第21話 迎撃準備

「モンスター確認。総数、十万を超える模様!」

「近隣の超越職に応援要請したものの、各々の都市防衛に専念する模様!」

「ナゴヤ市専属超越職は、現在ダンジョン攻略中により、応答なし!」

「超越職を欠いた状態で迎え撃てということか!」

「東京も大阪も! なぜ援軍を出さない!!」

「東京、大阪でも感染拡大中! 並びにネームド多数出現! 彼らも手一杯です!」

「四百四病の王が一枚上手ということか!」

「ナゴヤ駅の状況は?」


 ナゴヤ市司令部の司令が、問いかける。

 

「そ、それが……」

「はっきり言ってくれ、覚悟はできている」


 患者を見捨てて、医療従事者たちを温存することも視野に入れ始めた司令官。

 しかし。


「全ての患者が治癒した模様! どうやら、秘匿スキルに覚醒した者が現れたようです!」


 秘匿スキルとは、特定条件の達成されるスキルの中でも、とりわけ未発見な物をいう。

 条件が厳しいほど、そのスキルは強力だ。

 もっぱら、それらのスキルが超越職の就職条件になっているほど、常人には厳しい獲得条件のスキルである。 


 裏を返せば。

 超越職に比肩しうる存在が持っているスキルでもあるのだ。


「その者の名前とスキル名は?」

「恐神キョウマ。スキル名は『疫病調伏』です!」

「……その者ならば、四百四病の王は倒しうるか?」

「本人はできる、と言っています」

「なぜ『不退転』はこんな時に留守なのだ!」

「彼にダンジョン探索依頼を出したのは、我々だ。彼を責めるのは酷だろう。みんな、私は恐神キョウマという人物に賭けてみるべきだと考えている」

「彼はまだ十五歳ですよ!?」

「ああ、責任は私が取る。つないでくれ」

「はっ!」 


 司令部の巨大なモニターに、キョウマの顔が写し出される。

 彼の顔には覇気が満ち溢れていた。


「恐神君だね。私はナゴヤ市司令部の、司令官 松川リョウだ。……端的に答えてくれ。君に四百四病の王は殺せるかな?」

「その配下を含めて、全て抹殺します」

 

 一秒の間もなく、そう答えられた。

 今の彼に、キノコ農家だった頃の面影はなかった。

 そこには一人の王者が立っていた。


「恐神キョウマ。今から君は臨時的に、我々の指揮系統の中に組み込まれる。異論はないかな?」

「ありません」

「ナゴヤ市参謀本部に命ずる。全力で恐神キョウマを支援しろ。我々の命、君に賭けさせてもらう」

「「「了解!!」」」

「了解しました」


 静かに一礼するキョウマ。

 彼と参謀本部で、直通のホットラインが結ばれる。

 

 今ここに、キョウマはこの戦いの要となった。

 敗北はナゴヤ市の陥落を意味する。

 その重責を背負いながら、キョウマの体と心は微塵も揺らぐことはなかった。



 □



「まず問題は、相手の扱う疫病だ。それに対する対抗手段を考え付かないといけない。何かあるか?」

「あります。奴の操る病原体は細菌です。ならばこちらはウイルスを出します。バクテリオファージという物をご存知ですか」

「細菌を食うとか言われているウイルスか!」

「概ねその認識で間違いないかと」

 

 厳密には細菌に自分の遺伝子を打ち込んで、増殖し内側から細菌を食い破る個体のことを言う。

 旧時代において薬剤耐性菌に対する、抗生物質に代わる治療薬と期待されていた物だ。


「俺ならそれを自在に量産することができます。他の兵士の皆さんに投与すれば、病原菌の全てを無効化できます」

 

