第7話 お見舞いと体育の授業

「体調はどうだ?」


 そんなありきたりなことしか聞けない。

 どう考えても、良いわけがないのに。


「うん、だいぶ痛みは引いてきたかな。キョウマ君の作ってくれたクスリのおかげだよ」

「そうか。それなら作った甲斐があった」


 俺が様々な薬を作っているのは、もうビッグになりたいという目標のためではない。

 ひとえに親友である彼女を助けるためだ。

 

「それで、学校生活はどう?」


 俺と彼女は透明な壁を隔てて、会話をしている。

 彼女のいる部屋はほとんど無菌室といってよかった。

 それだけ、彼女の病気は深刻なのだ。

 

「まあ、順調だよ。いろんな人にいろんな影響を受けて、いい薬品を作ろうとしているよ」

「そうなの。ありがとうね。キョウマ君。友達がいるんだっけ、確かトオルさんっていう」

「ああ。トオル先輩な。あの人はすげえぞ」


 自慢の先輩について、俺の口は軽くなる。


「まずゴーレムを栽培しようって考えたんだ。その時点ですげえ。確かにゴーレムの作成には、かなりの時間とコストがかかる。そして専用の技術者もな。けれど、栽培することによって、そこら辺の手間を省くことができるんだ。これは革命的だ」

「確かにゴーレムを自動的に生やせるとなったら、凄そうだね」

「そうだろう? ありとあらゆる町や村に種の状態で移送して、その土地で栽培。そうすることで移動コストも省く出来ることができる。ゴーレムだったら、その場で指示を出す必要はないし、いろんなところで重機代わりに役立つ。……ゴーレムがいれば、キノコ村も、助かったかもしれない」

「……キョウマ君」


 あの後、村は壊滅状態であることが分かった。

 相当数の腐乱死体が転がっているのが分かったのだ。人間のモノだ。

 今ではあの村は廃墟となっている所だろう。実際、廃棄区画としてあの場所は立ち入り禁止となっている。


「すまん。こんな話、すべきじゃなかったな」

「ううん。いいよ。キョウマ君が頑張っているのが伝わったから」

「それでさ、来週トオル先輩とお茶行くことになったんだ」

「……? トオル先輩って、もしかして女の子?」

「? ああ、そう言えば言ってなかったな。十七歳の女子高生だよ」

「……へえ」


 何故だろう。透明な壁越しだというのに、室温が数度下がったような気がした。

 

「ふふふ、今まで一杯の話を聞かせてくれたね」

「あ、ああ。そうだな」

「ずうっと、女の子の話をしてたんだね」

「ああ。そ、そうなるな」

「ふーん」


 何だろう。不機嫌になってしまった。

 

「ミライも病気が治ったらさ、いろんなところ巡ろうぜ! 旨い店いっぱい知ってるから気に入ると思うぜ」

「……うん。楽しみにしとく。忘れないでね」

「忘れるわけないだろ」


 そうして見舞いは終わった。

 今日は結構顔色が悪くなかったな。

 薬が効いているのかもしれないな。



 □



「すいません。ご迷惑を、かけて」

「良いのよ。週に一度のボーイフレンドとのお楽しみでしょう? お化粧ぐらい手伝ってあげるわよ」


 防護服を身に着けた女性、看護師がミライの顔を拭う。

 するとミライの顔からチークが落ちて、その本当の顔色が明らかになった。

 劇的に白かった。

 村に居た頃の健康的な日焼けなんて、もはや見る影もない。


「ありがとう、ございます。こんな顔じゃ、会いたくないですから、ね」


 少しずつ呼吸が荒くなっていく。

 少女は絶不調だった。

 いや快調の時なんて、病に罹ってから一度もありはしない。

 少年の特許と引き換えに行われる懸命な治療によって、何とか命をつないでいるだけだ。


「ああ、一緒に、学校、行きたかったな……」


 少女は独り言ちる。

 その言葉には、すでに諦観があった。

 既に少女が病気にかかってから、二年が経過していた。

 治る見込みは未だ、ない。



 □

 


