第5話 取引
「すぐに隔離治療室へ!」
「了解しました!」
ミライが透明な箱の中に入れられて、運ばれていく。
アイソレータだ。
しかし俺にはどうしても棺桶のように見えてしまった。
「博士たちも一応検査と消毒を」
「分かった」
ここは近隣最大の都市であるナゴヤの病院だ。
ナゴヤの医療機関に、暁博士が連絡を事前に入れてくれて、そこからここに輸送されてきた。
外部に菌を漏らさないように大人数用医療アイソレータに入れられて。
俺たちは血液や粘膜を採取されて検査を行われた。
そしてその後に消毒と殺菌だ。
何十もの消毒液に頭から浸かったり、光を浴びせられたりして、ようやく俺たちは解放された。
全員陰性だったらしい。
「よかった、とは言えないか」
「……村は、どうなりましたか?」
「今調査隊が派遣されたところだ。報告はもう少し後になるだろう」
「そうですか……」
一縷の望みに縋るしかなかった。
ケンや他の子供たちはまだ寝ている。
俺はどうしても眠れなくて、こうして暁博士と話していた。
「俺はこれから、どうするべきでしょうか」
「……それは自分で決めるべきだ。ただ、あのミライちゃんを救うのは容易ではないぞ。低レベル耐性低下症は、ありとあらゆる耐性を低下させる病だ。いわゆる免疫不全病とは一線を画す。彼女を助け続けるには、高価なポーションを山のように使わなくてはならない。私の貯金もいつまで持つか……」
「それなんですけど、博士。俺の特許を売ることはできないでしょうか」
「売る? ……なるほど、しかるべきところに売れば、いや取引すれば恒久的に彼女を治す薬品を入手できるかもしれない。わかった。私の伝手に掛け合ってみよう」
「それには及ばんよ。暁君」
現れたのは初老のスーツを着た男性だった。
「三笠社長! どうしてここに!?」
「ああ、高位ポーションの注文が入ってね。何のために、と調べてみればネームド、それも『四百四病の王』が出たというじゃないか。これは我々も専門の医療チームを作らねばと思ってね」
「なるほど。三笠製薬の力が借りられるのならば、心強いです」
「それで、キョウマ君と言ったね。君の力、私たちの元で役立ててみないかね?」
「俺の力を、ですか?」
その通り、と頷く三笠社長。
「君の才能と努力は類まれなものだ。故に私の出資している『ナゴヤ中央研究育成学院』に入学してみるのはどうかと提案させてもらおう」
「……普通の研究員として雇うには若すぎるっていうことですか?」
「ほう。そう言った待遇を望んでいるかね。しかし私としては、学生生活を送ることも薦めたい。君の学力レベルは既に、大学生をも超えているだろうが、それでも同年代の人間から受ける影響というのは計り知れない価値がある。若人同士の交流によって研究に更なる深みや進展が生まれるかもしれない。どうかね。挑戦してみないかね?」
考えるまでもなかった。
ミライを、たった一人の親友を救えるのならば、俺に選択肢などない。
「謹んでお受けいたします」
「よろしい。では早速手続きを始めよう。ああ、暁君。君にも研究者としてのポストを用意した。励むように」
「え、私にもですか!?」
「もちろんだ。うるさい学会の連中など、私の財力の前では全員黙らざるを得ないさ。彼をサポートしてやりなさい」
「はい! ありがとうございます!」
そうして、俺の新しい戦いは始まるのであった。
□
「お前、『学院』に行くんだってな」
「ケンか」
ケンは目を爛々と輝かせてこう言った。
「俺もつれてけ」
「無理だ」
「何でだ!」
「俺が入学できるのは、これまでの実績があるからだ。それが無いお前には入学の資格を与えることはできない」
「くそが!」
近くのごみ箱を蹴りつける。
「だったら自力で入学してやるよ! あのクソ野郎をぶっ殺すためにな!!」
「そうしてくれ。というかそうでなければ勝てないだろ」
「うるせえ! キノコ農家は黙ってろ!!」
お互いに舌打ちをして、立ち去ろうとする。
その寸前で、ケンは言った。
「ミライは、頼んだぞ」
「……ああ。お前に言われるまでもない」
そうして俺たちはお互いの道を邁進し続ける。
一人は復讐のために、一人は救命のために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます