第17話 結月と美容師の実彩子

(これが私なんて、なんかすごく不思議な気分……)


 鏡に映った自分を見る結月は、しみじみとそんなことを思っていた。


 今、結月は志摩美容院に来ている。今日は、デートの報告やカットモデルとしてのお手伝いに来ていた。というのも、結月のヘアセットや、オシャレの仕方を教えているのが、志摩実彩子しまみさこなのだ。


 実彩子は泰我たいがの姉で、若くして自分のお店を持つオーナー兼店長でもあった。弟からの紹介や色々な事情を聴いた結果、実彩子は力を貸すことにしたのだ。

 ちなみに、弟の泰我は結月と隆弘の共通の友人だ。


「じゃ、早速やってくね。メッセでも連絡はしたけど、今日はギブソンタックとか三つ編みハーフアップとさせてもらうからね~」


 結月の引き受けたカットモデルの仕事は、主に二つある。

 一つは、新人のスタイリストが実彩子指導のもと、結月の髪型で様々なヘアスタイルの練習をするのだ。


 もう一つは、予約アプリやパンフレットに結月の写真を掲載するため。


 それから少しして。

 撮影も終わり、結月は実彩子と一緒に談笑をしていた。というのも、実彩子が結月に確認しておきたいことがあったのだ。


「ねぇ、結月ちゃん」

「は、はい……なんですか?」


 結月はまだ人見知りを発揮しているようで、実彩子に慣れていない。そのため、少しだけどもった話し方になっている。


「結月ちゃんは好きな人が大事?」

「そ、それは……勿論で、す……」


 結月の返事は少しだけ歯切れ悪かった。どうしてこんなことを聞くんだろうという、疑問が頭をよぎったからだろうか。もしかして実彩子は隆弘のことが、と考えた結月だったが、すれはすぐに違うと分かった。


「そうだよね、なんでかなぁ……」

 

 実彩子があまりにも辛そうな表情をしていたからだ。それに冷静に考えれば、実彩子と隆弘に接点はない。何かを吹っ切るように、実彩子は顔をぶんぶんと横に振る。


「私も結月ちゃんのためならいくらでも協力するし、何かあったらいつでも相談してね? 何なら、夜中にだって連絡してもいいし!」

「あ、あはは……そ、そんな、悪いです……え?」



 冗談だと思った結月だが、実彩子の表情を見て、勘違いだと気づいたようだ。

 結月の頭を優しくなでる実彩子は、目を細めていた。そしてその表情に、影が宿る。


「あ、あの……実彩子さん?」

「ん、ああ、ごめんね! ちょっと昔のことを思い出しただけだから。そうだ、結月ちゃん! この後、一緒にご飯行こうか。何か食べたい物とかある?」


 明らかに話題を逸らされたのが、結月にも分かった。


 普段なら決して踏み込まない結月だが、髪型は勿論、メイク、デート服選びまで、何から何までお世話になっている実彩子に対しては別だった。人見知りの激しい結月だが、姉と比べられて辛い人生を歩んできたからこそ、優しい性格に育った。根っからの善人なのだ。


 背中を押してもらってるだけに、気づかないフリをすることができなかった。


「あ、あの……何かあったんですか?」

「………………」


 結月が問い返してくると思っていなかったのか、実彩子は目を丸くしていた。しかしそれは一瞬のことで、嬉しそうに目を細める実彩子が、自身の胸に結月を抱き寄せる。


「ごめんね、心配かけて。ただちょっとね、いやーな人から連絡をもらって、少し前のことを思い出しちゃったんだ」


 優しい声音をした実彩子が話す。


「もう過去のことだ、振り切ったぞーって思ってても、全然そんなことなかったんだ。いざその過去が自分に追いついてくると、死にたくなるんだよね」


 そう言って、実彩子は懐かしそうに手首を眺める。

 柔らかい声音に反して、背筋が凍るほどの冷たい言葉に、結月はゾッとした。


「結月ちゃんは私と違ってバカじゃないから心配してないけど、結月ちゃんの好きな人って幼馴染なんだよね?」

「は、はい」

「その幼馴染のこと、どれくらい好き? 何があっても愛せれる? 幼馴染よりカッコよくても、お金を持ってても、辛いときに優しくされることがあっても変わらない?」


 結月から体を話す実彩子が、射貫くような、それこそ見透かすような視線を結月に向ける。


 そんな実彩子に対し、結月は臆することなく、即答した。


「世界で一番です」


 目を瞑りながら、当時を思い出すように結月は話す。


「幼稚園より前から一緒にいて、隆弘だけが私をお姉ちゃんと比べなかったんです。みんながお姉ちゃんだけを見てても、隆弘だけはちゃんと私のことを見てくれたんです」


 こういう時だけ、結月はどもったりしないのだ。それは、大好きな人の話だったからというのもあるのだろうが、お世話になっている実彩子に対して、安心してもらえるように返事したかったというのもあるのだろう。


「ず、ずっと傍にいてくれたんです。何があっても、この気持ちは変わらないです」


 結月の言葉を反復するように、実彩子が目を瞬かせた後だった。

 実彩子の瞳から、ポロポロと涙が零れ落ち始めた。


「え、え、え、えーと……み、実彩子さん……?」

「うん、そうだよね……わ、分かってたんだけど、ご、ごめんね、イジワルな質問してぇ~! やっぱり、結月ちゃんはいい子だぁ……!」


 そう言って、えんえんと泣く実彩子が結月を抱きしめる。

 それから実彩子が泣き止んだ後。


 彼女は二階に上がった後、大きい紙バッグを二つ持ってくる。


「はい、結月ちゃん。これね、ちょっと早いけど、私から結月ちゃんへのクリスマスプレゼント」


 そう言って実彩子が渡す紙バッグには、コートやセーターといったたくさんの服が入っていた。中には、オシャレに疎い結月でも知ってるようなブランドの服さえある。


「そ、そんな……た、ただでさえお世話になってるのに、こんなにいただけないです」

「いいの、いいの。それに言っちゃなんだけど、古着屋で買ったのだって混ざってるから本当に気にしないで? というか、私だって受け止めってもらわないと困るし」


「わ、分かりました、ありがとうございます」

「うん、コーディネートとかで悩んだら、すぐに連絡してね」


 そう話す実彩子は、先ほどよりもスッキリとした表情をしていた。そして結月をお店の前まで見送る実彩子が話す。


「さっきは本当にありがとうね。結月ちゃんからしたら意味が分からないだろうけど、私からしたら凄く大きいことだったんだ。頑張って、大好きな幼馴染と──」


 そこまで話したところで、実彩子は口を閉ざしてしまった。


「結月ちゃん、やっぱり今日は一緒にご飯に行こうか」

「え?」

「えりー、結月ちゃんを二階に連れて行って!」


 キョトンとする結月をよそに、実彩子は結月の背中を強引に押す。すると、えりと呼ばれた女子が結月の元にやってきた。


「急にどうし──分かった。さ、結月ちゃん。二階に行くよ。こっからはR18指定だから」


 窓の外を見たえりは、何やら状況を理解したようだ。


 そして二人がいなくなったあと、実彩子はお店の外に出る。

 そして、目の前にいる男に対して、憎々しげに話しかけた。


「ゆうと。あんた、なんでここに来た?」


──────────────────────────────────────


 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 それとこれからの投稿は、2~3日に一回になります。というのも、ストックが無くなってしまったからです……本編は、26話くらいで完結する予定です。

 もう少し、お付き合いいただけますと幸いです。

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