 いくらカリキュラムを自由に選べる特別待遇生徒だからといって、必須の授業は存在する。

 そのうちの一つが、この体育の授業だ。

 高レベルのステータスを持った生徒も、そうでない生徒も一緒くたになって行うこの授業は、身体能力に優れていない魔術師や生産職にも最低限自衛の能力を持たせようという試みだった。


 現状俺のレベルは300を超えている。

 一つの系統を最上級にまで極めると、100に達する。俺が極めたのはキノコ農家系統の『毒茸の叡智』と回復術師派生培養術師系統の『創生の叡智』だ。

 残りは病術師系統の中級職『重病術師』と毒術師系統派生の下級職『病毒術師』だ。

 二つの生産職を極めた俺の身体能力は、まあ初級職の戦闘職よりは高い。

 

 そうして向上した身体能力に振り回されないようにこうして体育の授業があるのだろう。


「それじゃあ今日は組手を行う! 各々二人組を作る様に!」

「ねえキョウマ、あたしとやらない?」

「ミナミか」


 声を掛けてきたのは黄色い髪をポニーテールにした、同い年の少女だった。

 たまにこうして体育の授業で組手をする、『煉獄術師』の東屋ミナミだ。

 

「あたしとアナタなら、レベルもステータスも似たようなもんでしょ?」

「そうだな。そうしようか」


 そうして俺はミナミと組手を始めた。

 お互いに拳を打ち合い、鋭く相手の急所を狙いつつ、寸止めする。


「相変わらず手を抜いてるわね」

「まあな、こんな授業で体力を使い果たしていたら、研究に支障が出る」

「あら、人間最後にものを言うのは、身体能力よ?」

「俺はそうは思わんな」


 拳を打ち込み、それを受け止められる。

 非近接職であっても中々重い音がする。

 ジョブに就いていない人間がこの拳を受ければ、成人男性でも死に至るだろう。


「身体能力に頼らないような状況まで追い込まれた時点で、俺みたいな生産職は負けなんだよ。そうならないように準備をすべきなんだ」

「そうかしら。結局のところ身体能力の有る無しは、普段の基礎体力にも直結してくると思うけど」

「それに関しては同感だけどな。……いくら強くても、救えない人はいる」


 そう考えると俺はキノコ農家でよかったのかもしれない。

 そうでなければミライのための研究なんて出来なかっただろうから。


「救えない人を救うためには、やっぱり知識と研究が必要なんだよ。強いだけじゃダメなんだ。それじゃあ救えない人が出る」

「弱いままだったら、強いだけで救える人も救えないと思うけど」


 それに、と少女は続ける。


「大は小を兼ねるって言うじゃない? 強さを身につけてから、それにふさわしい振る舞いを学んでいけばいいのよ」

「それができる奴はそうすればいいさ。……『キノコ農家』にはソレはできないよ」


 そう。

 結局俺はどこまで行っても『キノコ農家』の延長線上でしかないのだ。

 どれだけレベルを上げたところで、転職の選択肢に表示されるのは『菌』にまつわる生産職ばかり。

 基本的にジョブという物はレベルを上げるほどに選択肢は広がっていく。

 山のすそ野をイメージしてくれればいい。

 

 山の頂点が高いほど、すそ野は広がっていく。

 しかし初期ジョブがそもそも『キノコ農家』という専門的かつ生産的な職業の場合は、そのすそ野の広がりも狭くなってしまう。

 これが鍛冶師などならば、レベルを上げれば武器を扱う職業を手に入れられるかもしれないけれど、そんなのはないものねだりだ。


 俺は所詮『キノコ農家』に過ぎない。

 ソレをどれだけ延長していったところで、四百四病の王を殺すことはできないのだ。


 例え今でも夢に見るほど、憎み、恨み、呪っていたとしても。

 決して殺せはしないのだ。


 その役目は……。


「ふっ!!」

「すげえ! ケンさん五人がかりでも一歩も引いていねぇ!」


 アイツに任せておけばいいだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る