第16話 呪病

 冬獣夏草の治療薬化はとんとん拍子で進んでいった。

 薬効成分を抽出し、それを他の薬草などのそれと配合。

 後はひたすらその配合を調整して、最も薬効成分が高まる配合を見抜く。

 

 冬獣夏草の薬効成分の効能は、免疫力の底上げだ。

 薬効成分が肉体の免疫機能にバフをかけて、その体をより丈夫にしてくれる。

 今のミライに必要な薬だ。


 そうしているうちにようやく薬は完成した。

 いくつかの動物実験や犯罪者を使った人体実験も行われ、無害であることが証明できた。

 

 後はミライの体に投与するだけでいい。

 そしてその日はやってきた。


「ミライ……」

「来ないで、って言ったのに。どうしてまた来てくれたの?」

「薬ができたんだ。さっき飲んだやつがそれだ」

「聞いたよ」

「……体の調子はどうだ?」


 俺の問いかけにミライは答えない。

 彼女は目を伏せる。


「あの薬は免疫力そのものを高める薬なんだ。だから、今のミライの症状にも効くと思う」 


「冬獣夏草ってキノコの薬でさ、冬は獣の姿をしていて、夏になるとキノコになるんだ。でもキノコが獣に擬態しているわけじゃない。胞子が、獣にとりついて孵化するのを待っているんだ。体に少しずつ菌糸を張り巡らしていって、栄養を吸収して——」


「もう、夏なんだね」

「……ああ。そうだ。ナゴヤじゃでかい夏祭りがある。村での収穫祭なんて比べ物にならないぐらいデカいやつさ。俺は、お前と一緒にそこに行きたい」

「私ね。もう体が痛くないの」

「それって、つまりは薬が効いてるってことか……!?」

「ううん。……もうね体が麻痺してしまっているんだって。痛覚をなくしてしまうぐらい」

「そんな……!」

「キョウマの薬のおかげでわかったの。だから自分で伝えたいって看護師さんとかお医者さんとかに無理を言って、私が喋ることにするね」

「……なにを」

「私の病気はね。もう、病気じゃないの」

「何を言ってるんだ……!?」

「キョウマが私の免疫を強化してくれる薬を作ってくれたから、わかったんだけどね。私の体の生命力そのものが奪われているんだって。それが免疫を低下させているかのように見えたんだって」

「嘘だろ、それじゃあ……」

「私の病気は呪いなの」


 決定的な一言だった。

 呪いとは、対象に害を与え続ける魔力事象だ。

 症状はさまざまだが全て、放置しておけば死に至る。

 呪いの解呪難易度は術者の戦闘能力に比例する。


「解呪は!? 呪いとわかったんだから、今ならなんとかなるんじゃないか!?」 


 無理だとわかっている。

 それでも聞かなくてはならない。


「もう試したよ。この都市で一番レベルの高い人に解呪を頼んだの。……それでもダメだった」

「そ、それじゃあやっぱり……」

「うん。私に呪いをかけたのは四百四病の王なの」

「っ!」


 ああ、神様。

 どうしてこんなに残酷なことができるんだ。

 彼女が何をしたっていうんだ。

 一体何をすれば、ここまでの罰を与えてしまおうと思えるんだ……!


「だからね。きっと私の呪いは、誰にも解けないんだって。陽光神教の聖女様でも、呪いを取り除くことは不可能なんだって」

「……ああ。そうだろうな」


 諦観が口から溢れ出た。

 呪いの解呪難易度は術者と被術者の実力差によって上下する。

 俺のようなカンスト勢ならまだしも、彼女ようなジョブに就いてから何もしていない子では、その解呪難易度は天井知らずに跳ね上がるだろう。


 それこそ神官系の超越職である『聖女』であっても、解呪困難なほどに。

 それはつまり、呪いの解く手段はないということだ。


「だからキョウマ。今までありがとう。私なんかのために命を賭けてくれて。その上いろんなものをくれて。お話をしてくれて。ありがとう。この病室はね、すごく殺風景だけどキョウマがいる時は、とても楽しい場所に思えたの」

「ミライ……」


 名前を呼ぶことしかできない。

 彼女の瞳が潤む。

 

「私ね。幸せだったよ。君がいてくれて」

「もう終わりみたいなこというなよ」

「でも、もう、なんの手立てもないでしょ?」


 確かに呪いを解く手段はない。

 あれだけのレベル差だ。

 俺が今から解呪特化の超越職を見つけたとしても、間に合わないだろう。


「だからもう、諦めていいんだよ。私のことなんか忘れて幸せになって」

「確かに呪いを解く手段はない。けど他にも呪いを破棄する手段はある」

「なにを……」

「殺せばいい。四百四病の王を。そうすれば呪いは消える」

「無茶だよ!」

「だからどうした。可能性があるなら俺は手を伸ばすぞ」

「だって、キョウマは……!」


 少女が絞り出すように言った。


「『キノコ農家』でしょう……?」


 俺は立ち上がり、背を向けながら言った。


「それでも、俺ならなんだってできると言ってくれたのは、君じゃないか」


 そうして病室を立ち去ろうとした。

 その瞬間だった。


『ネームド警報発令! ネームド警報発令! これは訓練ではない! 繰り返す! これは訓練ではない!』


 ネームドが現れたのだ。

 なんとなく何が来ているのか、俺にはわかった。


「行ってくる」

「待って、キョウマ!」

「またな。ミライ」


 俺は去っていく。

 彼女を救うために。

 

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