第16話 結月の気持ちと諦めの悪い間男
「ただいまー……って、今日は誰もいないか……」
デートが終わり帰宅した結月だが「おかえり」のような挨拶はなかった。対して結月も、気にした様子もなく部屋着に着替え、意味もなくテレビをつける。
帰宅しても家族がいないのは、結月にとって珍しくないことだった。テレビをつけるのは無音な空間をひどく空虚に感じてしまうから。
机の上には、一枚のメモ書きとお金。
『日向の付き添いで、帰るのは明日になります。母と父より』
「はいはい、いつも通りと。というか、今日は晩御飯いらないって連絡したはずなんだけど」
結月は、自分に対する親の無関心さに、鼻で笑ってしまう。
これが初めてだったなら、連絡に気付かなかったと考えられるが、すでに何十回もある。メモ書きをビリビリに破る結月は、隆弘に連絡を入れた。
『我、臨時収入を獲得なり。明日、外食希望』
大好きな彼との、メッセの些細なやり取りを見るだけで、ポカポカと温かい気持ちが湧いてくる。だからこそ、ふざけた口調でメッセを送る余裕があった。
するとすぐに、メッセの通知がきた。
「お、隆弘かな……」
弾む気持ちを抑えつつ、メッセを確認する結月の顔が一瞬で歪んだ。
『結月ちゃん、明日こそ一緒に遊びにいかない?』
『どこにでも連れていくよ!』
隆弘からではなく、松田ゆうとであった。
ゆうとは、日向の浮気相手。つまり、隆弘から彼女を寝取った元凶とでも言うべき存在だ。
「最悪……またきた」
ゆうとの誘いを断った結月だったが、どこから連絡先を知ったのか、毎日のようにメッセが届くようになったのだ。律儀にもきちんとお断りの連絡をいれていた結月だったが、とうとう無視することに決めた。
「あー、もういいや……」
ため息を吐く結月は、何も返事しなかった。
少しだけ罪悪感を覚える結月だったが、それ以上にわずらわしさだったり、鬱陶しさが勝っていた。そして次に結月は、実彩子にメッセを送る。
実彩子は、隆弘と結月の共通の友人である泰我(たいが)の姉で、美容師だ。自身のお店を所有している若き店長で、結月がお店のパンフレットのモデルになることを条件に、無料で色々と面倒を見てくれていた。それは髪型だけでなく、デート服も含めてだ。
『実彩子さん、おかげ様でデートは上手くいきました。隆弘にも可愛いって、言ってもらえました、ありがとうございます!』
すぐに返信が来た。
『良かった~! 明日、また詳しい話を聞かせてね♪』
そして次に届いたメッセに、結月はほころんだ表情に変わる。
勿論、相手は隆弘。
返信内容は『了解。新しくできたラーメン店に行きたい』と。
変に雰囲気重視のお店をチョイスしなかったことが、結月は嬉しかった。自分達は幼馴染。肩ひじ張らずに、牛丼でもワクドナルドでも誘ってくれればいいのにと。
「隆弘も女の子と遊びに行くのに慣れてないのかな?」
手を繋いでいるとき、大好きな彼は手汗をかいていた。落ち着きなさそうにソワソワしてたりと、思い当たる点が凄く多かった。
「案外、手を繋ぐのも初めてだったりして……」
初めてが自分であって欲しいと、結月は思わずにはいられなかった。大好きな彼の初めてが全部、自分。手を繋ぐのも、キスするのも、それ以上のことも。想像しただけで、心臓の鼓動が速くなって、体が熱くなる。彼の手に、唇にまた触れたいという欲求さえ湧いてくる。
初めてのデートは叶わなかったが、それ以外は全部、自分が初めて。
「大事に、大事にしなきゃ……大好きだよ、隆弘」
この温かい気持ちがあるだけで、結月は家で一人ぼっちだったとしても、親の愛情に差があっても、全然平気なのだ。明日、また大好きな彼に会うことができるのだから。
※
(松田ゆうと視点)
「クソッ、あの女とうとう連絡を無視しやがった!」
既読がついても、一向に返事がこないことにいら立ったゆうとは、スマホをベットに投げつけた。ゆうとにとって、遊びの誘いを断られるのも、女性に既読無視されるのも初めての経験だった。
(クソ、クソ、クソ、クソガァアアアアアア!!)
近くにあった物を蹴りつけても、いら立った気持ちは収まらなかった。
役者として成功し、モデル業をこなし、顔までパーフェクトな自分に、女性がなびかないことが許せなかった。だからこそ、胸を焼き尽くすような激情が止まらなかった。
そして何よりも。
「結月ちゃんが俺になびかねぇと、あの陰キャに絶望を味わわせれねぇだろうが!」
人生最大の幸せを感じ取れなかったが原因だった。
誰かの彼女を寝取って、ハメ撮り動画で追い打ちをかけるのがゆうとの幸せ。
そのカップルの付き合いが長ければ、長いほど、その彼氏を絶望に落とせる。だからこそ、ゆうとにとって隆弘と結月は理想的だったのだが、上手くいく気配がなかった。これほどまでに、ゆうとにとって屈辱的なことはなかった。
(なんでこの俺が、女のことで悩まねぇといけねぇんだ! 普通は逆だろっ! 女が、この俺にどうやったら相手をしてもらえるかって悩んだ結果、体を捧げにくるんだろ!)
髪を掻きむしるゆうと。
このいら立った気持ちは、別の女で鎮めるしかなかった。
メッセのトーク画面から、どの女に連絡を送ろうかとスクロールしてる時、とある名前を見てピタっとゆうとの指は止まった。
(確かこいつは……)
それはゆうとが初めて寝取った女性。
二人で美容院を経営するのが夢だった幼馴染カップル。
トーク画面からメッセのやり取りや、送信した動画・写真を見ていると、あの時の快感がよみがえってきた。
彼氏を裏切って、自分に全てを捧げると言ってくれた。その言葉通り、ゆうとの望むことは何でもしてくれたのだ。
(あのバカ女とは、全然連絡を取ってなかったな)
それからゆうとの行動は早かった。すぐにその相手にメッセを送った。
(とりあえあず、またあのバカ女を抱いとくか)
口端から垂れた涎を拭うゆうと。
この女を抱けば、このいら立った気持ちも静まるだろうと。それどころか、あの頃の快感がよみがえって、最高の気分に浸れるかもしれないと。
(そうしたら次こそは、結月ちゃんを手に入れるしかねぇな!)
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
すいません、遅くなりました(土下座)
17話の投稿は、12/07になります。
それとこちらにて、二章完結になります。
二章完結の記念に、下にある【作品のフォロー】と【星評価☆☆☆】で応援いただければと思います!
三章もとい最終章は間男(松田)回が多くなる予定です。
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