第4話 四百四病の王
「みんな、急いでにげ……」
村にたどり着けたのは、たった一人だった。
他の全てが囮となってようやく逃げだすことができたのであった。
その一人も、けっして無傷ではなかった。
「大丈夫か!」
「す”まない」
口の端から血をこぼしている。
内臓に損傷があるのだろうか。
「アスカ、薬を持ってきてくれ!」
「分かったわ! 彼を診療所に運んで!」
そう言って、『薬師』の女性は駆けだす。
男たちで、狩人の男性を担架に乗せて、運んでいく。
「何があったんだ?」
「デカいコウモリに、襲われ、たんだ。多分、ネームドだと思う……」
息も絶え絶えと言った様子の狩人の男性。
その呼気からは血の匂いがした。
「とにかく急ごう。診療所に」
「そうだな。もう少しだ。アスカさんが薬を持ってきてくれるぞ」
「俺のことは、いい。皆、はやく、にげるんだ……」
「子供たちだけでも、逃がす準備をしておいた方がいいな」
「ああ。確か暁博士の研究所に車があっただろう。それで先に逃がすべきだ」
そう言って、男たちは手早く判断していく。
とうに手遅れであることも気づかぬまま。
□
「何だなんだ?」
「どうかしたのかね?」
俺と暁博士は、二人で原虫に対する実験をしていた。
俺も原虫を体内に宿してみることにしたのだ。
そうすることで、体にどんな影響があるのかを調べるためだ。
もちろん同意の上だ。
そんなことをしている内に、研究所の扉を激しくたたく音が聞こえたのであった。
「どうかしましたか?」
「おお、暁博士! 今すぐ子供たちを連れて逃げてくれ!」
「何かあったんですか?」
普段からは想像もできないほど真剣な顔つきで、暁博士は問いかける。
「『ネームド』が出たんだ!」
その一言で俺たちは、事の深刻さを理解した。
『ネームド』とは。
半世紀前からこの世界を上書きした世界の法則、『ステイタス・システム』が、明確にその存在に名前を付けた存在である。
通常の俺たち人間や、飼われているモンスターに対する個体名ではない。
その存在の強大さによって、世界が認めた存在なのだ。
『ネームド』の中でも特に強力な個体は、核兵器すらも凌ぎきると言われている。
中には国を一つ滅ぼしたモノすらも存在しているほどだ。
一番弱い個体でも、こんな村一つ、ひとたまりもないだろう。
現代地球における、人類を霊長の座から叩き落とした天敵とも言えた。
「暁博士! お願い、しま……」
扉を叩いていた男性がその場で崩れ落ちた。
そしてひどく咳き込み、吐血する。
「これは……、マズいぞ!!」
「どういうことですか、先生!?」
「この症状は、低レベル耐性低下症だ。説明は後だ。……君を含めた子供たちを連れて逃げるぞ!」
「こ、この人は!?」
「俺は、いい。行け、キョウマ君……」
「彼らの稼いだ時間を一秒でも無駄にするわけにはいかない! 速く! 車に乗るんだ!」
普段からは想像もできないほど厳しい口調で命令されて、俺は車に乗り込む。
そのまま暁博士は村の中央に向けて走り出した。
「低レベル耐性低下症って、何ですか!?」
「君が知らないのも無理はない。あれは、とあるネームドモンスターしか使わない特有の病だ。その名の通り、レベルが一定以下の者の、耐性を低下させてしまうんだ。先ほどの彼ならば、自分の胃酸で自分の臓器を溶かしてしまったのだろう。だから吐血したんだ」
「そ、そんなのアリですか!?」
「ああ。あり得るんだ。『四百四病の王』ならば」
『四百四病の王』。それならば聞いたことがある。
同時多発的に出現したネームドの一種であり、その保有している無数の病原体から、瞬く間に幾つもの国を滅ぼした、怪物だ。
とある英雄によって、四百四病の王の本体を思わしき個体が討伐されたことによって、その事件は終息していったのだが……。
「い、生きているんですか!?」
