第11話 拒絶

「キョウマ君、あのね。もう来ないでほしいの」


 ミライが、そう言った。

 ソレは明確な拒絶の言葉だった。


「何で、いきなり……」


 いいや、本当は分かっている。

 彼女の容態は既に途方もなく悪化していることを。

 もう、顔色は明確に悪くなっている。

 彼女に会っている途中で気づいたのだが、彼女は自分の顔色を隠すために化粧をしていたのだ。


 それでも隠し切れないほどに、悪くなっている。

 きっともう——。


「今までありがとう。私のために、いろんなことを頑張ってくれて」

「ま、待てよ。まだ、まだ手立てはあるんだ。諦めんなよ……」

「自分の事は自分が一番よく分かっているよ。最近ね。ご飯も食べられないの。胃が弱っちゃってね」

「それでも、まだ可能性が……!」


 ミライは悲し気に微笑む。


「どうしてキョウマはそこまでしてくれるの? 私なんかのために。自分の人生を捧げてくれるの?」

「親友だからだ! お前が、俺にただのキノコ農家じゃなくていいって、可能性を示してくれたんだ! だから、俺はここまで凄い奴に成れたんだ! お前のおかげなんだ……!」


 少女の微笑みが、少し弱くなる。


「親友なんだ。私」

「そうだ! 俺のたった一人の親友!」

「ならいいよ。もう」

「え?」

「それが理由なら、私はもういらない。もう何もいらない」

「何を言って……」

「出て行って!!」


 初めての大声だった。

 ミライがそんな声を出すなんて、思ってもみなかった。

 目の前のガラスが白く曇る。面会謝絶の合図だ。

 マイクも切れる。もう音は聞こえない。

 ガラス一枚しか隔てていないはずなのに。

 俺と彼女の距離はどうしようもなく遠く思えた。



 □



「ごめんなさい……」


 自分の指が、マイクのスイッチから離れた後にその言葉は溢れた。


「ごめんなさい、キョウマ君……」


 少女は力なく、呟く。

 そして両手で顔を覆った。


「ごめんなさい……、貴方の時間もお金も、夢も奪ってばかりで……」


 少女はずっと心苦しく思っていた。

 自分なんか比較にならないぐらい才能に溢れた少年が、自分なんかのために色々なモノを手放している。

 自分なんかのために時間と労力を割いて、その可能性を狭めている。

 それがもう、耐えられなかった。

 死にゆく自分なんかのために、これからも未来の有る少年がその可能性を擲ってしまうのが。


「ごめんなさい……」


 声が震える。

 謝罪の声が尽きた。

 その後に溢れるのは彼女の本心だった。


「手をつなぎたいよ……」


 その手をつないでみたい。


「抱きしめてほしいよ……」


 そのぬくもりを感じたい。


「キスをしてほしいよ……」


 その愛を受け取りたい。


 でも自分にはそれができない。

 無菌室を出れば致命的な病に罹ってしまうから。

 

 そして何より。

 自分にはその資格がない。

 死んでいく自分には。

 奪うばかりの自分には。

 その資格が、ない。


「大好きなんだよ……! 誰よりも……!」


 でももう会うべきではないのだ。

 これ以上は抑えられなくなってしまうから。

 その気持ちをそのままぶつけてしまえば、きっとどれだけ気分がいいことだろう。

 でもそれではだめなのだ。

 彼の事だ。

 きっと死にゆく自分のために、触れ合うこともできない自分のために、一生愛を貫くだろう。


 ソレは、耐えがたい。

 耐えがたいほどに、喜ばしい。

 耐えがたいほどに、そんな自分を嫌悪してしまう。

 

「羨ましいよ……」


 きっと彼の隣には、自分なんかじゃ、及びもつかないぐらい美しくて、力や才能に溢れた少女が経つんだろう。

 それがどうしようもなく妬ましい。

 そんな自分が、厭わしい。


「やだよ……、一人にしないで……」


 これだけは聞かせられなかった。

 だから遠ざけるしかなかった。

 彼女の命はもう。

 このままでは長くはない。



 □



 現実感が無かった。

 床を踏みしめているはずの足がスポンジの上を歩いているようだった。

 ふらつく足取りで、廊下を歩いていく。

 何故拒絶されたのか。

 もう諦められてしまったのか? 俺の才能を。

 それとももう諦めてしまったのか。自分の命を。


「ひでぇ面してんな」

「ケンか……。言っても無駄だぞ。あの子は面会謝絶だ」

「拒絶だろ? お前はな。俺は良いんだよ。……何せ『特別』じゃないからな」

「どういう意味だよ。……喧嘩売ってんのか?」

「俺にはテメェの方が喧嘩売ってるように思えるけどな」

「はぁ?」


 苛立たし気に頭をかく、ケン。


「キノコ野郎、その様子じゃ、もう来んなとか言われたんだろ」

「お前には関係ねえよ」

「……なくてもそれこそ関係ねえよ。……もう諦めろよ」

「……何を諦めるって?」

「言わなくてもわかるだろ」

「……俺の想像通りだとしたら、俺はお前をぶん殴らなきゃいけないが?」

「想像通りだよ」


 俺は拳を奴の頬に打ち込んだ。

 しかしそれは頬に突き刺さる寸前で、奴の手のひらに受け止められる。


「もう、無理なんだよ。むしろ今までよく持った方だろ」

「ふざけるんじゃねえ! そんなに簡単にあきらめてたまるかよ! お前だって復讐を諦めるつもりはないだろ!!」

「おれは……、もう諦めたよ」

「は?」


 何を言って。

 こいつは既に最上級職の『剣聖』を獲得して、その上レベルも既に450を超えていて、『ナゴヤ学院』屈指の天才で……。


「ネームドにランクがあるのは知ってるよな。『村落壊滅級』『市街破壊級』『都市陥落級』『国家崩壊級』『大国滅亡級』って」

「常識だろ」


 奴は上着をめくる。

 そこには深々とした裂創が刻まれていた。


「この傷は一番下の『村落壊滅級』に付けられた傷だ。この間戦った奴だ。……逃げるのが精いっぱいだった」

「それがどうしたって言うんだよ」

「分かんねえのか? 『四百四病の王』はな、『大国滅亡級』だ。未だ見つかっていないのに、この国が滅んでいないのは運がいいからに過ぎねえ」

「その程度で諦めるのかよ!」


 ぎりりとケンが奥歯を噛みしめる。


「その程度だと……! いつまで夢見てんだ! 俺たちには確かに才能があった! けど限界だってあるんだよ!」

「お前と一緒にするんじゃねえ!!」

「悪かったな。俺以下だもんなァ! 『キノコ農家』!!」


 全力で掴みかかる。

 ソレをひらりと躱されて、そのまま投げ飛ばされる。

 

「くっそがぁっ!」

「……いい加減、自分を縛るのを止めてやれ。それが一番、ミライを傷つけるんだよ」


 そう言って去っていく。

 俺は、床に倒れ伏して、そのまま動けなかった。

 無駄に明るい廊下は、ひどく寒々しかった。 

 

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