 キョウマが目覚めたスキルは二つ。

 微生物を支配する『疫病調伏』。

 新しい微生物を作成・量産する『生命創造:微生物』。

 この二つを駆使すれば病原体に感染した人間の体内の体内にあらかじめ改造したバクテリオファージを入れておける。


 そうすれば、キョウマはその病原体が発症するほど増殖する前に駆逐することができる。


「人体への病原性はないタイプなので、気にせず使えます。すでに投与を開始しているので、開戦までには間に合うと思います」

「なるほど。では次だ。彼我の戦力差だな。戦力になりそうな冒険者をかき集めても、我々は五万に届かない。この差を埋める手段はあるか?」

「あります。こちら数を補えばいいのです。三通りの方法があります」


 キョウマが提示した三つの方法。

 一つ目はトオルと研究していた、植物型ゴーレムのキノコ版だった。

 シンプルにキノコ兵士と名付けられたソレは、土壌の栄養と水分を吸い取って、爆発的に増殖する。

 キョウマの友人であるトオルや学院の者たちで、すでに量産体制に入っていた。


「そのキノコ兵士はどうやって操るつもりだ? まさか野放しか?」

「いいえ。これも私が開発した発電キノコとアンテナキノコを駆使してネットワークを形成する予定です」

「それだけでは君の脳への負担が大きくなりすぎないか?」

「問題ありません。情報処理の手段はあります。


 その上で十個の方法で全個体を統制するつもりだ。

 

 一つ目は分散リーダーシップ。

 クラスター化:キノコ兵士をクラスター(小集団)に分け、各クラスターにリーダーを設定。リーダーが情報を集約し、自分に報告する。これにより、キョウマへの情報量を減らし、負荷を軽減する。


 二つ目はデータ圧縮。

 簡易情報:重要度の低い情報は、簡略化して伝達。詳細な情報は後で必要に応じて送信。これにより、情報の冗長性を減らし、通信量を抑える。


 三つ目は優先度設定。

 重要度によるフィルタリング:情報の重要度に応じて、優先順位を設定。高優先度の情報のみキョウマに直接伝達し、低優先度の情報は後回しにする。


 四つ目は自律型エージェント。

 自己判断:キノコ兵士に基本的な自律判断能力を持たせ、キョウマの指示が不要な簡単なタスクを自律的に処理させる。これにより、キョウマの指示が必要な状況を減らす。


 五つ目はキャッシュシステム。

 一時的な記憶:キョウマの脳内にキャッシュシステムを設け、一度に大量の情報を処理するのではなく、必要な情報をキャッシュとして保存。順次処理することで負荷を分散。


 六つ目は通信周期の調整。

 定期通信:リアルタイム通信ではなく、一定の周期で情報をまとめて送信する。これにより、通信頻度を抑えて負荷を軽減。


 七つ目はリアルタイム分析システム。

 事前フィルタリング:キノコ兵士が取得した情報をリアルタイムで分析し、キョウマに伝達する前に不要な情報を排除する。

 分析を行うのは、神経細胞を増殖させた特製の情報処理専門のキノコ兵士だ。


 八つ目は分散処理ノード。

 サブノードの活用:キノコ兵士の中から特定の個体を選び、分散処理ノードとして機能させる。各ノードが情報を処理し、結果をキョウマに集約。


 九つ目はハイブメンタリティ。

 群体思考:アンデッド全体が一つの大きな思考ネットワークを形成し、自律的に判断や行動を調整。重要な決定のみキョウマに報告。


 十個目は適応型アルゴリズム。

 動的負荷調整:状況に応じて通信量や情報の重要度を動的に調整するアルゴリズムを導入。負荷が高まった場合に通信を自動的に最適化。


 以上十個の方法で大量のキノコ兵士たちの情報処理を行う。

 ここまで対策を講じれば、キノコ兵士から送られてくる情報に頭がパンクすると言うことはないだろう。

 

 そしてこの情報処理は、二つ目の兵力差を埋める手段にも適応される。

 それは大熊を操る時に使った寄生菌だ。


「寄生菌を血液感染させます。そうすることによって、敵はこちら側へと寝返り、加速度的に戦力差は縮まっていくはずです」

「……凄まじいな」


 これまでの研究と努力が結実し、キョウマの力となっていた。

 それと同時に彼らの頭によぎる物があった。

 この戦いが終わった後、残された戦力は一体どうなるのか。


 しかしそれを頭から振り払う。

 今は目の前の勝利に注力すべきだと。


「それで三つ目の方法は?」

「三つ目は——」


 聞かされた内容に、思わず彼らは瞠目する。

 それほどまでに衝撃的な内容だったからだ。

 だが同時に確信もした。

 この者ならば、勝利しうると。


「始めましょう。この都市の未来のために」


 戦争が、始まる。

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