第10話 研究と努力

 俺は学院の敷地内の一部に建てられたキノコ農場に来ていた。

 ここでは俺が実験している大量のキノコを個々のスペースに分けて、生育している。

 今回ここに来たのは、冒険に行くにあたって様々なキノコを用意する必要があったからだ。


「ふう。ニトロ・マッシュの胞子は一定以上の湿度を保たないと、爆発しちまうからな。そこら辺の輸送方法も確立しておかないといけないな」


 例えば、火薬めいた胞子をまき散らすニトロ・マッシュ。

 これは火属性魔力を含んでおり、自身の胞子をまき散らすのに爆発を利用する。

 ソレを色々といじって爆発力を増大させた代物だ。

 キノコ一本から取れる胞子だけで、家屋一つを吹き飛ばすことができる。

 これを安全に運搬して、いつでも攻撃転用できるような手りゅう弾を開発する必要があるだろう。

 後で、鍛冶学科に頼んでおこう。


「眠り茸の胞子は、摂取量を間違えると永眠させちまうからな。捕獲の際には、必要量を調整しないとな」


 他にも胞子を吸った相手を眠らせて、他のモンスターに食わせて自分の胞子を移送する危険なキノコを弱毒化させて安眠剤にしたり、逆にモンスターを眠らせるための毒薬にしたりしている。

 ちなみにこれも、睡眠薬としてかなり人気を博している。

 といっても市販はされず、医療機関にのみ卸されているが。


「パラライズ・ファンガスの生育も順調だな。こいつはAGIの低い俺にとっては一種の生命線となり得るだろう」


 マナの道溢れた世界には状態異常という物が存在する。

 これはステータスを手に入れた生物の免疫反応であるという説が有力だ。

 致命的な症状を、状態異常というパッケージ化することによって治療を簡易化するという働きがあるのだ。

 そうした状態異常にパッケージ化されているのならば、一種類の薬で治ったりするし、耐性を上げればそもそも状態状に罹らないことだってできる。


 人間に作用する毒素は様々な種類がある。

 それに対抗するためには様々な薬が必要だ。

 そしてその薬自体にも致死量という物がある。下手に投薬量を見誤れば、逆に副作用を受けて死んでしまうことだってあり得るのだ。

 投与しても即座に効果が現れるとは限らない。そうした薬に即効性を齎すのが『薬師』の魔法薬化であり、いま世界中で流通しているポーションという代物だった。

 

 俺が開発した再生薬もその一種だ。

 そうした薬がきちんと効果を発揮してくれるのは、状態異常という一種の症状の一括化が行われているからだ。

 

「キノコの即時栽培技術も安定化できているしな」


 俺は目の前の坩堝から、どろりとした液体を取り出す。

 そしてそれを慎重に、ガラスの瓶に入れる。

 ソレをポケットのポーションホルスターに入れる。

 

「試しに使ってみるか」


 俺はキノコ農場から出て、ポーションを投擲する。

 結構遠くまで飛んだポーションはパリンと割れて、中の粘体を地面に撒き散らす。

 そしてソレは外気に触れた瞬間に急速に膨張して、キノコを生成した。


 そのキノコの近くに寄ってみる。

 ほのかな緑色の燐光を放つキノコは、何も照明用ではない。

 俺は懐から取り出したナイフで、指先を傷つける。

 血がたらりと地面に垂れるが、すぐに止まった。


「お、ちゃんと塞がっているな」


 指先の切り傷が塞がっている。

 そう、このキノコは回復用のキノコ。

 しかも周囲に治癒魔術をばら撒く画期的なキノコなのだ。

 あまり長時間維持できないのがネックだが。


「よし。今度は菌の作成に取り掛かるか」



 □


 

 スンスン、と手で仰いだ空気の臭いをかぐ。

 

