第14話 禁域の森の主
俺たちはうっそうと茂る森の中を踏み入っていく。
周囲にはモンスターたちの生息音が木霊し、生き物の気配を強く感じさせる。
森の香りには微かに獣臭が混じり、鼻腔をつく。
風はひどく湿っていて、肌がべとつくような気がする。
口の中が渇いていく。
「……生き物の気配が薄いね。流石危険度Ⅹの超危険地帯。モンスターの全てが気配遮断を持っているよ」
「警戒を怠るなということだな」
「うん。ま、私の目と耳と鼻をかいくぐれる奴はそういないと思うけどね」
それでも、各々注意を怠らないでほしいと、アカネさんが言った。
俺も生命を探知することのできるキノコを手に持って、神経をとがらせる。
ここは生息しているモンスターの平均レベルが500近い、超危険地帯。
気を抜けばすぐに死が訪れるのだ。
どれだけ注意してもそれが足りることはないだろう。
「キョウマ君。君は気を張り詰めすぎ。もうちょっと私たちに任せて」
「え」
「君は言わば私たちの護衛対象。いざとなったら君とミナミちゃんだけでも逃がすつもりでいる。だからもうちょっと大船に乗ったつもりでいいよ」
「ですが、それじゃあ……」
「正直さ、私たち諦めてたんだよね」
アカネさんは語り出す。
警戒を怠らずに、それでも俺に聞かせてくれた。
「一応私たちも手分けして、リーダーの治療費を稼ごうってことになったんだけどさ。あ、もちろんリーダーはそんなことしなくて良いって言ってくれたよ? けどどうしても私たちは一緒に冒険したくてね」
「けどお金はどれだけ集めても足りないんだ。知ってる? 部位欠損の治癒の相場。50億円だよ。50億。その上何年も、下手したら何十年も待たなくちゃいけない。だから口では稼いでやるって言ってても、ほとんど諦めていたんだ」
「けど君が再生薬を開発して、そのテストベットにリーダーを選んでくれた。おかげでこうしてまた、一緒に冒険ができている。……私たちにとっては命懸けでも楽しい冒険がね。だから少し位恩返しをさせて?」
俺は頷く。
「分かりました。皆さんを信頼します」
「そ、任せてよ。これでも若手の出世頭って昔は言われてたんだ」
「今度はベテランの仲間入りを目指してやっていこうか」
「そうですね。リーダーがいるのならば、何処までもついていきますよ。私たちは」
「ああ……。ありがとうみんな」
そうやって和やかな雰囲気が流れた瞬間だった。
アカネさんがハンドサインを出す。
最警戒。
命の危険が迫っていることを知らせるシグナルは、俺たちの緊張感を一気に引き上げた。
そうして俺たちは懐から取り出したキノコの胞子を体に振りかける。
消臭化と消音の効果を混ぜたものだ。
「(みんな、一時の方向をよく見てみて」
「(あれは……)」
熊だ。
アーマードベアだ。
しかも群れていた。
オスが一体にメスが二体。そして子熊と思わしき個体が、五体以上。
「(正面からやれば、まず間違いなく負けるね)」
「(このレベルの群れが生息しているのか)」
「(恐らくこの森の頂点捕食者たちだろうな)」
「(あたしの魔術で森ごと燃やしても生還しそうな圧があるわね)」
「(とにかくあの群れは避けて通ろう。冬獣夏草があるのはもっと奥地なんだろう? ならここは素通りして……)」
「(待って……、アレを見て!)」
そう言ってアカネさんが指した先には、もう一つの群れがあった。
「(別の群れがあるのか)」
「(これはバトルね。今のうちに速く離れるわよ)」
俺たち全員が、この熊の群れが互いを攻撃すると思っていた。
しかし。
そうはならなかった。
熊たちはお互いに頭を下げて、通り過ぎていく。
「(は……?)」
「(おいおい、どういうことだ? 熊同士戦うんじゃないのか? アーマードベアの生態は、他の同種にも襲い掛かるぐらい獰猛なはずだが……)」
「(…………まさか、そんなあり得ない)」
「(どうした、アカネ)」
「(ほぼ同じ強さの同種が唯一争わない理由があるわ。……外れててほしいけどね)」
「(なんだ? もったいぶらずに早く言ってくれ)」
「(あの群れが二つとも、同じ群れであるっていう点よ)」
その言葉俺はピンときた。
「(アーマードベアの群れ形成のために必要なものは一つ。……同種よりも圧倒的に強いオスですか)」
「(そうよ。流石ねキョウマ君。……あの二つの群れが同じ群れならば、その群れをも統括する圧倒的に強い個体が存在するはずよ)」
「(少なくとも『ネームド』クラスか)」
「(ええ。それも村落壊滅級は間違いなく超えるレベルでしょうね)」
「(どうする、リーダー進むか? ……正直言って戻るのもありだと思っている。俺はな。けどリーダーに従うさ)」
グレンさんが言った。
確かにその判断は正しいと俺も思う。
ネームドとは、軍で対処すべきする相手なのだ。
冒険者の一パーティに手に追える存在ではない。
だから、彼らが戻ることを選択しても責められない。
「(進もう。冬獣夏草はもっと奥地にあるんだろ? なら行くしかない)」
「(いいんですか?)」
「(ああ。ただし、少しでも危ないと思ったら、すぐに撤退する)」
「(わかりました。その指示に従います)」
ミライを救いたいが、そのために他の人の命を犠牲にしたいと思わない。
俺は頷き、俺たちは森の奥地へと進んでいくのであった。
□
「ここから、冬獣夏草の気配がするのか?」
「厳密には内包魔力量が一定値を超えたキノコの存在ですけど。でもここまで内包魔力量が多いキノコは感知したことないですね」
「だがな……」
俺たちの目の前にあるのは巨大な洞穴だった。
山の斜面に開いたその穴は、十メートル近くある。
そしてその周囲には巨大な足跡。
俺の索敵スキルは低レベルだが、そんなものにも頼らなくても分かる。
ここにはいる。
この森の主が。
「明らかにボスのいるところに入りたくはないな」
「……」
「アカネ、そっちはどうだ? 何か反応があったか?」
「それがね、何にもないの。よっぽど高度な隠密をしているか、そもそもいないかの二択だと思うわ」
「なるほど。……行こうか」
「行くのか?」
「ああ。どちらにしろ依頼主の要望を果たすためには潜らないと行けない。アカネの索敵を超える隠密能力を持っている個体ならば、強さも相当だろう。逃げ切れるかどうかも分からないほどのな。それなら最初から、突っ込んで先手を取った方がいい」
「賭けになるぞ」
「ここに来ている時点でたいして変わりないさ」
「確かにアーマードベアの縄張り意識は相当なものだからな。ここまで近づいた時点で敵として認識されているだろう」
「いくだけ行ってみましょう」
そういうわけで俺たちは、虎穴ならぬ熊穴にはいることになった。
そこで待ち受けていたのは……。
「なんだ、これは」
巨大なアーマード・ベアの死体だった。
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