に乗って、鼻腔を荒らす。

 地平線はモンスターたちで汚されている。

 敵の大群が現れていた。


 その目は充血しており、赤い燐光を放っているかのようだった。

 これは四百四病の王の保有する病原菌の一つである、狂操菌の効果だった。

 この菌は、感染者と保菌者を接続し、その指示通りに動かすことができる。

 狂操菌の影響下にある、モンスターの潜在能力は限界以上に引き出されている。

 なぜなら狂操菌の本領は、宿主であるモンスターを命果てるまで戦わせて相手と自分に傷を負わせ、そこから粘膜や血液を通して感染する病なのだ。


 狂わせることによって、どんな強敵にも構わず向かっていけるようになり、強化することによって、その強敵との実力差がどれほどであろうとも、手傷を追わせることができる。

 後はそのスパイラルをどんどん加速させていけばいい。


 ソレを自らの指示にのみ従う様に四百四病の王が改良したのが、この菌の効力だった。

 

 端的に言えば、この戦場に投入されるモンスターはすべて死兵であるということだ。

 見かけ以上に強化されたそのモンスターたちは、従魔師系統の超越職の配下に匹敵するほどに強化されている。

 その数、十万。戦闘能力的にはその二倍の数の大群に匹敵すると考えていいだろう。


 対する冒険者たちは五万。

 戦力となり得る者たちをかき集めて、最大限のバフとアイテムを与えたが、それでも目の前の十万の大群には、敗色濃厚だ。

 超越職という数の概念をひっくり返すような存在も欠けている。

 

 相手もネームドは、今の自分の本拠地であるハママツ市に温存しているようだ。

 しかし裏を返せば、ネームドなしでも攻略可能であると判断されているということに他ならない。

 

 つまりこの戦場は。

 人間側の敗北が半ば決まった状態であるということだ。



 恐神キョウマという存在を度外視すればの話だが。



「皆さんは後衛です。あくまでキノコ兵士たちが前衛。これはキノコ兵士や寝返ったモンスターが敵・味方の識別を誤る可能性があるからです」

「戦士や弓兵、銃士たちは遠距離攻撃を可能だが、俺たち剣士とかはどうすればいい?」

「これをどうぞ」


 キョウマが差し出したのは、槍だった。

 しかし刀身の部分が巨大な綿か繭のようなモノで塞がれている。

 

「こいつは?」

「モウルド・キャノンという新兵器です。投擲槍のように使ってください」

「? 俺たちのDEXはそれなりにあるが、ヘッドショットができるようなレベルじゃないぞ?」

「大丈夫です。範囲攻撃なので」

「そうか。それならいいが……」


 本当に大丈夫なのか、という顔を冒険者たちと防衛隊員は隠せない。

 しかし司令部が彼にお墨付きを与えているのだ。従わないというわけにもいかない。

 ソレに、現状彼が提案しているのは、使い捨て可能な雑兵で敵を削り、それまでに可能な限り遠距離攻撃を加えるということだ。


 配備された武器と、雑兵を使い切ってから戦闘に移行すれば問題ないだろう。

 こちらの戦闘の支障となるような動きは追加されていない。

 可能な限り削れれば、御の字だ。

 

 そうした思惑に加えて、彼らがキョウマに従う理由がもう一つあった。

 キョウマが作り上げた様々な薬品が冒険者たちと防衛隊員に、多大なる恩恵を与えていたのだ。

 だから彼らの半分は期待していた。

 今度はどんなモノを見せてくれるのだろうかということを。

 

 そして半分は、たかをくくっていた。

 例え500レベルカンストだろうが生産職。それも研究をメインにしてきた者だ。

 できることもたかが知れているだろうと。


 その二つのグループは、共に度肝を抜かれることとなる。

 


 恐神キョウマの真骨頂に。



「では、進軍開始」


 キノコ兵士たちが動き出した。

 手にしているのは、都市中からかき集められた、武器だ。

 ソレを手に、手足の生えたキノコという、どことなく気の抜けるフォルムの兵士たちが進んでいく。

 

