第20話 目覚めの時

「すぐに薬品を回して!」

「重症者はこっち!」

「いいか! 絶対に死なせるんじゃないぞ!」


 慌しく動く、医療従事者たち。

 彼らは今、ナゴヤ市の駅に詰めかけていた。

 俺もその一人だ。

 俺のジョブである回復術師系統派生培養術師の最上級職である『創生の叡智』は細胞の性能を上げることができる。

 よって免疫細胞の性能を広域で向上させて、患者たちの免疫を底上げしているのだ。


 その患者たちとは、装甲列車に詰め込まれた子供達と非戦闘員の女性たちである。

 ハママツ市とナゴヤ市をつないでいる線路、六本の終着駅である名古屋駅に、緊急の医療現場が整備されていた。


「四百四病の王め! あらかじめ子供達に病を仕込んでおいたのか!」

「おそらく、自分から一定距離を離れると発症する類の病でしょうね。都市の避難民を通じて、このナゴヤ市を汚染するために」

「なんとしてでもここで食い止めるんだ!」

「「「了解!!」」」


 俺は魔力ポーションを飲みながら、ひたすら駅の構内に並べられた人々の治療を手助けする。

 俺にできることはこれぐらいだ。

 ……これぐらいしかできないのだ。


「冬獣夏草の薬のおかげで、いくつかの病気は治癒できています! けれど、体内の毒素が!」

「アンチトキシンを使え! 彼が大量生産を確立してくれたはずだ!」

「今運んでいる最中です」


 俺の作った幾つもの薬が、患者たちの体を癒していく。

 しかし。


「くっそ! 子供達は免疫が弱い! このままでは……!」

「どんどん重症化していく! やばいぞ!」


 ジリ貧だった。

 相手は国を落とすことすらできる、ネームドなのだ。

 一つの都市を落とすことなど容易く、そこから逃げ出した者を仕留めるなどより容易いだろう。

 今も世界各地が四百四病の王の猛威に襲われている。


「防護服が溶けて!」

「さらに潜伏期間を調節した菌を用意していたか!」


 対感染症用の防護服が溶けていく。

 おそらく治療者たちを狙った菌だろう。

 防護服を使用することも見越していたわけだ。


「総員耐毒装備用意! 時間稼ぎにはなるはずだ!」


 焼け石に水だ。

 そんな諦観が俺の頭の中をよぎる。

 それでも彼らは死力を尽くすのだろう。

 俺には何ができる?


 薬を作って、魔術で人を癒すのが限界か?

 キノコ農家だから?

 そう。

 俺はキノコ農家なのだ。

 どれだけレベルを上げても、どれだけ研究をしても、どれだけ努力をしても。


 キノコ農家に過ぎないのだ。

 キノコ農家に毛が生えた存在でしかないから、こうして魔術を行使することしかできない。

 キノコ農家の延長線上でしかないから、薬を作ることしかできない。

 キノコ農家だから、諦めるしかない。

 

 親友の命を。

 彼女の明日を。

 街の人々を。

 故郷の仇を。

 理不尽に奪われる幾つもの未来ミライを。


 だってキノコ農家だから。

 仕方のないことだと、死ぬその瞬間まで自分に言い聞かせ続ける。

 

 ——それでいいのか?


 いい、悪いじゃない、それしかないのだ。


 —— 諦めるのか?


 だってしょうがないじゃないか。


 ——キノコ農家だから?


 そうだ。生産職に過ぎないんだ、俺は。

 戦うことはできないんだ。


 ——あの子はどんなジョブでも、すごいやつになれると言ってくれたのに?


 ……。


 そういえばなぜ、俺は病術師や病毒術師に就くことができたのだろうか。

 あれは生産職だ。

 でもキノコ農家からは外れていないだろうか?


 最初のジョブは、当人のジョブ適性の方向性を体現している。

 俺はキノコを自在に操ることができる。


 しかしそもそもキノコは菌だ。

 真菌の一種だ。

 植物じゃない。


 だから俺のジョブ選択肢には他の農家が出たことがない。

 

 なら俺の本当の適性とはなんだ?

 生産職への適性か?

 もっと狭いんじゃないか?

 もっと尖ってるんじゃないか?

 俺はキノコ農家だ。

 確かに最初はそうだった。


 でも努力をしてきた。

 研究をしてきた。

 人を助けてきた。

 

 俺は生産職だ。

 人を助ける物を作る生産職なのだ。

 

 

 

 

 







 自分がそう思っている限りは。


 

 もし。

 もしも。

 俺が生産職ではないとしたら?

 この世の全ての生命体を殺し尽くすことができる、そんな怪物だったとしたら?


 多分俺は、研究の途中から気づいていた。

 そして怖かったんだ。

 自分に眠る、潜在能力が。


 どこまでもできる己が。

 


 俺は自分の望んだ菌を、真菌を、細菌を、ウイルスを、作り出すことができる。


 俺のジョブは五つ。

 農家系統派生、キノコ農家系統、最上級職、『毒茸の叡智』。

 回復術師系統派生、培養術師系統、最上級職、『創生の叡智』。

 病術師系統、最上級職、『疫病の叡智』。

 毒術師系統派生、病毒術師系統、最上級職、『死病の叡智』。

 腐敗術師系統、最上級職、『腐朽の叡智』。


 レベル500。

 これら全てのジョブが示すのは、俺の適性がキノコなどではなく。

 『』と言うことだ。


 ならば、今、俺にできることは。

 細胞の免疫力を上げるなどという、間接的なことではなくて。

 

「なんだ? 発疹が治っていく?」

「体温も下がってます!」

「『観察眼:疫病』の反応が減っていく! 病原体が減っているんだ!」

「いや、まだ反応はある! これは……!」


 病そのものを操ることだってできるはずだ。

 たとえ四百四病の王の眷属たちでさえ、俺ならば。

 自らの支配下に置けている。


「かき集められていく……!」

「キョウマくんの元に!」

「何が起きてるんだ!?」


 多分、この力は目覚めさせてはいけない力だった。

 それでも、それを叩き起こしたのは、お前だ。四百四病の王。

 この報い、その細胞の一片に至るまで刻み込んでやる。

 覚悟しろ。




 □



 この日、ハママツ市からの避難民、4万5283名を侵していた病が完治した。

 その根源である病原体が、一人の人間の下に集合したのだ。


 この日が彼の目覚めの時だった。

 四百四病の王が故郷を滅ぼしたから、彼は研究設備の整ったナゴヤ市に来れた。

 四百四病の王が親友を侵したから、彼は研究と努力を続けた。

 四百四病の王が再び襲ってきたから、彼は目覚めることを強いられた。

 

 今、産声を上げたのは。

 微生物の王だ。

 病を。

 万病を司る。

 真なる王だ。


 四百四病など足元に及ばない、怪物中の怪物だ。

 人の形と知性で、人智を超えた化け物だ。


 さあ、宿敵よ。

 病を操り、人を殺し、侵し、喰らう、王を僭称する愚者よ。

 真なる王の威光の前には、ひれ伏すことすら許されない。

 自らの傲慢さに、悪行に。


 その心身の一片も残さずに、滅び去るが良い。

 細胞の一欠片に至るまで、心底からの恐怖と絶望を刻み込まれてから死ぬが良い。


 今日この時からが、彼の時代だ。

 万病の覇王の時代だ。

 

 そしてお前たちの。

 滅びの時だ。

 

 

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