Episode003 気まずさ、そして、葛藤。
ジンジャーエールをちびちび飲みながら、俺とデネブはそのまましばらく酒屋に居座ることにした。
さっきの会話で気まずくなったからじゃないと言えばウソになるが、そもそも急ぐ用事もなければ、エル爺さんは人を急かすようなタイプじゃない。
だから、適当に時間を流すように、こうしてしまっているワケだ。
魔力が回復しきっていないというのも、原因にあるだろう。
何にせよ、このままずっと黙っていれば、そのうち最低限のことでしか会話をしない間柄になってしまわないかと心配になる。
別に、幼馴染だから、そう簡単に喋れなくなるのが寂しいとかじゃなく、冒険者は意思疎通が大切なのに、それを欠かしてはいけない。
決して、幼馴染だからなんて理由ではないのである。
……って、これじゃあ俺がデネブを好きみたいじゃないか!?
まあ確かに? デネブは十分すぎるほどに美少女で、この街に来た最初の頃こそ、そこら中から引っ張りだこだったけど?
言うまでもなく、その人気は、彼女の魔法に対する魔力不足の所為ですぐに崩落することになったんだけど。
俺としては、アイツが変な男に連れ回されるよか、それでよかった……。
それでよかった……。
よかった……。
よかっ……。
……。
あれぇ!? 俺ってやっぱりデネブのこと好きなのか!?
じゃなきゃ変な心配もしないもんなぁ!?
万一に俺が死んだ後のことすら心配しちゃってるもんなぁ!?
いや落ち着け! こういうのは、一時の気の迷いから始まることがあるんだぞ!
美少女の幼馴染にコロッと落ちるとか、それこそテンプレ通りのつまらん男!
そんなんになってたまるか!
せめて魔王倒すまでは抑える……ん……だ……。
……。
やっぱり俺、デネブのこと好きじゃねぇか!
どうしてこの16年間、気付かないフリをしてきたんだ!?
あれか、やっぱり、テンプレ通りの男になりたくなかったからか!?
そうか、テンプレ通りの男だと、デネブに舐められる……挙句、距離を置かれると思ったからこその回避行動だったんだ!
そうだ、だから一旦落ち着け……。
まだ気持ちを明かすときではない……。
あと、今気軽にアイツの顔見るな……。
絶対に想いが強くなっちまう……。
俺は、自分にそうやって暗示をかけつつ。
「はぁ……。どうして黙っちゃうんだか」
そう言ってつまらなさそうにするデネブの横顔を見てしまった。
今まであまり意識したことはなかったが、ちょっとツリ目の綺麗な青空のように澄んだ瞳、綺麗にカーブを描いている紅色のツインテ、その頭の頂点にふんぞり返って鎮座しているアホ毛……。
ああもう! 全部可愛い!
あれ? 本当に俺、どうしちゃったんだろうか……?
何だか今日は、幻惑魔法でも使われているかのようだ……。
でも、この気持ちはウソじゃないんだよな……。
「ちょ、ちょっと何よ? さっきからあたしのことジッと見て……。あんたのことなんだから、あたしに今更惚れたとかはないんだろうけど?」
俺の意識は、その一言で元に戻る。
だが、ここで脳内を埋め尽くすたった一つの意見。
いや、今俺は、お前が否定した、今更惚れた状態なんですが!?
正直に言えば、ここで想いを打ち明けてしまえば、話はスムーズな気がしてきた。
そんな俺だが、この場はどうするべきなんだろうか?
まず、正面切って「なんかついさっき、急にお前のこと好きになっちまって……」って言ってみるとしよう。
その場合、「はぁ? さっきのあたしの言ったこと聞いて、今告ればリア充になれると思ったの? バカみたい」って言われて切り伏せられる!
つまり、まだ言うべきじゃないから、即時行動は得策ではない……。
……が! こういうときに言わねば、絶対に言うタイミングを失う!
冒険者稼業というのは、命の危機と隣り合わせ。
つまり! いつ誰が死んでもおかしい話じゃない……。
なら、早く伝えないと後悔する?
バカか! 最近の俺、デネブに言いたい放題だったじゃねえか!
そんなんで受け入れられたら、寧ろデネブの未来が心配になるわ!
ああ、俺は一体どうしたら……。
「あ、あのー、ギウスさん? あたし、何かしちゃった……?」
……と、そこで完全に俺の意識は現実に戻る。
なんと、俺は無意識の間に、デネブの両肩を持ち、正面に固定した状態で、見つめてしまっていたのである。
通りで、さっきからずっとデネブの顔が頭ん中を埋め尽くしていると……。
「い、いや! 何だか疲れて、気が狂いかけたみたいだ……。助かった」
「そ、そうなの……? あんまり無理しないでよ? あたし、アンタがいなきゃ、ロクに生きていけなくなるんだからね?」
その言葉を聞いてから、俺の意識はない。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
その後、俺が目を覚ますと、見覚えのない天井と、不安そうに覗き込むデネブの尊顔が視界に映った。
ああ、眼福眼福……じゃなくて!
俺は痛む頭――包帯が巻かれていた――を抑えながら起き上がる。
「ちょっと!? 安静にしてなさいよ!」
「す、すまん。いや、俺の身に何があったのかというか……俺、何かやった?」
俺が何も覚えてないことを精一杯伝えられそうな表情をしながら尋ねると、デネブは驚いた顔をしたと同時、少し天を仰いでいた。
きっと、俺はかなりヤバいことをしたんだろう。
何回か頭を振り、やっと話せるようになったらしいデネブが、俺を見つめる。
つい気絶から数分前まで何ともなかったはずの美少女の顔は、今となっては、俺の拍動を早めるには十分な兵器になっているのだった。
そして、デネブ――もう『コイツ』とか『ソイツ』なんて呼べない――は口を開く。
「……率直に言うとだけど、アンタ、白目向いて酒場の床を物凄い勢いで転がり回ってたわよ? 壊れたテーブルとか、邪魔をしちゃった他のお客の支払いとか、その辺の補填は今日の報酬からどうにかできたけど……」
……どうやら、俺は本当に狂ってしまったようだ。
俺はもしかすると、これからは、『自分がデネブに必要とされている』と感じるような言葉を聞いたとき、狂うようになってしまったかもしれない。
次回 Episode004 晩餐、そして、衝撃の事実。
致命的な駄メイジ!~幼馴染が最強の暗黒魔法の使い手ですが、俺がいないと何もできないので、一緒に世界最強を目指します~ ブサカワ商事 @busakawashouji
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