「うん。無臭化しているな。ついでに無毒化も出来ている」


 『鑑定:毒素』で、無毒化を確認する。

 これで、俺の隠密能力は一段上のモノとなるだろう。

 俺が作っているのは一部の菌から分泌される酵素による、消臭液だ。

 こうして俺は自らの冒険に役立つ物を色々と製造している。


 カロリー圧縮剤と併用すべき栄養補給食品の作成・量産や、土壌に注入することで、収穫量を何倍にも引き上げる菌も作った。


 ちなみにこれらの生産方法を確立して、更なる研究と冒険の資金を確保している。

 

「ふう。薬剤の生成は順調だな。こっちの菌は……?」


 防護服を身に纏う。

 これからはいる場所には万が一外部に漏れたとしたら、恐ろしい事態を起こすであろう菌が保管されている。

 一応菌自体も幾つもの防護機能で隔離されているが、それでも念には念を入れてである。


「うわ、ヤバいな……」


 『危機察知:菌』がビンビン反応している。

 このスキルは菌の危険度を、赤色の濃淡で示してくれるのだが俺の目の前にある菌はどれも真っ赤だ。

 

「こりゃあ、封印確定だな。危なすぎて表に出せない。それこそ大量虐殺をするようなときにしか役立たないだろ」


 というわけで菌類を攻撃転用するというのは難しそうだ。

 あるいは『超越職』になればそこらへんも自由自在になるのだろうか。


「でもこいつらを作ったおかげで、俺のレベルはとうとう500に到達したぞ……!」


 そう。

 俺は五つのジョブを最上級にまで極めたのだ。

 500レベルとは『超越職』という一握りの人間だけがたどり着ける領域とは異なり、時間と根気があればだれでもたどり着けるいわば一般人の限界点だ。


 こうして500レベルに達した者を基本的に、カンストと呼称する。

 ゲーム由来の言葉だ。

 こうしてカンストさせてようやく『超越職』への取得条件を一つクリアしたことになる。


 大抵の『超越職』はそれ以外の条件がきつすぎて、一つの世代に一人しか就職者がいないほどなのだが。

 

「……俺も『病原体』を操る超越職になれば、ミライを救えるだろうか……」


 ないものねだりであるとは分かっている。

 それでもそう思わずにはいられなかった。


 

 □



「ふっ」


 俺は弓矢の練習をしていた。

 この世界において遠距離攻撃といえば三種類に分けられる。

 一つは銃、もう一つは弓矢、最後に魔術だ。

 うち二つは分かるだろう。

 銃火器は、猟銃のような獣用の弾頭を使って、なおかつ『銃士』系統のスキルで強化すればモンスターにだって十分通用する。

 魔術は言わずもがな。『超越職』が扱うモノには、街一つを吹き飛ばすような代物だってあるのだ。

 銃火器を平均的に上回る物がるのもうなずけるだろう。


 では弓矢は?

 時代遅れの産物ではないのか?

 と問われれば、はっきりと違うということができる。


 なぜならこの世界にはモンスターという物が存在しているからだ。

 モンスターの素材、特に骨などの動物素材や魔樹による合成弓は相当な強度と張力を誇っている。

 そこにモンスターの腱やクモの糸、蔦などの糸を弦とすれば相当な威力の弓が出来上がる。


 それらに加えて、能力値という恩恵だ。

 STRの恩恵があれば、並みの大人が二十人がかりでも引けないような強弓を軽々と引くことができる。

 となれば当然打ち出される矢の威力も莫大なものとなる。


 更に矢には弾丸と違って、簡単に毒を塗ることができるという特性がある。

 弾丸ならば、火薬の熱に負けないようにいくつかの加工が必要だが、それも必要ない。


 俺は主にキノコ毒を使って、相手を翻弄するスタイルになるだろう。

 だからこそ、こうして状態異常が付与しやすい弓矢を選択したというわけだ。


「ふっ!」


 的となる動くゴーレムに向かって一息に矢を三連発する。

 その全てがゴーレムの胸と頭、そして手に持っていた的に直撃する。

 すべてど真ん中だ。


「お、弓術スキルも手に入れられたみたいだな」


 これで準備は整った。

 後は冒険に向かうだけだ。


「行こうか。禁域の森へ」


 何が待ち受けていようとも、俺は突き進み続ける。

 

 

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