 ソレと同時にモンスターたちも動き出した。

 唸り声をあげ、よだれを垂らし、敵を滅さんと殺意を迸らせる。

 対照的な二つの群と軍は、ぶつかって。


 まずキノコ兵士が押し負けた。


「ああ……」

「まあ、そうなるわな」


 見た目を裏切らない虚弱ぷっりだ。

 数だけは五万ほど急遽用意されたが、それでも急ごしらえ。無理があったのだろう。

 そうした落胆と納得が、人々に蔓延し、それ故にキノコ兵士たちが虚弱ながらも敵を食い止めている間になるべく遠距離攻撃で削ろうと冒険者たちと防衛隊員は一斉に攻撃を開始する。

 

 まず銃や砲が、銃士や砲兵系統のジョブのスキルの恩恵を受けて放たれた。

 次に矢玉が、弓兵系統のスキルによって曲射され雨あられとモンスターたちに向かって降り注ぐ。

 最後に魔術が、色とりどりの攻撃で、モンスターたちを粉砕していく。


 誰も彼もキノコ兵士たちの動きを気に留めなかった。

 ソレを注視していたのは、キョウマとトオルだけだった。

 そして二人には、このキノコ兵士たちの本質が分かっていた。


「……なあ、おかしくないか?」

「どうした!? 口より手を動かせよ!」

「キノコ兵士、しぶとすぎないか? 俺たちに後ろからバンバン撃たれて、その上モンスターたちの攻撃を喰らってるって言うのに、まだほぼ全員が動いているぞ」

「……そう言えば、確かに。あ、見ろ。再生しているぞ。キノコ兵士」


 なるほど。

 キノコ兵士の本領とは、再生能力だったのだ。

 壁役として申し分ない性能だ。

 これは後でキョウマに侮っていたことを謝罪しなくてはならないな、と感じていた二人組だった、が。

 更なる違和感に気付き始めた。


「……なあ」

「ああ。俺も気づいた」

「段々、キノコ兵士たちの動きが良くなってないか?」

「ああ。こっちの背後からの攻撃も、モンスターの攻撃も、避けられるようになってきている」

「少しずつ、押し返してきていないか? モンスターたちを」

「……凄まじい速度で成長しているってことか?」


 その秘密は、キョウマが作成したキノコのネットワークにあった。

 十個の負荷軽減方法によって、極めて強固に構成されたネットワークはキノコ兵士たちを一体のモンスターたちのように扱うことができた。

 その五万人分の経験を、集約し、分析し、学習する。

 こうして戦場に投入されたキノコ兵士たちは通常の五万倍の速度で学習をできるようになったのだ。


 つまり、一秒が、五万秒。

 一分で、三百万秒。

 十分で、三千万秒。

 つまり、十分で一年弱の経験が積めるということだ。

 

 ソレはつまり。

 キノコ兵士たちは既に、ただの新兵から熟練兵士へと、加速度的に成長を続けているということである。

 すでに戦闘開始から、三十分は経過している。

 どんどん身のこなしが洗練されていくキノコ兵士たちは、ステータスを強化された上で死兵と化していると言えど、理性を失っているモンスターたちを相手に異様な粘りを見せていた。


 そして粘っているのならば。

 あの菌が、効力を発揮している。

 

「モンスターたちの動きがおかしいぞ!」

「何だ? 仲間を攻撃し始めた?」

「どうなっている?」


 キョウマの作戦は事前には通告されていない。

 なぜなら、事実をそのまま話しても信じてくれる人は少ないと考えた上に、荒唐無稽な話のせいで、士気が下がったり、離反する人間が出かねないからだ。

 逆に、こうして遠距離攻撃に注力してもらっている現状ならば、多少キノコ兵士が再生しても、モンスターが寝返っても、彼らは攻撃の手を止めないだろう。


 今ここに、戦場の趨勢は逆転した。

 戦いは後半戦へと続いていく。

 その結末が分かり切ったものであったとしても。

 キョウマとトオル以外の全ての人間にとって、いやモンスターたちを含めても予想外であったとしても。

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