第17話 再来

 シズオカ県ハママツ市。

 名古屋への直通線路が通る都市。

 そこの外壁を警邏している防衛部隊が、最初にそれを捉えた。

 

「なんだあれは……」


 空が暗く染まっていた。

 日没ではない。

 もっと別の何かで、空が暗くなっているのだ。

 あれは、虫の大群だった。

 病原菌をその腹に仕込んだ。


「なんだ!?」

「総員警戒体勢! 即座に攻撃に移れるように! あとネームド警報も用意しておけ!!」

「「「了解!」」」 


 迅速な判断だった。

 事実彼らの能力は並大抵ではなく、レベルは500カンストをしている。並大抵のネームドならば、都市の防衛設備と合わせれば、撃滅しうるだろう。


 問題は、並大抵のネームドならば、そもそも都市に襲撃などしかけないということだ。

 そしてそれ以上に、これから来たるネームドは、例外的な存在であるということ。

 そして極めつきに。



 とっくに侵攻は始まっているということだ。

 


「ガハッ……」


 警備隊員の一人が血反吐をぶちまける。

 それを見た瞬間、警備隊員のリーダーが叫ぶ。


「毒ガス攻撃だ! 総員、対毒装備励起!!」

「了解!!」


 身につけている装備品のうち一つに魔力を流し込み、自らの体内に流れ込んでくる毒素を浄化する。

 それは。


「たい、ちょう……」

「毒ががんつ、ゔして」


 意味のない行いだった。

 対毒装備ではその毒は、否。が発生させる毒は、耐性装備を易々と貫通するほどの超猛毒だったからだ。


「避難を最優先に、しろ!! これは、こいつは! 『四百四病の王』だ!!」

 

 ついに、それは人類の生存圏に姿を現した。

 キノコ村を襲ってから、三年。

 ひたすらに手勢と力を蓄えて。


「近隣都市、いいや! ニホンの全都市に伝えろ!! 『大国滅亡級』のネームドの襲来だ!!」

 

 この国を滅ぼすためにやってきた。



 □


 

 直ちに、ニホン全域に警報が発令された。

 今や地震速報よりも、馴染み深く、忌々しいその警報は、二つの意味を内包している。


 非戦闘員の避難。

 そして戦闘員の総動員。


 都市における総力戦を行うという合図だ。

 そしてこのハママツ市でもまずそれを行おあとしていた。

 しかし。


「くっそなぜだ! なぜ大人の男たちだけこうもバタバタと死んでいく!?」

「しっかりして! あなた!」

「ユミとソウマを連れて、逃げてくれ……!」


 全身に黒い斑点を発症し、体の穴という穴から血を垂れ流し、それでもなお家族に逃げろという父親。

 街の至る所でそんな光景が繰り広げられていた。


「くっそ!! 四百四病の王は何が狙いだ!」

「……わかったぞ。やつらゴブリンを連れている……!」

「なっ、つまりやつは!」

「ああ、女だけ生かしたのはゴブリン共の苗床にするためか!!」


 ゴブリンにメスはいない。

 全てがオスであり、他種族のメスを犯して繁殖する。

 その対象となるのは基本的に人間の女性だ。

 

「ゴブリンと共生関係にあると見たほうがいいな」

「生き残っている少年少女と非戦闘員の女性たちを逃がすぞ! 装甲列車に詰め込むんだ! 一人でも多く!」


 彼らは即座に行動を開始した。

 動ける者から、足の遅い者や身動きの取れない者を担いで装甲列車に乗せていく。

 大人の男たちもただではやられない。

 レベルがある程度高く、病に侵されても動ける者は同様に動けない者たちを担いで運んでいく。

 あるいは、キョウマの開発した耐毒薬を飲んで強引に体を動かしていく。

 

「何としてでも装甲列車を出発させろ! あれが避難民の生命線だ!」

「了解!」


 場所は変わって、ハママツ駅。

 女性『運転士』に男性運転士たちはありったけのバフをかけていく。

 運転士という半戦闘職であるがゆえに、一定のレベルがある彼らは耐えられるのだ。

 これは外壁の警備隊員たちを襲った猛毒菌よりも、この街全域を襲っている菌の方が毒性が低いことに起因していた。


「俺たちの妻と息子たちを頼むぞ……!」

「先輩方も一緒に!」

「馬鹿言ってんじゃねえ! 限界ギリギリまで客車を繋げても女子供を乗せられるか危ういんだ! 俺たちが乗るスペースなんてあるかよ!」


 次々に女子供が装甲列車の客車に詰め込まれていく。

 空間拡張によって、並みの客車の十倍は人が入れるモノに、それでもギチギチになるまで人を詰め込んでいく。

 

「避難終わったか!」

「他の線路でも避難民の収容、終わった模様です!!」

「よろしい! それでは行け! 冒険者の皆様! 護衛、よろしくお願いします!!」

「了解!!」


 撃てば響くような声で冒険者たちが装甲車に乗り込む。

 これで避難準備は完了だ。

 後は装甲列車を走らせるだけでいい。

 そう考えて、一瞬気が緩んだ瞬間だった。

 外壁の一部に設けられた、列車用の門が弾け飛んだ。


 魔法金属製の頑強極まる門を吹き飛ばせる存在など一つしかいない。

 ネームドだ。


「グルルルル!!」


 六本脚のライオンが現れた。


「馬鹿な! ネームドだと!? そんなものまで従えているというのか!!」

「構うなァ!! 突っ込め!!」


 アクセル全開。

 装甲列車の随所に配置された機関部が唸りを上げる。

 スキルの恩恵もプラスされ、そのまま数秒で最高速度に到達し、六本足のライオンにぶち当たる。


 数千トンはくだらないであろう超質量が真っ向ぶち当たり、ライオンの鼻が曲がる。

 しかし。

 それだけだった。

 

「テメェら! ここが命の懸け時だ! 女子供の前で、死に物狂いでカッコつけていくぞ!!」

「「「応!!」」」


 病に侵されてもなお、けっしてその瞳の輝きが衰えることのない冒険者たちと防衛隊員がその手の武器を握りしめ、ライオンに襲い掛かる。

 たとえ結果が分かり切っていたとしても。

 戦うことを選ぶことができる人たちが、ここにはいた。


 その彼らたちの行いがあって、装甲列車は発進。

 ハママツ市を脱出することができた。


 残された者たちの運命は、たった一つだった。

 それでも彼らの顔には闘志が漲っていた。

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