第3話 キノコ村

 村の至る所に、キノコの飾りが備え付けられている。

 村人の幾人かは、キノコ被り物さえしていた。


「やりすぎだろ……」


 いつみてもそう思う。

 そんな感じで、呆れているとテレビ局の人たちがやってきた。

 取材に来たらしい。

 一応アポはもらっている。


「君が恐神キョウマ君かな?」

「はい。本日はよろしくお願いします」

「礼儀正しい子だね」


 そうして質疑応答が始まった。

 といってもキノコ関連の質問は少なかった。

 俺としてはそちらをもっとしゃべりたかったのだが。

 彼らが主に聞いてきたのは、俺の私生活についてだった。

 しかし私生活に関してもキノコ漬けの生活を送っているので、特に返答は変わらなかった。

 

「凄いね。まさしくキノコ博士だね」

「まあ、一応、博士号も持っていますから」


 俺が取得したのは特殊博士号という物で、大学卒業をしていない者が、類まれな功績を挙げた時に授与される代物だ。

 大学卒業前に、大学教授レベルの功績が必要になるので相当難しい。大抵の人間は特殊なジョブの手助けありきで手に入れるモノだ。

 俺はソレを『キノコ農家』で獲得したのだ。


 ソレは俺の誇りの一つになっていた。

 

「そう言えばキョウマ君には好きな子はいるのかな?」

「いませんよ?」


 いたとしてもテレビの前でそう答えるほど、俺は馬鹿じゃない。

 というか何が楽しくて全国放送で、俺の恋愛模様を発表しなくてはならないのか。


「強いて言うなら、キノコが恋人です」

「す、すごいね……」


 こういっときゃ、相手も引いてくれるだろう。

 そんなことを考えている内にテレビの取材は終わった。

 さて、どんなふうに放送されるのであろうか。

 一応テレビ自体は全ての家にあるので、見ることができるだろう。

 というか、キノコでこの村が盛り上がったおかげでテレビぐらいなら全ての過程に買うことができるようになったのだ。


 村の人たちからとても感謝された。

 そのお礼として色々なモノをもらった。

 ありがたいことだ。


 そんなことを考えながら、俺は歩いていく。

 すると俺の目の前に立ちふさがる影があった。

 ケンだ。


「おい、キョウマ!」

「何だよ」

「調子に乗るなよ! お前なんか、俺が本気を出せば一発で倒せるんだからな!」

「だから何だ? お前が俺を倒したところで、俺の研究成果はなくならないぞ」

「く、くっそぉ……」


 最近よく突っかかってくるようになった、ケン。

 恐らく嫉妬だろう。

 何せ『剣士』である彼は、モンスターを退治することすら現状許されていないのに対して、『キノコ農家』である俺は既にレベルを上げまくり、初級職、下級職、中級職、上級職、最上級職のうち、中級職にまでランクアップしているからだ。


 ソレに比べてケンは、日々地道な素振りや筋トレ、ランニングなどで少しずつレベルを稼いでいくしかない。


 これは戦闘職と生産職の違いから来ている。

 戦闘職が最も効率よくレベルを挙げられるのはもちろん戦闘時だ。特に生物を殺傷した時が一番経験値が入る。

 対して生産職も、戦闘行為によって経験値を獲得できるが、専ら生産活動によって経験値を得ることができる。

 こうした違いが、俺と彼のレベル差を生むのだ。


 といっても。

 戦闘職と生産職では身体的能力値(STR・AGI・VIT)の伸びが全く違う。三割から、下手したら十分の一というぐらいしか生産職は身体能力が向上しない。

 なのでケンの言う、本気を出せば一ひねりというのもあながち間違いではなかった。


 といっても俺が勝負するところは戦闘能力ではないので、何も悔しくはないのだが。

 ……ウソだ。本当はちょっと悔しい。

 