「そのようだな。今は一刻でも早く、子供たちを乗せてこの村を脱出しなくてはならない!」
「そ、そんな、他の人たちは……」
「キミならばわかるだろう。いま、どうすべきなのか」
その言葉に、胸を突かれたような思いが生じる。
「本当ならば私だって、この村に残って彼らの治療をしたいぐらいだ。この村は、学会からも鼻つまみ者だった私を優しく受け入れてくれたのだから。けれどこのじゃじゃ馬を運転できるのは私しかいない。だから、仕方ないんだ」
「うそだ……」
村の中央に到着する。
そこには子供たちが集まっていた。
そこに滑り込むかのように博士の走らせるオフロードカーが止まる。
「無理やりにでも子供は全員乗せる! 大人の皆さんは……」
「みなまで言わんでも分かっとります。子供たちを頼んます」
「客人に命を張らせたとなりゃ、この村の沽券にかかわります。だからどうか気にせず行ってください」
「…………すまない」
父親に抱き着く幼子。
母親の胸で泣きじゃくる赤子。
その全てをオフロードカーに詰め込むように乗せる。
「父さん……」
「キョウマ。今までよく頑張ったな。キノコ農家であったとしても諦めずに自分の道を進み続けたお前は俺の誇りだ。いや、この村の誇りだ。だから、そんな、泣くなよ……」
「父さんも、母さんも泣いてるじゃないか!」
「キョウマ。皆をお願いね。アナタが一番賢くて優しいの。だから、きちんとお兄ちゃんとして皆を守ってあげてね」
「母さん……!」
「キョウマ君、速く!」
「ミライ! 待ってくれもう少し……」
「もう時間がないぞ!」
森の向こうから大量の鴉が飛び立つのが見えた。
ああ、来たのだろう。
破滅が。
「乗り込め。出すぞ!」
「父さん! 母さん! 必ず生きて会おうよ!」
「ああ、もちろんだ! 父さんは強いからな! 必ず会えるさ!」
無理だということは分かっていた。
それでもそう言わずにはいられなかった。
車が走り出す。
大人たちを置き去りにして。
「すまない……。私にもっと力があれば……」
「博士、この病気は子供たちにはかからないんですか?」
俺は涙を振り払って、博士に確認する。
「ああ。四百四病の王は子供は生きたまま貪り食うことを好む。だから、子供が発症することはほとんどない」
「そうですか……。……ミライ?」
ミライの顔色がおかしい。
真っ白だ。
「ミライ! 大丈夫か!?」
「ごめん、キョウマ。私の事は、おいていって……」
「そんな、何で……!」
「多分、私はもう、大人なんだと思う……」
まさか、そんな。
「キョウマ君! 彼女を助手席へ! 私のスキルで菌の増殖を抑える!」
「分かりました!」
最後まで両親と離れることを嫌がっていたせいで、父親に気絶させられたケンを跨いで、俺はミライを助手席へと運ぶ。
「『バクテリア・リデュース』」
菌の増殖を抑えるスキルだ。
ほのかな燐光が少女を包み込む。
俺もまた、回復魔術を使用して彼女の傷を和らげる。
「『リジェネイト』」
継続回復を主に使用する。
こう言った事態で重要なのは、瞬間的な回復量ではない。
持続的な生命力だ。
「う……」
「ケン君。起きたか」
目覚めたケンが車の床を叩く。
「クッソ、くそ親父め!!」
その瞳から涙がとめどなく溢れ出てくる。
奥歯が砕けるんじゃないかっていうぐらい、歯を食いしばって彼は言葉を絞り出す。
「殺してやる……! 『ネームド』かどうかなんて関係ねぇ! 絶対にぶっ殺してやる!!」
既に中級職である『剣客』となっている、ケンはどす黒い感情をむき出しにしながら叫ぶ。
俺にはソレはできない。
俺は殺せない。キノコ農家に毛が生えた存在でしかない俺では、復讐はできない。
その代わり。
「ミライ、絶対治してやるからな……!」
そう俺は誓うのであった。
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