第12話 出発

「ふう。準備は万端だな」


 当然俺は諦めるつもりはない。

 購入した空間魔術の込められた拡張鞄に大量の携行物資を詰め込んで、冒険者ギルドを尋ねる。


「いらっしゃい、キョウマ君。……その装備は、やはり自分で行くことにしたんだね」

「はい」


 知り合いの受付嬢である市川さんだ。

 俺が弓兵としての装備を見ると、すぐに事情を察してくれた。


「止まるつもりはないんだね」

「ありません。親友の命がかかってますから」

「……それなら、なおさら人を頼るべきだね」

「誰もいないじゃないですか。禁域の森に行こうなんて人は」

「そうでもないわ」


 その声には聞き覚えがあった。


「ミナミ!」

「まあ、普段二人組を組んでくれているお礼よ。……アンタが来るまで私ずっと教師相手に組手とかをしてたんだし」

「いいのか? かなり、いや、メチャクチャ危険だぞ」

「そうね。私とあなた、二人だけならね」


 そう言って彼女の背後から現れたのは、四人の男女だった。


「久しぶりだな。キョウマ君」

「アナタは、赤井さん!」


 彼は『緋色の刃』のリーダーである、赤井さんだった。

 俺が再生薬で腕を生やした人だ。


「君のおかげで俺は腕を生やすことができた。その恩義を返させてくれ」

「良いんですか!?」

「俺は片腕を失った後も鍛錬を怠ったことはない。他のメンバーも同じだ」

「『司教』のクレナイです。よろしくお願いしますね」

「『鉄壁騎士』のグレンだ。リーダーを治してくれたこと、感謝する」

「『凶手』のアカネよ。こんな若い子がリーダーの傷を治してくれたのね」

「俺たちの平均レベルは500近い。禁域の森でも役立つはずだ」

「本当に、いいんですか? また腕を、いいえ、今度は命を落とすかもしれませんよ」

「冒険者たるもの、常にそのことは覚悟の上だ。それよりも冒険者として活動を再開する以上、受けた恩を返さない奴という評判が立つことの方がマズい」


 冒険者とは探索者であり、開拓者だ。

 『魔力黎明』という、旧時代と新時代の転換点によって人類は生存圏の半分を失った。

 失った理由は様々だ。

 強力なモンスターが出現するようになった。

 有毒なエネルギーが溢れるようになった。

 植生が大幅に変わった。それこそコンクリートジャングルがそのままジャングルになってしまったなどの、様々な理由がある。


 そうした未踏領域を再踏破することこそが彼らの役目だ。

 その前段階として、モンスターの討伐を行ったり、植生を調べたりと、色々なことを任される。

 

 そして冒険者は何よりも力がモノをいう仕事だ。

 そして力を持つ物だからこそ、法律以上に義理と人情が重んじられる。

 逮捕することも至難であり、その気になれば牢屋を吹っ飛ばせるような人たちを縛るのは同業者からの監視の目であり、その武力だ。


 常人を超えた力を持つからこそ、常人以上に己を律しなければならない。

 恩には恩を、仇には仇を。

 ソレを徹底する。

 それが冒険者の鉄則だ。


「それに、禁域の森を探索するのに、高レベルの専門家がいると、こっちの功績も確実に計上できるだろう? だからWIN―WINで行こう」

「ありがとうございます!」

「私はこのチームに欠けている遠距離火力を補うために、参戦したってわけ。感謝しなさいよ」

「ミナミもありがとう!!」

「……ふん。お礼は何か物質的なものでしなさい」

「わかった。とびっきりの薬を用意しておくよ」

「それじゃあ、行こうか。装備や物資の準備をしよう」


 俺は赤井さんの言葉に頷く。


「今回は俺がパトロンですから、前金代わりとして装備の代金は俺が払いますよ」

「いや、流石に子供に払ってもらうのは……」

「11桁です」

「え?」

「俺の貯金額です」

「「「「よろしくお願いします!!」」」」


 というわけで俺は金にものを言わせて最高の物資と装備を揃えるのであった。



 □



「凄い、これが装甲列車か」


 俺の視界はそれなりの速度で流れていく。

 その周囲を多種多様な装甲車が走っている。

 周りを走る装甲車は護衛だ。

 かなりの銃火器で武装されていたり、弓兵や銃士が乗っていたりする。

 そうすることで俺の乗っている装甲列車を守っているのだ。


 この装甲列車は、かつての線路を流用して作り上げたこの国の根幹を担う交通網だ。

 空路は怪鳥や竜の類で、半ば封鎖されており、海路は怪魚などによってかなり危険度が高い。

 無論地上もそれなりのモンスターが存在しているが、乗り物を壊されれば即アウトの海路や空路よりはハードルが低い。


 そのためにこの国は、莫大な労力を費やしてこの装甲列車交通網を整備したのだ。

 並みのモンスターならば轢き殺せる代物だ。

 線路が破壊されたとしても、車輪を切り替えて走ることができる。

 じゃあ線路を走る必要なくないか、という声があるかもしれないが線路から持続的に魔力供給を受けることによって、この巨大な装甲列車を運行することができているのだ。

 

 その装甲列車にも無論燃料は積んであるがソレは、専ら周囲の装甲車のための物だ。

 何せこう言った装甲車両を襲うのはモンスターだけではないのだから。


「あ、盗賊だ」


『テメェら! 有り金と食料を置いていけ!! そうすりゃ命は取らねぇ!』

『あと女もな!!』


 スピーカー越しに響く野太い声は、明らかに盗賊の要求だった。

 ソレに俺たちは冷静に行動をする。


「さて遠距離組は援護を。近距離組は待機をしてくれ」

「「「了解」」」


 この旅路では、基本的に赤井さんの指示に従うことになっている。

 一番経験が豊富だからだ。

 よっぽどのことではない限り、俺の意見はあくまで参考程度となる。


「キョウマ君、君のキノコ兵装を一度見せてくれないか? そっちの方がお互いの戦力を共有がスムーズに進む」

「了解しました」


 俺は矢じりを薬壺に浸す。

 そしてつがえて、放つ。

 狙い過たずその矢は盗賊の車に突き刺さった。


『はっ! この程度の矢で俺のグレートベルセルク号が壊れるわけ——』


 爆音が響く。

 ニトロ・マッシュの胞子を薬液に混ぜて作った火薬液は充分な効果を発揮したようだ。

 

「凄いな。中級魔術程度の火力はあるぞ」

「アレを矢一本の消費で撃てるなんて、魔術師は廃業ね」

「いや、あれは俺の『腐朽の叡智』のスキル効果でかなり強化されてるんで、仏の人が使っても初級魔術並みの効果しかないですよ」

「そうか。君の努力の結晶というわけだ」


 そうして一通りのキノコ攻撃を盗賊たちを相手に行っていく。

 ある盗賊は麻痺し、ある盗賊は爆睡し、ある盗賊は気管にキノコが詰まった。

 瞬く間にキノコは彼らを制圧する。


「これ、他の冒険者にも危険が及ぶんじゃないか?」

「そうならないように効果時間はかなり短めに設定してますよ」

「そうか。手抜かりないな」

 

 というわけで瞬く間に盗賊たちは制圧された。

 彼らは基本的に牢屋車両に詰め込まれる。

 盗賊たちのネットワークを聞き出すためだ。

 そしてその後は基本的に死刑か、死ぬまで鉱山奴隷となる。

 この時代において、街の外での窃盗行為は、命を奪う目的でなくともそうなっている。

 

 なぜなら、物資の量が生死を分けることもあるからだ。

 なので基本的に盗賊行為とは割に合わないことなのだ。

 それでもこうした人間が出るのは、それだけ困窮している人間が出ているということでもある。


 例えば俺たちのように『ネームド』に故郷を破壊されて、住むところを失った人間とか。


 だからといって同情はしない。

 人を害することを選択したのは、彼らなのだ。

 その報いは相応に受けるべきだ。


 そんな弱肉強食さを感じながら、俺は遂に旧ナガノ県の最寄りのシズオカ県に到着した。


 ここの都市で英気を養って、最終的な物資を確認して、ようやく探索開始となる。

 待ってろよ、ミライ。

 必ず助けてやるからな。


 

 

 

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