第9話 秘薬
冬虫夏草というモノをご存じだろうか。
草とついているが、キノコの一種である。
その名の通りに、冬の間は虫に胞子が寄生し、夏の間にその胞子が発芽してキノコの子実体――目に見えるキノコの部分――を形成する。
要は寄生虫ならぬ寄生キノコという代物なのだ。
そのキノコは古代の大陸国家において、薬草として知られており、旧時代と新時代の境目である二十一世紀初頭においても薬として有用であると知られていた。
では冬獣夏草という物をご存知であろうか。
マナが溢れるようになった現代において、様々なモンスターが跳梁跋扈することとなった。
そのモンスターは大別して二種類。
異界の狭間であるダンジョンから地上に進出してきた個体と、旧時代の動植物がマナの働きによって特異的進化を遂げた個体に分けられる。
冬獣夏草は後者だ。
ソレはキノコの一種であり、冬虫夏草の進化種であると言われている。
宿主とするのは虫ではなく獣、モンスターたち。
当然獲得できる栄養は段違いだ。
するとその薬効はどうなるのであろうか。
ここからは推測だが、宿主にするモンスターが強大であればあるほど、その薬効は強まると考えられる。
何せ生物のステータスであるVITには肉体的状態異常を防ぐ効果がある。
レベルが高ければおのずとそれも高まる。
そしてソレをも凌駕するほどのキノコの寄生力があれば、より高い価値のあるキノコが生まれるはずだ。
我々はソレを調べるべく、日本の旧ナガノ県全域を覆う、『禁域の森』の奥地に向かうことにした。
~『薬草大全』より抜粋~
□
「冬獣夏草……、これだ」
これなら、ミライを救えるかもしれない。
そうと決まれば行動だ。
幸い金も、依頼の対価となるような薬も大量にある。
差し出す報酬には困らない。
「それと並行して、冬虫夏草の採取依頼も出しておこう。あっちは免疫抑制効果とかATPの消費効率を上げる効果を持っているから、それはそれで役に立つだろう」
そう言うわけで俺は冒険者ギルドに依頼を持っていくのであった。
一週間後。
「冬虫夏草はいくつか集まったけど、冬獣夏草に関しては一切引き受ける人がいないか……」
冬虫夏草に関してはいくつかサンプルが集まった。
冬虫夏草というのは、虫に寄生するキノコの総称で、寄生する虫に応じて様々な種類と薬効があった。
おかげで色々な薬を作れそうだ。
しかし問題は『冬獣夏草』だ。
「やっぱり、『禁域の森』って言うのがネックだな……」
『禁域の森』とは、旧ナガノ県にある、山々に囲まれた樹海の事だ。
その危険度は、霊峰フジや、試練の大地ホッカイドウ、ナルト激流海峡、ビワ深淵湖などに匹敵する危険度Ⅹ、つまり国内では最高レベルの危険地帯たちだ。
300レベルを超えていなければ立ち入ることすら許されないし、500レベルであっても命の危険がある場所だ。
そんな場所を楽々踏破できるのは『
「となると、やっぱり、自分で行くしかないのか……?」
一応俺のレベルは400を超えている。
しかし無謀だ。俺の身体的能力値はレベル80相当。
禁域の森を探索するには、非常に心もとない数値だ。
「色々と準備が必要だな」
しかし悠長にレベルを上げている暇はない。
「くっそ、これが『
俺が就けるような『
つまり身体能力値もレベル換算で五分の一程度になってしまう。
最低限安心といえる500レベル相当にまで身体能力を高めるために2500にまでレベルを上げなくてはならない。
そんなの不可能だ。
確かに『
しかし今確認されている最高レベルが1500程度だと言われている。
無論『
だがそのレベルに達するまでに、恐らく相当広範囲の生態系が壊滅するレベルの
ダンジョンに籠ってそのレベルに達しようにも、ダンジョンには『迷宮の死神』と呼ばれるモンスターが存在する。
そのモンスターは一定時間以上その場所にとどまって、レベリングをしていると、強制的にダンジョンがその存在を排除するために遣わす存在の事である。
そんな『死神』は下手したら、迷宮の最深部の主よりも強いと言われるほどなのだ。
『超越職』が有意義なレベリングができるような大規模なダンジョン、つまり未踏破であるダンジョンでそんなものに遭遇すれば死は免れないだろう。
何が言いたいかというと、俺が『
「となると、必要なのは隠密スキルの獲得か……。カリキュラムを変更するべきだな」
そう言うわけで俺の学院生活は、少し様相を変えるのであった。
□
荒い吐息が口から漏れる。
ソレを慌てて抑える。
しかし一歩遅かった。
投擲された石ころが俺の体を吹き飛ばす。
「隠密呼吸法を徹底しろ! 一部のモンスターは、呼気の温度で居場所を察知してくるぞ!」
「くっそ、鬼教官め……」
転がる体が木の幹にぶつかって強制停止する。
場所は森の中だ。
その急斜面に発破や枝を身に着けたギリースーツを被って、俺は匍匐前進をしていた。
これは隠密スキルを手に入れるための訓練だ。
スキルの手に入れ方について説明しよう。
主に二種類ある。
一つ目はジョブに備わっているモノ。こちらは分かりやすい。ジョブを習得した時点で、手に入るし使い方もある程度最初からインストールされている。
二つ目は訓練によって手に入れるモノだ。
例えば剣士の技巧スキル『剣術』。
これはジョブに自然と備わっている。
しかし闘技スキルの『スラッシュ』は、素振りを一定回数とある程度の硬度と巨大さを備えたモノを両断しないと手に入らない。
このスラッシュをどの程度の期間で習得できるかが、剣士としての才能を計る一つの指標になるらしい。
このように技巧スキルはジョブに備わっていて、そのジョブにふさわしい技術を外付けしてくれる。
対して闘技スキルは特定条件を満たしたうえでしか獲得できない分、その威力は強力だ。
では俺のような生産職は『剣術』などの技巧スキルを手に入れることができないのかと言われれば、それは違う。
技巧スキルも特定条件を満たせば獲得できるのだ。
『農家』が剣術スキルを獲得することだって、『錬金術師』が魔術スキルを獲得することだってできる。
無論限界はあるが、それでも何もできないというわけではない。
他にも、秘匿スキルという、特定条件を満たしたうえで獲得できるスキルもあるが。それの入手難易度は極めて高いため、今は考えるべきではないだろう。
「ふぅ……! ふぅ……!」
だから俺はこうして土まみれになりながら、必死こいて匍匐前進をしているのであった。
そしてそんな俺の動きが急激に変わる。
まるで体が半ば勝手に動いているかのように、最適な手足の置き場所がわかる。
匍匐前進の速度が上がる。
「お、遂に『隠密』スキルを獲得できたようだな!」
ようやく鬼教官のもとにたどり着いた。
「普段から足音を消すことを意識しておけ。それだけでも『隠密』スキルのレベルは上がっていく」
「はい!」
「あと鬼教官って言ったから、グラウンド百週な」
「はい!!」
聞こえてんのかよ。
地獄耳め。
「ある程度極めた索敵系統ならばおまえレベルの隠密なんて、簡単に見破れる。『隠密スキル』だけじゃ、お前の目的を果たすには不十分だぞ」
「分かってます。そのために色々と準備も並行してますよ」
俺はグラウンドを走りながら、並走してくる教官に言うのだった。
「あの子を助けるためだったら、俺は何でもやりますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます