第18話 殺戮の宴

「ふむ。子供たちがいないな。……最後まで意地を見せたか人間。……忌々しい」 


 それは巨大なコウモリだった。

 黒い羽を畳み、街の中にある陽神教の教会の中で休んでいた。  


 彼らは人の言葉を喋る。

 なぜなら彼らは人々に恐怖を与えるべく、存在なのだ。

 故に人により恐怖を与えるべく、人の言葉を解し、操る。

 

 その造物主が命じるのだ。

 人を殺し、喰らい、犯せと。


「人間の男は不味くて敵わん。手足が筋張っているし、脂肪も少ない。これが子供ならば柔らかくて美味いというのに。まあいい。女どもで我慢するか。……ここに残ったのは男のように筋張った女ばかりだかな」

  

 コウモリは教会の扉を器用に開けて、外に出る。

 外は地獄だった。

 

「ぎゃああああ!?」

「いやああああ!!」

「くそっ! くそっ! 離せよ!!」


 人間たちがいたるところで、ゴブリンたちに犯され、嬲られ、殺されている。

 ある男は狼に乗った、ゴブリンライダーに首に括り付けられた縄を持たれ、市内を引き摺り回されていた。

 

 ある女は、服をビリビリに引き裂かれ、ゴブリン数体がかりで犯されていた。


 ある男は手足に縄を結ばれて、それを四方に引っ張られせていた。

 縄の張力が限界を超えるよりも速く、その男の体に限界が来た。

 胴体が二つに裂けていく。

 

「賑やかだな。ゴブリンどもも楽しそうだ」

「我らが王よ!」

 

 ゴブリンの内一体が、コウモリに駆け寄ってくる。

 そう。このコウモリこそが四百四病の王なのだ。


「どうした。何かあったか?」

「王への献上品の用意が整いました!」

「ふむ。よかろう。受け取ってやろう」

「はっ! ありがたき幸せ! おい、お前たち! もってこい!」


 ゴブリンたちが持ってきたのは巨大な箱だった。

 数十体がかりで運ばれる箱は金属製で、ところどころにガラスが貼り付けられていた。

 その下部には車輪が取り付けられており、運搬が容易になっていた。


 それはバスだった。

 黄色いバスだった。

 

「ほう。これはこれは」 

「お気に召されましたでしょうか!?」

「良い物だ。して発案者は誰だ?」

「私を含めたゴブリン将軍たちの案です!」

「貴様らには我から直々に褒美を与える。楽しみに待っておれ」

「はっ! ありがたき幸せ!」  

「では早速いただこうとするかな」


 コウモリがバスの屋根をむしり取る。

 そうしてあらわになった中にいたのは。

 

「おとうさぁん! おかあさぁん!」

「助けて! 誰か!」

「た、食べないで……!」

「素晴らしい。これほど生きの良い子供を食べるのは幾年ぶりだ?」


 たくさんの子供達だった。

 そう、黄色いバスは幼稚園の送迎バスだったのだ。

 すでに運転手の男性は事切れている。

 扉はゴブリンたちが塞いでおり、すでに逃げられない。


 唯一そこにいた大人である保育士の女性が、叫ぶ!


「みんな! 頭を屈めて! 大丈夫よ! きっと助けが……!」

「この女は貴様らにくれてやる。存分に楽しめ」

「ははっー!」

  

 コウモリの手で掴まれた女性は、そのまま吊り上げられ、車外へと優しく放り出された。

 そしてゴブリンたちがあっという間に群がり、叫び声もすぐさま泣き声になる。


「さてさて、それでは我は我で楽しむとするか。まずは誰にしようかな?」


 子供達は縮こまって、震えている。

 もはや彼らにできることはそれしかなかった。

 

「決めた。初めはとりわけ小さい男からにしよう。となると、こいつだな」


 まるでお菓子箱からチョコレートを摘むように、子供を座席ごとむしり取る。


「やだっ! いやだ!」

「ははははは!! 子供を食う時の醍醐味だな! この甲高い鳴き声は!!」

「助けて、お父さん! お母さん!」

「まずは手足からいただこう」


 コウモリは胴体を器用につまみながら、ジタバタと動く手を口に咥えた。

 そのまま少しずつ、力をこめていく。

 

「痛い! 痛いよ! おとーさん!! おかぁさん!!」


 肉が裂け、骨がひび割れ、血が滴る。

 その血の甘さを堪能しながら、コウモリはさらに力をこめていく。

 そしてついに。

 子供の手が食いちぎられた。

 

「あ"あ"あ"!!」

「ふはっ! ふはははは!! 最高だ! いつ食べても子供は旨いな!! 味、食感、風味、何より悲鳴! 口と鼻だけではない! 耳にも楽しい!」


 コウモリはそのまま、子供の手にかぶりつき、血を啜っていく。

 どんどん血の気を失っていく子供。

 悲鳴も動きも、徐々に小さくなっていく。

 そして最後に、子供の鼓動も消え去った。


 血の余韻を十分に楽しんだコウモリは、そのまま子供を口の中に入れて、ボリボリと咀嚼していく。


「ああ、旨かった。……そうだ。この子供達は我の嗜好品として長く飼ってやろう。ちょうどいい飼育ケースもあるしな。


 コウモリはバスを動かすようにゴブリンたちに命ずる。


「このまま教会の横につけろ」

「はっ!!」

「あと人間用の食料を七日分用意しておけ。この子供達は我が飼う」

「了解しました!」

「はは。これで次の街に侵攻するまでは退屈せずに済みそうだ」

 

 子供達の顔に絶望が浮かんでいた。

 殺戮の宴はまだ始まったばかりだ。

 


 □



「あんまりだ……」

「隊長! 今すぐ助けに「バカを言うな! 我々程度がネームドに勝てると思っているのか!」

「ですが!」

「いいか、肝に銘じろ! 俺たちの役目は、なんとしてでも情報を持ち帰ることだ! そうすることでしか、ネームドは倒せない。一時の正義感に身を任せて、自分の命を投げ捨てることではない!」

「……くそっ!」


 彼らは防衛軍屈指の偵察部隊だった。

 陸海空から、陥落したハママツ市を偵察し、その情報を持ち帰ることが責務だった。

 どれだけ目の前の光景に憤りを感じていたとしても、彼らにできることはなかった。

 

 いや、彼らならば、ネームドに手傷を負わせることができるかもしれない。

 あるいはゴブリンたちの何百体かは、殺せるかもしれない。


 それでもなお、やはり彼らは戦わないことを選ぶだろう。

 なぜなら、生き延びて情報を持ち帰ることこそが、彼らの使命だからだ。


「ちくしょう……!」

 

 握りしめた拳から血が滴るほどに怒る若い偵察隊員。

 それを真剣な目で見る偵察隊員のリーダー格。

 

「今は耐えろ。そして、必ず俺たちの情報が、奴らに死をもたらすと信じろ」

「ですが一体誰が、あの四百四病の王を倒し切れるのですか? 俺たちは都市の外から偵察用ドローンを不可視で飛ばしてますから、見つからないし、毒にもなっていないですけど、奴を殺すには近づかなければなりませんよ」

「確かに以前と同様の再生能力では、生半可な攻撃ではたちまちに再生されてしまうだろう。何か手立てを練るらなくてはな」

「いいか、新人。その手立てを探すのが、俺たちの仕事だ。キレてる暇があったら、観察しろ」

「はいっ!!」 


 そうして偵察部隊は血眼にしながら、コウモリの生態を観察していくのであった。

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