第15話 冬獣夏草
「死んでる、よな」
アーマードベアの親玉らしき、その巨大な熊は、体長七メートルはあった。
白目を剥き、体のところどころが腐敗し、キノコが生えている。
「心音は聞こえない。確実に死んでるわ」
「まさか……あそこに生えているのが、冬獣夏草か?」
「そうみたいです」
俺たちは大熊の体によじ登り、冬獣夏草を見る。
分析スキルを発動。
分析とは鑑定とは異なり、目の前の情報を文字通り分析するスキルだ。
自分が時間をかけて分析できることを、短縮しておこなうのだ。
こうして獲得した情報が、鑑定の際に使われるデーターベースである。
キノコの薬効や毒性などの情報が俺の頭に流れ込んでくる。
……ああ、ようやく見つけた。
「これです。このキノコなら、俺の親友を救えます」
「本当か!?」
「キノコ博士なら間違い無いでしょう。……よかったわね」
「ありがとうございます」
早速採取する。
慎重にキノコの石突を刈り取る。
すると……。
「枯れちゃった……」
「見つけたから即採取とはいないか」
「その状態の薬効はどう?」
「ダメですね。雲泥の差ですよ」
この状態では薬効はほとんどない。
そこらへんの薬草レベルだ。
それでも薬草程度はあるのはとてつもないが。
「くっそ。どうするべきだ?」
キノコの目に見える部分は、いわば植物でいう花の部分だ。
キノコの本体は地中に張り巡らされた菌糸である。
今回の冬獣夏草ならばこの熊の体に張り巡らされているだろうか。
そこからの栄養供給が途切れてしまうとすぐさま枯れてしまうというのも、理解できる話である。
納得はできないが。
「体の一部を切り取って持っていくか?」
「それでは栄養が足りないと思います」
「きのこを冷凍保存するとか」
「冷やしすぎると栄養素と薬用成分が壊れますね」
「八方塞がりか」
……あれなら使えるかもしれない。
「みなさん、ここからすこし賭けに出ます。今から使う菌は、かなり危険です。制御を誤れば、俺たちは死に至ります。それでもやりますか?」
俺の問いかけに、みんなが頷いてくれた。
「ここまで来たんだ。一蓮托生さ」
「構わねえよ。ま、最悪でも子供二人は逃してやるさ」
「周囲には敵影はないよ。安心してやっちゃいなさい」
「傷の大抵は直して差し上げます」
「万が一はあたしが自爆してでも逃がしてあげるわ」
頼もしい人たちだ。
俺は懐からアンプルを取り出す。
それを砕いて、注射で吸収する。
「行きますよ」
俺はそれを大熊の死骸に注入した。
途端に死んだはずの大熊が、脈打つ。
「まさか、蘇生薬!?」
「おいおい、蘇生ができるのは陽神教の聖女様だけのはずだろう!?」
「そんなものまで!?」
「違います。これはただの寄生菌と、栄養剤を混ぜたものです」
カロリーを極限まで圧縮した注射液と配合した菌は、生物の体に投与されることによって爆発的に増殖し、擬似的な神経網を構成する。
そうすることによって大熊の体は……。
「動き出した……」
「問題はここからです」
更にもう一つの胞子を大熊に振りかける。
これは発電キノコという品種を改良したものだ。
こうして相手に差し込むことによって、リモコン代わりに神経信号を送ってくれる。
ここまでは成功だ。
問題はここから先。
「このまま、大熊に乗ってこの禁域の森を脱出します。……ここから先は正直賭けです。近隣のアーマードベアがまだ、この大熊をボスとして認識してくれるのならば、帰りは大幅に楽になるでしょう。でもそうでない場合は……」
「ご馳走が歩いてきているみたいな敵にとって絶好のチャンスになっちゃうわね」
「はい。行きますよ」
俺たちは軽やかに跳び上がって、大熊の体に飛び乗る。
そうして俺たちの帰りの道中が始まった。
□
そして……。
遂に俺たちは街にたどり着いた。
「危なかった……、手持ちの栄養剤もここで切れてしまいました。街での補給が間に合いましたね」
「ああ。……とんでもない珍道中だったな」
だがこれでようやく、ミライへの薬を作ることができる。
俺はそう確信した。
キノコを分析し続けることによって、どうすれば子実体から薬効成分を損なわずに切り取れるかもわかった。
後は彼女のためにこのキノコといくつかの薬草を配合して、薬にすればいい。
……待ってろよ、ミライ。
必ず助けてやるからな。
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