 俺が彼の五倍のレベルを挙げれば、身体能力で上回ることができるだろうが、そんなのはよっぽどのことがあっても不可能だ。

 パワーレベリングという『ゲーム』――俺はやったことがない——に出てくるような行いもさしたる意味はない。

 戦闘は貢献度に応じて経験値が入る。

 なので生産職が戦闘職よりもレベルを上げるというのは、こと戦闘行為のみに頼るのでは無理なのだ。


「お、覚えてろよ!」

「はいはい」


 そんな感じで捨て台詞を吐く相手に呆れながら、俺は歩くのを再開する。


 目指すのは研究所だ。

 そう。俺のために、研究所ができたのだ。

 俺が青薬茸の養殖について報告した教授は菌類を専門に研究をしている人で、『微生物博士』のジョブを持っているほどに、菌類にのめり込んでいる人なのだ。

 そんな人が俺の才能に目をつけて、ここに研究所ごと引っ越してきたのであった。


「お、キョウマ君じゃないか」

「おはようございます。暁博士」

「いや、今日も程よい湿度だな。私の体内の微生物たちも喜んでるよ!」


 暁ゲンジロウ博士。ぼさぼさの黒髪に白衣を身に着けた男性だ。


 この人は研究熱心だ。

 どのくらい熱心かというと、体内に原虫、つまり微生物の一種を大量に住まわせているぐらいには熱心だ。

 人体実験はマズい。なら、自分の体で実験すればいいじゃん、というトチ狂った発想でそんなことをしているヤバい人なのだ。

 

 しかし微生物にかけては、この人の右に出るモノはいないだろうと断言できる。

 その情熱と発想、研究と努力、何より俺という子供にすら積極的に教えを請おうという姿勢は、見習わなければならないと思うほどだ。


「さて、キョウマ君。転職は終わったかね?」

「はい。『キノコ農家』は『キノコ豪農』にまで育て終わったんで、次は『培養術師』にしました」

「良い選択だ! これで細菌の培養がより捗るぞ!」


 俺はキノコ農家だけでなく、細菌類に関しても研究してみたくなった。

 キノコ一本でやっていくのには限界がある。

 そして何より俺の初期ジョブが『キノコ農家』つまり、真菌類であるということは、他の菌類にも適性があるのではないかと思ったのだ。

 ちょうど優れた教育者兼研究者もいることだし。


「さーて、それでは早速研究に取り掛かるとしようか!」

「はい!」


 そうして平穏だけどやりがいのある日々が流れていく。

 俺はこのままこんな毎日が続くのだと思っていた。

 それがどれだけ尊いものかも知る由が無かった。

 日常が無残に引き裂かれるまでは。



 □



 ソレは、飢えていた。

 幾年ぶりに目覚めたソレは、自らが飢餓状態であることに気が付いた。

 飢えを満たさなくてはならない。

 世界中で共に眠っている同胞たちも目覚めさせよう。

 さあ、食事の時間だ。

 命という物を喰らい尽くすとしよう。



 □



「妙だな。最近モンスターの数が少ない……」

「そうですね。どことなく森も静けさがあります」


 彼らはキノコ村の狩人たちだ。

 狩人とは、何もジョブの『狩人』だけを指すのではない。

 村の周辺のモンスターを狩って、人間の縄張りを示す、そう言った役割を持った『戦闘職』全般を言うのだ。

 

 『銃士』の男は言う。


「これは調べたほうがいいかもな」

「ああ。何かあってからじゃマズいからな」


 あるいは、ここで引き返しておけば、村は無事であったかもしれない。

 村の奥地に進んだ彼らが見たのは。

 

「なんだ、これは……」

「冗談だろ……」

「これ、全部死体なのか?」


 夥しい数の腐乱死体だった。

 全てモンスターのモノだ。

 腐り果て、凄まじい悪臭を放っている。


「くっそ、コイツは、まさか!?」

「心当たりがあるのか?」

「こいつは『ネームド』だ!!」

「なっ、冗談だろ!?」


 ソレはのそりのそりと姿を現した。

 黒い毛皮。大きな翼。

 ぎょろりとした目でこちらを睥睨している。

 ソレは、コウモリだった。


「に、逃げるぞ!!」

「村の皆を避難させなくては!」


 ああ、あるいはここで決死の戦いを挑んでいれば、死ぬのは彼らだけで済んだかもしれない。

 それも全て、無意味な話だが。

 

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